高価なイリジウムより高活性! 設計論の確立で高性能触媒を開発―第23回GSC賞奨励賞 東京工業大学 菅原勇貴氏【受賞技術から見える未来】

2025/06/24
Image

水素は次世代エネルギーとして期待されています。その中でもとくに注目されているのが、再生可能エネルギーを用い、水から電気分解により製造するグリーン水素です。普及するには、製造コストが高いなど多くの課題があり、安価で高活性な電解触媒が求められています。東京科学大学(受賞時は東京工業大学)助教の菅原勇貴さんらは、課題の解決に向け、触媒粒子の結晶構造に基づいて高性能の触媒を実現する新たな設計論を提案しました。また、その指針に基づき、従来の触媒よりはるかに高性能な触媒を開発しました。この成果により、菅原さんは第23回GSC賞奨励賞を受賞しています。

※記事タイトルの大学名は受賞当時。賞主催者の発表に従いました。

次世代エネルギーとして期待のグリーン水素、触媒コストの課題も

水素は燃焼しても二酸化炭素を排出せず、水やメタンなどいろいろな資源から製造できるので、化石燃料の乏しい日本では重要なエネルギーになることが期待されています。

水素の製造法には、化石燃料を燃やしたガスの中から水素を取り出す水蒸気改質法と、再生可能エネルギー由来の電力を用い、水を電気分解して水素を取り出す水電解法があります。前者による水素がグレー水素やブルー水素と呼ばれるのに対し、後者による水素はグリーン水素と呼ばれています。

Image

図1:製造方法による水素の分類。主なもの

グリーン水素は、二酸化炭素を排出しないので、持続可能な社会の実現に向けて注目されています。しかしながら、高価なイリジウムを触媒に使うことや、製造時に大量の電気を使うことからコストがかかることが課題でした。

水の電気分解は理科の実験で行われるように、電解質を含む水溶液中に陽極と陰極を入れ、電圧をかけると、陽極で酸素、陰極で水素が発生するというものです。

「水の電気分解は、水素が発生する水の還元と酸素が発生する水の酸化という二つの反応から成り立っていますが、水素発生反応に比べ、酸素発生反応の速度は遅く、水素を発生させるためには、理論値よりも多くの電圧を加える必要があるのです。多くのエネルギーが必要になるので、高活性の触媒が必要です。イリジウムやルテニウムなどのレアメタルの触媒活性は高いものの、高価なため、コストがかかります。そのため、高性能で安価な電極用触媒が求められているのです」と、東京科学大学総合研究院助教の菅原勇貴さんは説明します。

触媒開発の指針となる「法則」を発見

触媒は金属酸化物などを付着させた微小粒子で、その表面に反応物質が吸着することで化学反応を促します。菅原さんらは、従来使われていたレアメタルに代わり、安価な鉄を用いて高活性な触媒を開発することにしました。鉄は、安価なうえ、毒性も環境負荷も低いため、触媒の材料としては優れているものの、酸素発生反応の触媒活性はさほど高くありません。そのため、マンガンやニッケルなど他の金属元素と組み合わせることで活性を向上させます。

触媒の開発では、最適な金属元素の組み合わせを見つけることが目指されますが、この方法では開発するまでに時間がかかります。元素の組み合わせや化学組成は無限にあるため、あらゆる組み合わせを考えてたくさんの候補物質をつくり、検証を繰り返して検討するしかないのです。

「私たちはもっと効率よく触媒を開発する方法はないだろうかと考え、触媒粒子の結晶構造に着目しました。元素組成などに依存しないパラメータを見つけようと思ったのです」と、菅原さんは話します。

多くの実験や解析から見つけたのが結晶内の鉄と酸素の間の結合の長さを指す「鉄-酸素結合長」でした。つまり菅原さんらは、「結晶内の鉄-酸素結合の長さが短いほど活性が高い」ことを明らかにしたのです。触媒の活性は、材料の元素組成や鉄の価数など他の因子に依存しないことも示すことができました。

「これまで、触媒活性と結晶構造の関わりはあまり議論されていませんでしたが、組織構造と触媒活性について初めて示すことができました。構造のデータは、データベースから検索できるので、鉄-酸素結合長を手掛かりにすれば、迅速に触媒を開発できます。とても利便性の高い方法です」と、菅原さんは続けます。

Image

図2:水電解用鉄系電極触媒の設計論の構築
⁠(画像提供:菅原氏)

レアメタル触媒よりも高い活性をもつ触媒を開発

「結晶内の鉄-酸素結合の長さが短いほど活性が高い」という指針に基づき、菅原さんらはさまざまなデータを検討し、触媒の候補として鉄カルシウム酸化物(CaFe2O4)を見出しました。実際に実験で触媒活性を評価したところ、他の鉄系酸化物の3.5倍以上と活性が高く、従来のイリジウム触媒よりも高いことを確認しました。理論計算から、反応の起こる場所が結晶表面にある近接した三つの鉄原子にあることが示されるなど、反応メカニズムも明らかにすることができました。

カルシウムも鉄と同様、安価で汎用性のある金属なので、この触媒は実用化に適していると菅原さんたちは考えています。さらに、この触媒設計理論を鉄系酸化物以外の物質にも応用し、リン酸化物(Fe3O3(PO4))を開発しました。この触媒の鉄原子は、鉄カルシウム酸化物と同様の配置をしており、高い活性を示しました。

Image

図3:CaFe2O4とその他の触媒の活性比較。水電解の正極反応に対する鉄系触媒およびレアメタル触媒触媒の活性。CaFe2O4はSr4Fe6O13など他の鉄系の複合酸化物触媒より突出し、レアメタルの酸化イリジウム(IrO2)も上回った
⁠(画像提供:菅原氏/出典:Adapted with permission from ACS Appl. Energy Mater. 2021, 4, 4, 3057–3066. Copyright 2021 American Chemical Society.)

菅原さんが提案した触媒設計理論が触媒の開発に有用なことが示されました。この構造があれば、多様な材料が使えるので、菅原さんは、有機物と無機物を融合させた有機無機ハイブリッド触媒や鉄以外の他の金属の触媒など、さまざまな触媒に応用していきたいと言います。また、水の電解だけでなく、窒素や二酸化炭素の酸化還元反応など、別の反応に応用できるのではないかと考えています。

新たに開発した触媒粒子は、電気炉さえあれば製造でき、材料は鉄やカルシウムの塩(えん)といったよくある試薬で済みます。製造工程も短く、簡単につくれるので、余計なエネルギーを必要としないことや、材料の試薬の毒性が低いので環境負荷が低いことが大きなメリットです。いまは触媒粒子の直径が50〜500ナノメートルほどですが、「もっと小さくするのが目標」と菅原さん。微粒子化すると、表面積が増え、触媒の性能が向上するのです。

「微粒子化に取り組んでいますが、10ナノメートル以下のサイズになるとかなり難しく、この技術の得意な方がいるといいのですが」と、菅原さんはパートナーを求めています。

水素活用でエネルギーの自給自足ができる社会へ

開発している触媒で、もうひとつ目指しているのが、耐久性を高めることです。この反応では電極触媒に大きな電圧をかけるので、使っている間に触媒の構造が変化して効率が低下することがあります。グリーン・サステイナブル・ケミストリー(GSC:Green Sustainable Chemistry)の観点からも触媒が長期間使えることは重要です。耐久性についても検討し、活性と耐久性を同時に評価できるようなパラメータを探していきたいと菅原さんは考えています。

また、使っているデータは、物質そのもの、つまり触媒粒子の中心部の情報です。実際に反応が起こっている触媒粒子の表面を詳細に理解し、触媒開発に生かしていきたいと菅原さんは言います。

菅原さんが目指しているのは、化石資源から脱却した再生可能エネルギーによる社会です。水素をエネルギーして活用できれば、エネルギーの自足自給が実現できると確信しています。

「近年は、触媒だけでなく、電解質の研究も進んでいるので、水素エネルギーの普及がより近づいていると思っています。新たなエネルギー技術の開発には、触媒は欠かせません。私たちの研究成果が次世代エネルギーやGSCの推進に貢献すると信じています」と、菅原さん。水素エネルギーが身近なものになる日も近づいているようです。

グリーン・サステイナブル ケミストリー賞(GSC賞)とは

公益社団法人新化学技術推進協会のグリーン・サステイナブル ケミストリーネットワーク会議が、グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)分野の推進に貢献する優れた業績を挙げた個人や団体にGSC賞を贈っています。各賞は以下の通りです。三大臣賞(経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、環境大臣賞)。ベンチャー・中小企業賞。奨励賞。うち経済産業大臣賞は、産業技術の発展に貢献する社会実装されたものに、また、環境大臣賞は環境負荷低減に貢献する社会実装されたものに授与するものです。GSCは、「人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学」を追求する世界的な環境運動を指します。

佐藤 成美(さとうなるみ)

サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)。東京大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。科学の幅広い分野について一般向けの記事のほか、研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『本当に役立つ栄養学』『「おいしさ」の科学』(以上、講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。

関連する特集