プラント投資を大幅削減、量産検証を劇的に高速化―Accelerated Materials社がAIとマイクロリアクターで打ち破る化学産業「スケールアップの呪縛」【スタートアップインタビュー#5】
2026/06/25化学・素材業界のイノベーションを追う連載「Chema Tech News」。第5回は、英国ケンブリッジ大学発のディープテック・スタートアップであり、独自のマイクロリアクター技術とAIを融合させてナノ材料の量産化プロセスを劇的に短縮する、Accelerated Materials Ltd.(以下、AM社)を取材しました。代表取締役CEOのNicholas Jose氏に、創業の経緯から技術の核心、将来展望についてお話を伺いました。
創業の背景・ミッション:「ラボの成果が、なぜ工場で再現できないのか」―業界の根深い課題を壊すために集まった、最高峰のハイブリッドチーム
「研究室(ラボ)では完璧だった新材料が、工場の大型プラントに持ち込まれた途端に再現性を失ってしまう」―これは化学・素材産業において、長年誰もが頭を悩ませてきた共通の「スケールアップの壁」です。Jose氏がAM社を立ち上げた背景には、まさにこの開発と製造の間に横たわる深い断絶がありました。Jose氏は、カリフォルニア大学バークレー校で材料科学・化学工学を修めた後、無機材料メーカーでエンジニアとして新製品のスケールアップを統括していました。そこで直面したのは、ラボのグラムスケールで完璧に機能した材料が、工場の大型プラントに持ち込まれた途端に再現性を失うという社会実装の壁でした。「ラボと工場の乖離を埋め、新材料を広く社会へ普及させたい」。この原体験に突き動かされたJose氏は、ケンブリッジ大学の博士課程へ進学し、材料を容易にスケールアップするための「マイクロリアクター技術」を発明したのです。この革新的な技術を社会実装すべく、指導教官でサステナブル化学の権威であるAlexei Lapkin氏 、Samsung出身で高度なデバイス制御を専門とするMikhail Kovalev氏らと共にAM社を創業。アカデミアの深い知見と実業界の実用性を高度に融合した強力なチームが誕生しました。

図1 K-1:デスクトップサイズのラボモデル
技術・ソリューションの核心:年単位におよぶ量産化検証をわずか数週間単位に短縮する
同社は、1日あたり1キログラムのナノマテリアルを生産できる独自のマイクロリアクター「K1」、10キログラム規模の「K10」、工場量産用の「K100」までを一貫して提供するフルスタック・ソリューションを展開しています。大きな特徴は、これらすべての装置が「同一のアーキテクチャ」で統一されている点にあります。従来の大型プラントのようにスケールアップのたびに装置設計を一からやり直す必要がなく、ラボスケールで最適化した合成条件を、量産工程へ比較的そのまま移植することが可能です。

図2 ラボ内に設置されたK-1
従来の化学産業では、プラントの大型化に伴う不均一性を検証するために十数年もの歳月と、数百億円規模の設備投資が必要でした。しかし、同社のシステムはラボからパイロット、そして工場スケールまで各ステージを数週間単位に短縮し、設備投資を大幅に削減します。
Jose氏は、同技術を開発するために「地道な分析やシミュレーションを繰り返す、気の遠くなるような小さな積み重ねが必要で、機能証明に4年を費やした」と振り返ります。さらに2020年以降、蓄積した物理データとAIを統合。実験結果をAIがリアルタイムに解析し、「次にすべき実験条件」をリアルタイムにフィードバックするループを確立したことで、超高速な自動プロセス最適化を実現しました。

図3 K-10:K-1の結果をもとに、中量評価や評価サンプル製造向けのスケールアップモデル

図4 ラボ内に設置されたK-10
ビジネスモデルと成長戦略:コロナ禍の逆境で磨かれた「自社製造」の強み
同社が現在最も注目しているのが、地政学的リスクや貿易分断に晒されている半導体市場向けの先端ナノ材料分野です。AI需要の爆発的な高まりに伴い、先端材料の安定調達は各国の経済安全保障に直結します。同社は、開発を外注するのではなく、顧客が自社内で迅速に内製化できる素材量産モデルを提案。具体的には、シリコンウエハを平滑化する「CMPスラリー用微細ナノ粒子」、高密度実装の熱を逃がす「先端パッケージング用熱管理材料」、「チップ内キャパシタ用材料」の3領域に対応します。すでに商業ステージにあり、昨年はマレーシアにて「K100」のセットアップに成功しました。

図5 K-100:量産生産向けのパイロットモデル
2020年に創業したAM社。当時、コロナ禍真っ只中にあり、外部委託が困難な状況で、すべての装置を自社内で製造したことがきっかけで高度な製造技術が蓄積されました。シンガポール政府から US$5Mの助成金を獲得し研究開発を進めたのち、ケンブリッジ大学からスピンアウトした2025年にVCのUntroD Capitalやシンガポール政府系ファンド等から資金を調達。直近では東京都高輪ゲートウェイ駅内のウェットラボ「LiSH」にデモ機を設置しており、日本でも大手企業と強固なリレーションを築いています。
ビジョンと展望:殻を破り「ダークサイド」へ飛び出す次世代の研究者たちへ
今後3〜5年の展望として、半導体市場のみならず、医薬品やバイオ技術を含む「ヘルスケア分野」、EV向けバッテリー材料や放熱材料を含む「エネルギー分野」へ水平展開する構想を進めています。5年以内のグローバル市場へのIPOも視野に入れ、世界の材料エコシステムをリードする存在へと成長したい想いです。
Jose氏は、日本の若手研究者に向けて熱いメッセージを贈ってくれました。
「現代の社会課題を前に、これまでのように長い年月をかけて新技術の実装を待つ猶予はありません。しかし、多くの研究者は、論文執筆に集中し、社会実装への課題から目を背けています。挑戦してほしいのは、その殻を破り、いかに量産・商業化(スケールアップ)するかという隠された課題に向き合うことです。ケンブリッジ大学では産業界を『ダークサイド(暗黒面)』と呼びます。研究者の皆さん、どうか自身の殻を破り、積極的にダークサイドへ飛び込んで産業界と対話してください。自らの研究に自信を持ち、世に出てきてほしいと願っています」。
未来のサプライチェーンを共に構築する、日本のオープンイノベーションパートナーからの熱いアプローチを強く期待しています。
謝辞:本取材にあたり、UntroD Capital Asia Pte. Ltd.の熊本大樹氏にコミュニケーションサポートをいただきました。ここに深く感謝の意を表します。
【基本情報】
取材日:2026年5月18日(月)
社名:Accelerated Materials Pte. Ltd.
事業内容:AIとマイクロリアクター技術を融合した先端ナノ材料の合成・スケールアップ支援、およびシステム販売・ライセンス供与
特徴:ラボから工場へのスケールアップ期間を数週間単位へ短縮し、設備投資(CAPEX)を大幅削減するフルスタック・ソリューション
代表者・創業者経歴:代表取締役CEO Nicholas Jose氏。
カリフォルニア大学バークレー校で材料科学・化学工学を専攻。無機材料メーカーでラボから工場へのスケールアップを経験した際、「再現性」を失ってしまうという、化学業界の過酷な現実に直面。この課題をアカデミアの力で根本から解決するため、ケンブリッジ大学へ進学しPhD(博士号)を取得。
従業員数:10名
所在地(シンガポール):1 Create Wy, CREATE Tower, Singapore 138602
資金調達フェーズ:シードラウンド
主な株主・VC:UntroD Capital Asia、SG Innovates、Cambridge Enterprise
同社の詳細な事業内容および最新の取り組みについては、下記公式ウェブサイトをご参照ください。
池田 識人(いけだ しきと)
シーエムシー出版編集部(東京)。同社出版の雑誌『月刊ファインケミカル』編集を経て、現在は主にレポートの企画・編集業務に従事。ファインケミカル、新材料・新素材、エレクトロニクス、エネルギーなどの分野において、産業界で注目の旬なテーマを書籍化している。
