用途の限られたオレイン系油脂から界面活性剤を開発 第72回化学技術賞 花王【受賞技術から見える未来】

2024/07/02
Image

日々の家事である洗濯に欠かせない衣料用洗剤。この洗剤に含まれる界面活性剤は、洗浄能力を決める重要な成分です。地球規模の人口増加に伴い拡大する世界的な需要にどう対応するかという大きな課題を克服するような、画期的な界面活性剤を花王の研究チームが開発しました。同社が「サステナブル界面活性剤」とも呼ぶ「内部オレフィンスルホン酸塩」(IOS:Internal Olefin
Sulfonate)です。2023年に日本化学会の第72回「化学技術賞」を受賞したこの技術を生み出した背景や技術がもたらす価値について、開発チームの皆さんに話を伺いました。

狙うは「用途の限られた油」の有効利用

界面活性剤といえば、水と油の両方になじむ性質を持っています。その理由は水になじむ部分の親水基と油になじむ部分の疎水基の両方を持つ構造にあります。水と油の境目である界面に作用する界面活性剤のおかげで、洗剤は油汚れを水に流すことができるのです。

Image

図1:界面活性剤の基本的な構造。疎水基は、炭化水素を構成する炭素が鎖のようにつながってできている
⁠(画像提供:花王)

現在、洗剤に使われている界面活性剤はパームやヤシなどの天然植物から採れる油脂から作られているのですが、実はここに大きな課題が潜んでいると開発チームの住岡沙羅さんは話します。

「界面活性剤を取り巻く環境は、大きく変化しつつあります。まず地球規模の人口増加や生活水準の向上によって、その消費量がどんどん増えています。さらには原料となる植物を生産する農地が、環境破壊や人権問題などの影響で確保しにくくなっているのです」

世界で生産される植物性油脂のうち、洗浄用途の界面活性剤を製造する際に使われているのは、全体のわずか5%程度であるラウリン系と呼ばれる油脂です。その理由は“鎖の長さ”にあります。界面活性剤の疎水基は、炭素が鎖のように連なった形をしています。この鎖が長いほど油とは仲良くなるものの、反対に水に溶けにくくなってしまいます。ラウリン系油脂を構成する炭素の数は12や14と、ちょうど洗剤に適した長さをしているのです。

一方、残りの95%を占めるオレイン系油脂は炭素の数は16や18と多く、そのため洗剤には不向きでした。

Image

図2:ラウリン系油脂とオレイン系油脂の生産割合。界面活性剤の原料となるラウリン系油脂はごく一部
⁠(画像提供:花王)

花王の研究チームは、洗剤に不向きなこのオレイン系油脂の中でも、工業用などの限定的な用途でしか使われない固体部に着目し、ついには難しいと考えられていた洗剤用界面活性剤の開発に成功したのです。この画期的な界面活性剤を花王は、天然成分由来の内部オレフィンスルホン酸塩(IOS:Internal Olefin Sulfonate)という意味で「バイオIOS」と呼んでいます。

炭素が多くても界面活性能と水溶性を両立

従来の界面活性剤は、炭素の鎖からなる疎水基の端に親水基が付いています。そのため、構成する炭素の数が多くなってしまうと疎水基と親水基のバランスが崩れ、水に溶けにくくなってしまいます。

一方、バイオIOSはこれまでの界面活性剤とは違い、疎水基の途中に親水基が付いた形をしています。この特徴的な形によって、バイオIOSは溶けやすさと洗剤としての高い能力を両立させることができています。

これまでの常識とはまったく違う能力を発揮するバイオIOSが実際にできたときは、界面活性剤に関わる研究員みな驚いたと、開発チームの野村真人さんは当時を振り返ります。

「基本的に炭素の数が16や18の界面活性剤は、水に溶けないというのが当たり前でした。それがサッと水に溶けたのにはとても驚きました。しかも、ちゃんと泡立っていたので、界面活性剤としての機能も発揮していることが視覚的によく分かったのです」

Image

図3:界面活性と水溶性の関係。グラフ内、黒で示した従来の界面活性剤は炭素の数が増えると水に溶けにくくなる。一方、赤星で示したIOSは炭素数が多いが水に溶けやすく、界面活性剤としての能力も高い
⁠(画像提供:花王)

バイオIOSの製造工程は、大きく二つのステップからなります。まず、固体のオレイン系油脂から内部オレフィンという物質を製造し、次にそこからIOSを製造するというものです。研究開発をスタートさせたのは2010年代初頭のことでした。そこから約10年かけて工業化までたどり着きます。

「もともとは用途の限られるオレイン系油脂の利活用を狙う中で、内部オレフィンの製造技術開発が始まりました。実際に内部オレフィンを作れることが分かると、次は界面活性剤にも使えるよねということでバイオIOS開発が始まります。実験室レベルでの研究が進むと同時に、工業的な大量生産に向けた手法の開発も進んでいきました」(開発チーム湯浅皓卓さん)

今回の化学技術賞では、この2ステップによる製造技術の確立に加え、高品質なバイオIOSを工業的に作ることができた点が高く評価されています。

大量生産の難しさを乗り越えて商品化

研究室レベルで製造に成功した内部オレフィンやバイオIOSを工業的に大量生産しようとする際には、多くの苦労があったようです。特に大変だったのが出来上がった内部オレフィンやバイオIOSの濁りや色のコントロールだったと、住岡さんは話します。

「例えば、内部オレフィンからIOSを作る際にスルホン化という工程があります。1本の反応器を用いて行う実験室レベルでの品質制御はできていました。しかし、工業化のためには反応器を何本も並列に束ねる『ナンバリングアップ』という方式を用います。そこでは反応器1本に対して行うような微調整ができないので、別の方法で品質をコントロールしなければなりません。手法も規模も違うこの調整には、実験室レベルとはまったく違う難しさがありました」

衣料用洗剤用途の界面活性剤ということもあり、洗剤の品質に大きく関わる要素である濁りや色のコントロールはとても重要です。幾度にもわたる試行錯誤の結果、濁りや着色の少ないクリアなIOSを安定的に製造することに成功し、ついに2019年にはバイオIOSを配合した衣料用濃縮液体洗剤「アタックZERO」を商品化しています。

地球規模の問題解決のため、世界を視野に

水に溶けやすく洗剤としての能力も高いバイオIOSの特徴は、使う人にとっても、そして地球環境にとっても多くの利点を生み出しています。例えば、水に溶けやすいということは、少ないすすぎでも衣類に残りにくいという洗剤の特徴を生み出します。すすぎの回数や水量を抑えることは排水の量を減らすことにつながり、洗濯機を動かすエネルギー量の抑制にもなります。また、洗剤としての能力が高いということは、使用する洗剤の少量化にもなり、ここでも環境影響が小さくできるのです。

Image

図4:界面活性剤を取り巻く環境が抱える諸課題。地球規模の人口増加や生活の質向上に対して、将来的に界面活性剤の共有が追いつかなくなる可能性がある
⁠(画像提供:花王)

界面活性剤の持続可能な供給を目指して生まれたバイオIOSは、持続可能な地球環境にも、さらには持続可能な人間社会にも貢献できる可能性を持っています。いまは主に日本国内で流通する商品に使われているバイオIOSですが、今後を考えると世界へと広げていくことが大事だと住岡さんは、先を見据えます。

「開発の出発点である界面活性剤を取り巻くさまざまな課題は、日本国内をどうにかするだけでは解決できません。課題解決を掲げて進み始めた仕事であるからには、世界へと視野を広げることが必要だと考えています。今後は衣料用洗剤以外の分野への応用も目指すなど、世界にしっかりと視野を広げていきたいです」

日本化学会 化学技術賞とは

⁠公益社団法人日本化学会は、日本の化学工業の技術に関してとくに顕著な業績のあった人に「化学技術賞」を授与しています。個人を対象としますが、同一業績について5名以内の連名で受賞することができます。「化学技術賞」は同会が表彰している11種類の賞のうちの一つです。

本田 隆行(ほんだ たかゆき)

科学コミュニケーター 神戸大学大学院 自然科学研究科 地球惑星科学専攻修了(理学修士) 。大学時代の専攻は地球惑星科学。大学院時代に探査機「はやぶさ」理学ミッションに携わる経験を持つ。その後、地方公務員事務職(枚方市役所)・国立科学館勤務を経て、国内でも稀有なフリーランスの科学コミュニケーターとして活動中。展示プランニングや科学実演の実施・監修、大学講師やイベントファシリテーター、サイエンスライティングなど様々な仕事をこなす。著書に「宇宙・天文で働く」(ぺりかん社)

https://www.sc-honda.com/

関連する特集