脱・石油の切り札「改質リグニン」! 地球上で最も豊富な芳香族高分子が拓く、高機能材料の未来【先読み!研究開発トレンド】
2026/07/14カーボンニュートラルやゼロエミッションの実現に向け、あらゆる産業で「脱・化石資源」の取り組みが急務となっています。化学・素材業界において、とりわけ代替が難しいとされてきたのが、高機能プラスチック(エンジニアリングプラスチック等)に不可欠な「ベンゼン環(芳香族)」の供給源です。
そこで今、熱い視線を集めているのが、木材などの植物細胞壁の主成分である「リグニン」です。地球上で最も豊富な芳香族高分子でありながら、長年「扱うのが難しい」とされてきたリグニンが、近年の目覚ましい技術革新により、次世代の高機能材料として社会実装のフェーズに突入しようとしています。今回は、リグニン素材化の最前線と今後の展望をひも解きます。
「ベンゼン環」の宝庫でありながら、実用化を阻んできた壁
耐熱性や機械的強度、光学的機能などを備えた高性能な高分子材料を設計する際、その構造中には「ベンゼン環」が欠かせません。現在、その原料のほとんどは石油や石炭などの化石資源に依存しています。
リグニンは、森林バイオマスの約20〜35%を占め、基本構造がベンゼン環から成る天然の芳香族高分子です。まさに「ベンゼン環の宝庫」であり、再生可能資源としてのポテンシャルは計り知れません。しかし、これまでのリグニン研究には大きな壁がありました。植物種によって構造がバラバラであること(多様性の問題)、そして木材から抽出する際のエネルギーにより構造が変質してしまうこと(変質の問題)です。

図1 リグニンの社会実装への大きな2つの壁
そのため、従来のパルプ製造工程などで副産物として得られるリグニン(工業リグニン)の多くは、品質の安定化や加工が難しく、「リグニンからはお金(ビジネス)以外の何でも作れる」と揶揄されるほど、産業化には高いハードルがありました。
逆転の発想!「変質」を逆手に取った「改質リグニン(グリコールリグニン)」の誕生
この困難な状況を打破するブレイクスルーとなったのが、日本の独自資源である「スギ」を活用し、抽出時の変質を精密にコントロールする技術です。
ポリエチレングリコール(PEG)などの溶媒を用いて木材を穏やかな条件で処理(酸加溶媒分解)することで、リグニンの無秩序な分解を防ぐと同時に、PEG鎖をリグニン骨格へ化学的に導入することに成功しました。

図2 木材バイオマスの加溶媒分解による改質リグニンの生成
(画像提供:山田竜彦 氏(森林総合研究所))
こうして誕生した「改質リグニン(グリコールリグニン:GL)」は、これまでのリグニン系素材が持っていなかった「熱可塑性(熱を加えると軟らかくなり、加工できる性質)」を獲得しました。熱で溶かして成形できるようになったことで、一般的なプラスチックと同じように扱えるようになり、素材としての利用価値が飛躍的に高まったのです。
自動車部材から3Dプリンター、電子基板まで。広がる応用と社会実装
加工性を手に入れた改質リグニンは、現在さまざまな高付加価値材料への応用検討が急速に進んでいます。
自動車部品・構造材料への展開:
改質リグニンを炭素繊維強化プラスチック(CFRP)やガラス繊維強化プラスチック(GFRP)のマトリックス樹脂に添加することで、繊維との密着性が向上し、部材の強度や耐久性がアップします。すでに自動車の外装・内装部材(ステアリングなど)での実装テストが行われています。
3Dプリンター用基材:
熱溶融性を活かし、ポリ乳酸などの生分解性樹脂と複合化した3Dプリンター用のフィラメントが開発されています。独特の風合いと高い環境調和性を持ち、新たなモノづくりのツールとして期待されています。

図3 改質リグニン含有3D プリンター用基材
(写真提供:ネオマテリア)
エンプラ・電子デバイス向け高耐熱材料:
フェノール樹脂やポリイミドなどの高性能樹脂に改質リグニンを組み込むことで、優れた耐熱性と柔軟性を両立。回路基板やフレキシブルタッチセンサーなど、エレクトロニクス分野への応用も視野に入っています。
ラボレベルの基礎研究から始まり、ベンチプラント、パイロットプラントへとスケールアップを重ね、現在では年産1,000トン規模のセミコマーシャルプラントによる量産化実証も進むなど、ビジネス化へ着々と歩みを進めています。
リグニン系材料の最前線を網羅した専門書を刊行
新刊『機能性リグニン材料の開発と展開』では、ここで紹介したようなリグニンの基礎科学から、改質リグニンの製造プロセス、各種樹脂・複合材料への応用、さらにはリグニンの化学分解による有用化合物(バニリン等)への変換技術まで、第一線で活躍する研究者・技術者が詳細に解説しています。
「脱炭素社会に向けた新しいバイオマス素材を探している」「リグニンを使って自社のプラスチック製品を高機能化・環境対応化させたい」とお考えの研究開発・企画担当者の方々にとって、事業のブレイクスルーのヒントとなる必携の一冊です。

図4:『機能性リグニン材料の開発と展開』2026年3月31日発行
『機能性リグニン材料の開発と展開』は、2026年3月31日発行です。詳しくは、こちらのご案内をチェックしてみてください。

