CPN新製造法からCPME開発、さらに触媒事業を強化へ―第56回日化協技術賞 技術特別賞 日本ゼオン【受賞技術から見える未来】
2024/10/22合成香料の原料や半導体向けに使われる溶剤として広く利用されている化合物の一つが、シクロペンタノン(CPN)です。日本ゼオンはこの化合物の新たな製造法開発と、そこから実現したエーテル系溶媒シクロペンチルメチルエーテル(CPME)の製造法開発などで、新たなケミカルビジネスを築いてきました。同社が取り組んだ一連のプロセス開発は、第56回日化協技術賞「技術特別賞」を受賞しています。受賞技術が生み出された背景や今後の展望について、当時の開発チームを代表して三木英了さんに話を伺いました。
すでに持つ材料から、将来有望な化合物を作り出す
シクロペンタノン(CPN:Cyclopentanone)とは、5個の炭素が環状に手をつなぎ、その中の1個の炭素が酸素と結びついた構造をした化合物です。
CPNは花の王とも呼ばれるジャスミンが放つ華やかで甘い香りを人工的に合成する際の原料の一つ、メチルジヒドロジャスモネート(MDJ:Methyl dihydrojasmonate)の原料です。さらに近年、CPNは香料の原料としてだけでなく、高い溶解力や乾燥性、回収性に優れるという特性を生かして半導体の洗浄向け溶剤としても使われるようになっています。

図1:CPNとMDJの構造と用途
(画像提供:日本ゼオン)
「当社でMDJの販売を開始した1986年当時、CPNは外部に委託して製造してもらっていた原料でした。しかし、半導体関連の用途でも伸びる可能性が見込まれており、このままではCPNの市場拡大に対応できないのではないかという話になりました。自分たちのところでどうにかしようとなったのが、CPN製造法開発のきっかけです」と、日本ゼオン総合開発センターカーボンニュートラル研究開発推進室の主席研究員である三木英了さんは振り返ります。
CPNを作るには、さらにその原料が必要です。そこで目をつけたのがジシクロペンタジエン(DCPD:Dicyclopentadiene)でした。DCPDは、ナフサ精製で取り出されるC5留分と呼ばれる炭素数5の生成物から、同社のイソプレン抽出技術(GPI:Geon Process of Isoprene)を用いて作り出される化合物の一つです。
「当社ではC5事業の根幹を支えるGPIプロセスでイソプレン、ピペリレン、DCPDを大量に生産しています。DCPDはいまでこそ当社の大黒柱になっている高機能樹脂の原料なのですが、当時は用途があまり多くなかったのでどうにか用途を開発したかった。そこにうまくCPNの開発ニーズが合わさったのです」
1991年にベースとなる研究を始め、1997年には現在の手法の開発に着手します。そしてついに2001年、反応工程に関する技術を確立し、2004年にCPN製造プラントを完成させます。
「いくつかの工程の組み合わせにはなるのですが、反応全体で見ればDCPDから作り出したシクロペンタジエン(CPD:Cyclopentadiene)に水を付加しただけの、シンプルでクリーンな反応です。反応全体としての総合収率は90%を超えており、従来主流だったプロセスと比べても効率的に優位なプロセスに仕上がりました」

図2: CPDに水を付加し、CPNを生成
(画像提供:日本ゼオン)
CPNの製造法として元々主流だったのは、アジピン酸を原料とするアジピン酸法と呼ばれるものでした。この手法の収率は85%ほどであり、また副生成物として重量比57%ほどの二酸化炭素を出してしまいます。
「開発時は、温室効果ガスについて現在ほど問題視されていませんでした。ただし、今回の受賞に当たっては審査時に詳しく質問いただきましたし、後付けにはなるのですが、このあたりも評価されたのかなと思っています」
思わぬ成果のCPMEから、ケミカルビジネス確立
新たに生み出した原料製造プロセスは、思わぬ成果も生み出しました。CPNの製造プロセスで生成されるシクロペンテン(CPE:Cyclopentene)から、いま幅広く利用されているエーテル系溶媒のシクロペンチルメチルエーテル(CPME:Cyclopentylmethylether)を作り出せたのです。
「元々このエーテルには期待感がありましたので、別の方法によって力ずくで作り出し、マーケティングをしていました。すると、これは使い勝手がいい物質だと市場でどんどんニーズが高まっていきまして……。これは大変だとなりました」
2004年のCPN製造プラントが商業生産を開始したタイミングですでに、途中の生成物であるCPEからCPMEを作るためのプラント建設プロジェクトが同時進行していたといいます。それほどの勢いで計画が進んだのです。

図3:(左)水島工場全景(右)GPIプラント
(画像提供:日本ゼオン)
疎水性が高く乾燥が容易で、比較的高い沸点を持つなどの特徴がCPMEにはあります。そのため、他のエーテル系溶媒に比べて安全に取り扱えるものとして医薬品製造時の溶媒に使われています。
「医薬品には、製剤の中にいくら以上溶媒が残留したらいけないなど、いろいろな決まりごとがあります。CPME は、2022年9月に医薬品規制調和国際会議の『医薬品の残留溶媒ガイドライン』に掲載されたのですが、載ったということはちゃんとこの枠内であれば使っていいというお墨付きをもらったということでもあります。これからますます引き合いが増えていきそうです」
一つの製造プロセスから、市場ニーズが高い複数の化合物を効率よく作ることができ、いまでは日本ゼオンの強みであるC5事業の競争力を生み出すユニークな収益源にまで育てあげ、ビジネス全体がうまく進む仕組みを作り出せました。この点が今回の受賞で最も評価されたものと三木さんは見ています。
絶対に仕上げる! 誇りを持って
製造プロセスの開発を進めるとき大きなハードルとなるのが、スケールアップの難しさです。研究室レベルでは上手くいった反応でも、プラントレベルで実現できるかはまた別なのです。
「さらには、反応器の材質や廃棄物の処理方法、触媒のリサイクルについてなどの経済性についても、企業が行う研究開発ですから、きちんと評価しなければなりません」
これらの課題を抱えていた2000年ごろ、日本の景気はあまり良くありませんでした。予算も時間も限られる中、技術陣と経営陣の間ではかなり侃々諤々の議論が行われたと振り返ります。
「当時の水島工場の技術メンバーの努力は、それはものすごかった。今回の受賞者に名を連ねた5名のうち2名は水島工場のメンバーです。この技術は、その人たち無しには語れないものです」
難しさは技術面にもあります。プロセス全体で見ればシンプルに見える化学反応にも、その要所ごとに「ウルトラC級」の独自技術が織り込まれたプロセスになっていると三木さんは胸を張ります。
「やるからには絶対に仕上げると、誇りを持って取り組みました。どれだけトラブルが続いても、いまに見てろよという思いでこだわったからこそ、現状を築きあげることができました。やらされ仕事だったなら、きっと技術的に乗り越えられなかったでしょうね」

図4:開発したCPN製造法と、途中で実現したCPME製造法
(画像提供:日本ゼオン)
生産能力増強を次の一歩とし、触媒の事業を前に進める
プラントが完成してからおよそ20年。一連の新たなケミカルビジネスは引き続き成長の流れに乗っている状態ですが、そろそろキャパシティの上限が見えてきていると三木さんは話します。
「リーディングカンパニーとしての地位を確固たるものにするためには、やはり能力増強を避けて通ることはできません。いま作っているものを、より効率的に、よりコストを下げた上でもっと生産能力を上げたいという考えのもと開発を進めていると、事業部にいる後輩から話を聞いています」
今回の受賞技術から生まれたケミカルビジネスにとどまることなく、触媒による反応を使った事業をより前へ進めたいという話は社内にあるといいます。培ってきた触媒技術を磨きあげた先に、どんなビジネスが実現するでしょうか。
日化協技術賞とは
一般社団法人日本化学工業協会(略称 日化協)は、優れた化学技術の開発や工業化によって化学産業ならびに経済社会の発展に寄与した事業者を表彰する「日化協技術賞」を設けています。1968年に創設されたこの賞では現在、化学に関連する事業者から業績を公募し、優れた業績に対して総合賞・技術特別賞・環境技術賞の3つの賞を贈り、表彰しています。
本田 隆行(ほんだ たかゆき)
科学コミュニケーター 神戸大学大学院 自然科学研究科 地球惑星科学専攻修了(理学修士) 。大学時代の専攻は地球惑星科学。大学院時代に探査機「はやぶさ」理学ミッションに携わる経験を持つ。その後、地方公務員事務職(枚方市役所)・国立科学館勤務を経て、国内でも稀有なフリーランスの科学コミュニケーターとして活動中。展示プランニングや科学実演の実施・監修、大学講師やイベントファシリテーター、サイエンスライティングなど様々な仕事をこなす。著書に「宇宙・天文で働く」(ぺりかん社)
