化学品のCFP算定システムを開発! 無料公開で社会への貢献めざす―第23回GSC賞経済産業大臣賞・環境大臣賞 住友化学【受賞技術から見える未来】
2025/05/27ある製品の生産から使用・廃棄に至る全プロセスにわたって排出した温室効果ガスの量を「製品カーボンフットプリント」(CFP:Carbon Footprint of Products)として数値化する動きが、温室効果ガス排出削減の手立ての一つとして、欧州を中心に世界に広がっています。しかし、化学製品の生産工程は複雑なためCFPの計算に手間がかかるのが課題でした。この課題に対し、住友化学はCFPを簡単かつ効率的に算定できるシステム「CFP-TOMO」を開発しました。自社製品約2万品目のCFPを算定し、顧客に提供するだけでなく、そのシステムを無償公開し、CFP算定の普及に貢献しています。同社は、第23回GSC賞の経済産業大臣賞と環境大臣賞をダブル受賞しました。
製品カーボンフットプリント(CFP)への注目が世界的に高まっている
化石燃料の使用により大量に放出される二酸化炭素は、地球の温度を上昇させ、気候を変動させます。二酸化炭素など温室効果ガスは、その製品の製造時のみならず、原材料の採掘、調達、運搬、販売、使用、さらには廃棄に至るまで、あらゆる段階で発生します。
製品のライフサイクルを通じて排出される温室効果ガスの量を二酸化炭素に換算して示したものを「製品カーボンフットプリント」(CFP:Carbon Footprint of Products)といいます。CFPの数値化は、いわば二酸化炭素の「見える化」であり、その製品が環境に及ぼす影響を評価できます。また、CFPを指標にすると、ライフサイクルのどの段階に二酸化炭素排出量が多いのかを特定することができ、環境負荷低減対策への検討に役立ちます。
CFPの数値化は欧州を中心に世界に広がっており、欧米では自社製品に使う部品や材料を調達する取引先企業にもCFP表示を要求することが増えています。2023年10月からは炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)の試行期間が始まり、欧州連合(EU:European Union)に輸出する特定の製品、具体的にはセメント、肥料、鉄鋼、アルミニウムなどのCFP表示が義務づけられたため、海外企業と取引をする企業ではCFP算定に取り組む必要が出てきました。
また、各企業が気候変動対策に取り組み、自社事業の活動に関連する他社の排出を指すScope3を削減するために、サプライヤーに購入原料のCFP算定を求めるケースも増えてきました。国際的なイニシアティブであるSBTi(Science Based Targets initiative)からScope3目標を認定された企業において、その動きは顕著です。
化学製品を製造する住友化学でも、顧客である化学企業や自動車や電池など各種メーカーなどから問い合わせが増えていました。
複雑な化学品のCFP算定に独自ツールで対処することに
しかし、CFPを算定するのは容易ではありません。例えば、ある製品を製造するとき、原料の使用量、製造のために使用する電気の量やその発電方法、生産地からの運搬経路によってCFPは変わりますし、運搬するトラックがガソリン車でなくディーゼルエンジン使用車だとしたらCFPは増えます。各企業が同じルールに従って算定しないと算定を行う意味がなくなってしまうため、算定方法をきちんと定める必要があるのです。
CFPにいち早く取り組んできた英国では、政府公認の非営利機関カーボントラスト社がCFPの計算の範囲と適用条件を決めるための基本的なルールを考案しました。その後、国際標準化機構(ISO:International Organization for Standardization)の国際規格「ISO 14067」が定められ、日本では2023年に経済産業省の「カーボンフットプリントガイドライン」といった指針ができましたが、このようなルールには解釈の余地がある部分もあり、業界団体などが独自に算定方法を定める動きが活発化しています。
各種製品のなかでも、多くの化学反応工程や分離精製工程が連続することが多い化学製品の製造プロセスは、エネルギーや物質の流れがとりわけ複雑で、副生成物の種類も多くなります(図1)。そのため、化学製品のCFPを算定するのはほかの産業に比べて極めて困難です。
住友化学では、これまで顧客からCFPを求められると、工場の担当者をはじめとする製品の関係者が表計算ソフトを使って計算していました。しかしながらプロセスが複雑なため手間がかかり、これまでの方法では対応しきれないケースもありました。市販のCFP算定ツールなども出てきていたのですが、化学製品の製造工程は複雑でうまく計算できないことが多いことが分かりました。そこで、自社製品のCFPを算定するために、独自のツールを開発することにしたのです」と、同社技術・研究企画部の当麻正明さんは話します。

図1:化学製品の製造の流れ
(画像提供:住友化学)
化学製品に特化したシステムでより早く、簡単に
住友化学は社内にワーキンググループを設け、CFP算定ルールの勉強会を開催するなどして、2021年に「CFP-TOMO」とよぶ自社向けのシステムを完成させました。一般的な表計算ソフトやデータベース管理システムをベースにし、簡単で使いやすい点を特徴としています(図2)。

図2:CFP-TOMOシステム概要
(画像提供:住友化学)
算定範囲は“Cradle to Gate”と呼ばれる原料調達から生産までとし、化学製品を原材料として使う下流の顧客につなげることを目的にしています。また、会計業務で用いる原価計算システムのデータから、計算に必要な原材料の使用量や電力使用量などのデータを効率的に集めることとしました。計算に必要な温室効果ガス(GHG:Global Greenhouse Gas)排出係数は、利用者が別途計算して適切な数値を設定するか、データベースの値を使うかを選択できるなど、実用性を重視しています。
「計算方法を工夫し、複雑で長い製造工程の場合や下流の製品が上流の製品の原料になる場合でも問題なく計算できるようにしました。また副生成物の種類が多いという課題に対応するために、製造工程の特徴を考慮した多くの計算方法を用意しました。利用者に自らプロセスに適切な計算方法を選択してもらいます。さらに、大量の製品のCFPを一度に計算する場合、たとえデータがそろっていなくても、途中で止まることなく計算が完了するようにしています」と、当麻さんは説明します。
完成後も改良を重ね、計算効率がよくなるとともに計算時間も大幅に短縮しました。千葉工場では約1万品目の製品のCFPを一度に計算できるようになり、開発当初は一晩かかっていた計算時間もわずか1時間弱へと大幅に短縮することができました。また、愛媛工場でも、複雑な製造工程をもつ約1200品目の製品の計算をわずか7分で行えるようになりました。
「もちろん特別な計算機は必要なく、ビジネス用のノートパソコンで十分計算できます」と当麻さん。
無償提供も!CFPの普及につなげたい
住友化学はCFP-TOMOを他社に無償で提供してもいます。これまでは会社間で使用許諾契約を結んでから提供していましたが、より多くの企業に使ってもらえるよう、使用許諾の方法を、ツールの立ち上げ時に表示される契約書を読み、それに同意してボタンを押すことで使用を開始できる「クリックオン契約」に移行しました。
「この方法だと、会社間の契約を締結する手続きを踏む必要がなく、使用開始のハードルが低くなります。また、英語でも同様の手続きで使用開始できるので、海外でも普及するのではないかと期待しています」と、当麻さんは話します。
業界団体である一般社団法人日本化学工業協会と連携し、同協会と共に普及を進めています。また、化学品向けCFP算定支援サービスを企業に提供する企業も出てきています。CFP算定が必要であるものの人材が足りない、算定が難しく対応できないといった企業に対し、CFP-TOMOを用いて算定をサポートします。
すでに化学会社を中心に100社以上が利用するようになりました。「そうはいっても、まだ必要な原料データを網羅できているわけでは全くありません。CFP-TOMOが普及し、化学産業各社がCFPを算定するようになれば、サプライチェーン全体を通して、CFPがより正確で信頼できるものになると思います」と、当麻さんは話します。
今後、算出したCFPに占める一次データの比率を示した「一次データ比率」(PDS:Primary Data Share)やデータの品質を示した「データ品質評価」(DQR:Data Quality Rating)が必要になるなど、CFP算定のルールも変わっています。そのような変更にあわせてCFP-TOMOもさらに改良を続けています。
当麻さんは、「多くの企業に使ってもらうようになり、CFP-TOMOが日本の化学品のCFP算定の標準になりつつあると思っています。CFP-TOMOによってCFP算定が広く普及し、低炭素製品の開発や持続可能な社会の実現に貢献することを期待しています」と、締めくくりました。
CFP-TOMO を、Chematelsの姉妹サイトPlaBaseでも紹介しています。こちらの記事も合わせてご覧ください。「【住友化学株式会社】多賀祐子の突撃取材 in 住友化学本社 SYNERGYCA:PR」
グリーン・サステイナブル ケミストリー賞(GSC賞)とは
公益社団法人新化学技術推進協会のグリーン・サステイナブル ケミストリーネットワーク会議が、グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)分野の推進に貢献する優れた業績を挙げた個人や団体にGSC賞を贈っています。各賞は以下の通りです。三大臣賞(経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、環境大臣賞)。ベンチャー・中小企業賞。奨励賞。うち経済産業大臣賞は、産業技術の発展に貢献する社会実装されたものに、また、環境大臣賞は環境負荷低減に貢献する社会実装されたものに授与するものです。GSCは、「人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学」を追求する世界的な環境運動を指します。
佐藤 成美(さとうなるみ)
サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)。東京大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。科学の幅広い分野について一般向けの記事のほか、研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『本当に役立つ栄養学』『「おいしさ」の科学』(以上、講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。

