半導体や電子部品の小型化・高機能化もたらすポリイミドシートを開発―第72回化学技術賞 東レ【受賞技術から見える未来】
2024/07/25スマートフォンなどの携帯端末を高機能化させるため、電子部品の数は増える傾向にあります。それらの部品を限られたスペースに収めるには、部品の小型化などが必要になります。そうした流れの中で活用されている新技術の一つが、東レの「ネガ型感光性ポリイミドシートFALDA」です。同社は、耐熱性などの特性を持つポリイミド材料に、より精密かつ微細な加工を施すことを可能にしました。FALDAは多くのスマートフォンなどに採用され、電子部品の高機能化に欠かせない材料となっています。その独自性の高い技術と採用実績、そして電子部品分野における貢献の重要性が、第72回日本化学会化学技術賞の受賞につながりました。
長年の技術を生かしてポリイミド材料をさらに使いやすく
ポリイミドは、-196℃から300℃の広範囲にわたって物性変化が少ない高分子化合物です。温度による電気特性の変化もほとんどなく、高い耐熱性、熱伝導率、耐化学薬品性を有しています。さらに熱膨張率が小さいため熱収縮率も低く、高い寸法安定性を備えています。
そのため、ポリイミド材料は、電子機器のフレキシブルプリント基板、半導体素子の絶縁保護膜、液晶ディスプレイの配向膜など、さまざまな用途に利用されています。
東レのポリイミド材料開発の歴史は1970年代までさかのぼります。1970年にポリイミドをベースとした「耐熱絶縁ワニストレニース」を発売し、以来、光によって加工できる感光性の製品や、感度や耐薬品性を高めた製品など、さまざまな機能のポリイミド製品を世に送り出してきました。

図1:東レのポリイミド材料の開発状況と製品展開
(画像提供:東レ)
今回の受賞技術を活かして作られた製品がFALDAです。FALDAの他の製品と最も違う点は、その形状です。これまでのポリイミド製品は液状でしたが、FALDAはシート状なのです。

図2:FALDAの製品例
(画像提供:東レ)
シート化で実現した平坦性と中空構造
ポリイミドをシート状に加工したことで、従来品にない二つの大きな特長が生まれました。東レの電子情報材料研究所の嶋田彰さんは、シート状のFALDAの特長を次のように説明します。
「一つ目の特長は平坦性です。これまでの液状の製品は、基板に塗布して乾燥させて使っていました。基板に凹凸があると、塗布しても凹凸が残ってしまい、その後に研磨などのプロセスが必要になります。しかし、シート状のFALDAであれば凹凸ごと覆うことができるので、平坦なラミネートを可能にします(図3)」

図3:FALDAの特長① 平坦性
(画像提供:東レ)
「二つ目の特長は、中空構造を形成できることです。FALDAは光を当てると、当てたところが硬化して残るネガ型感光性の製品です。1層目のシートを光の照射で柱状に加工しておいて、2層目のシートをその上に載せて加工すれば、中空構造を作ることができます(図4)。このような加工は液状のタイプでは非常に難しく、なかなかできません」

図4:FALDAの特長② 中空構造形成
(画像提供:東レ)
中空構造を形成できると、「表面弾性波(SAW:Surface Acoustic Wave)フィルター」への応用が可能になると嶋田さんは話します。SAWフィルターとは、電子部品の中で電波をフィルタリングし、選択した電波だけを通す部品です。身近なところではスマートフォンの部品に多く使われています。スマートフォン1台当たりのSAWフィルター個数は、新しい製品が出るにつれて増加する傾向にあり、例えば、iPhone4で19個でしたが、iPhone13では77個となっています。
「スマートフォンが高機能化している中で、SAWフィルターは非常に重要な部品の一つになっています。多くの部品を収めるには、部品一つ一つをさらに小型化していく必要がありますが、このポリイミドシートを用いたパッケージを開発したことで、従来のセラミック基板を用いた構造よりもサイズを0.2mm2減らすことができ、厚みは3分の1以下に抑えることができました(図5)」(嶋田さん)

図5:SAWフィルターのパッケージ構造
(画像提供:東レ)
さらに深く、微細に加工できる微細解像品を開発
2020年に東レは、光透過率を高めたFALDA微細解像品の開発に成功したことを発表しました。多層基板などの層間で配線と配線を接続するための穴をビアと呼びますが、従来品に比べて改良品は、より深くて径の小さいビアを加工することができるようになりました(図6)。

図6:FALDA微細解像品。厚膜に高解像度でビア加工できるようになった
(画像提供:東レ)
FALDA微細解像品について、同研究所の藤田陽二さんは、次のように話します。
「従来の液状タイプでは、厚い膜を作るために何度も重ね塗りする必要がありました。FALDA微細解像品では厚さ100μmの膜に微細加工できるため、その工程を省くことができ、コストも削減できます。また、センサーや受動部品の小型化のために、フォトリソグラフィーを用いた工法がよく用いられますが、ポリイミドシートで形成した絶縁隔壁に電解銅めっきを流し込むことで、より精密でコンパクトな配線構造を形成することができます。さまざまな用途が考えられますので、お客さまのニーズを踏まえて製品化できればと考えています」
6G時代の材料開発へ、より高度な技術が求められる
スマートフォンなどの端末を使った移動通信システムは、年々高速・大容量化しています。普及の進む第5世代移動通信システム(5G:5th Generation)は、4Gと比べて伝送速度が100倍超となっています。通信技術の目覚ましい発展を踏まえ、現在、東レではデジタルイノベーション(DI:Digital Innovation)事業に力を入れ、全社的にさまざまな取り組みを進めていると嶋田さんは説明します。このポリイミドシートの開発も、DI事業の取り組みの一環です。
「今後、6Gといったさらに高速な通信技術が発達し、車の自動運転、仮想空間でのテレワーク、遠隔医療など、世の中を変える技術が出てくると思います。そこでは、デバイスの発展がますます欠かせません。デバイスを構成する材料にも高度な技術が必要となってきます。材料メーカーとして、大学などの研究機関やデバイスを開発するお客さまと一緒に考えながら、FALDAの発展や、新素材の開発を目指していきたいと考えています」(嶋田さん)
藤田さんも、東レの描く未来を次のように語ります。
「6Gの実現へ、さらに材料設計のハードルが上がると考えています。そこに向かって、私たちもイノベーションを起こしていきたいと考えています」(藤田さん)
便利で豊かな未来の実現を隠れたところで支える材料開発は、まさに縁の下の力持ちです。東レが生みだす革新的な材料がどのような未来を創っていくのか、これからも目が離せません。
※“FALDA”およびそのロゴは、東レ株式会社の日本国およびその他の国における登録商標または商標です。
日本化学会 化学技術賞とは
公益社団法人日本化学会は、日本の化学工業の技術に関してとくに顕著な業績のあった人に「化学技術賞」を授与しています。個人を対象としますが、同一業績について5名以内の連名で受賞することができます。「化学技術賞」は同会が表彰している11種類の賞のうちの一つです。
寒竹 泉美(かんちくいずみ)
理系ライター・小説家 九州大学理学部化学科卒業後、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。小説を書く傍ら、理系ライター集団チーム・パスカルに所属し、研究者インタビューや理系企業のオウンドメディアを中心に執筆している。
