カニ・エビ殻由来の成分「キトサン」から透明断熱材を開発―第22回GSC賞奨励賞 産業技術総合研究所 竹下覚氏【受賞技術から見える未来】

2024/03/28
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住居の中でも最も熱の出入りが大きい窓を断熱化すると、快適に過ごせるだけでなく、エネルギー消費を抑えることもできます。産業技術総合研究所化学プロセス研究部門主任研究員の竹下覚さんは、窓の断熱材に最適な素材を、カニやエビの殻由来の「キトサン」から開発しました。90%以上も空気を含む軽くて多孔質のゲルで、断熱効果や透明度も高い上に、柔軟性があるのが特徴です。また、未利用資源の有効利用につながります。竹下さんはこの技術によって、第22回(2022年度)GSC賞の奨励賞を受賞しました。

従来のエアロゲル、軽くて断熱性に優れるも弱点も

建物や住宅の暑さ・寒さに対する有効な対策として断熱材が利用されています。断熱材は、建物の外部に接する壁や床、あるいは屋根などに取り付けられ、建物内部の隙間を埋めることで断熱性を高める材料。内部と外部の熱の移動を妨げることによって室内の温度を快適に保つことができるのです。冷暖房のエネルギー消費を抑えることができるため、環境負荷も低減できます。

建物の中でも、特に窓における熱エネルギーの出入りは多いので、断熱材の効果は軽視できません。ガラスを二重や三重にした積層ガラスや、ガラスの間に真空層を設けた真空断熱窓がよく使われます。

ただし、これらは、施工が大がかりでコストもかさむ上に、重い、厚い、曲面への対応が難しいなどの理由から主に新築住宅への利用にとどまっています。既存の住宅や自動車の窓にも利用しやすい断熱材の開発が求められているのです。

その点、1931年に発明されたエアロゲルという物質は、断熱性の高さで知られてきました。ゲルの溶媒を空気に置き換えた、数十ナノメートル(1nmは10億分の1メートル)の孔が多数ある多孔体です。内部の90%以上が空気でとても軽く、断熱効果が高い上に、透明なので窓用の断熱材として期待されてきました。

初期に研究されたエアロゲルは、シリカ(二酸化ケイ素)で作られたものでした。断熱性などに優れているのですが、曲げに弱く、すぐに砕けてしまいます。そのもろさゆえ、実用性に乏しいものでした。

その後、カーボンやアルミナなどさまざまな物質からエアロゲルが開発されています。けれども、透明性と断熱性、柔軟性を併せ持つ材料にするのが難しく、いまも世界中で検討が重ねられています。

キトサンを材料にエアロゲル開発

「近年、セルロース・ナノファイバーを用いたエアロゲルが開発されています。もろさなどの欠点を克服し、機能に優れてもいるのですが、もう少し簡単な方法で作ることができないものか。そう考えたのが、この研究を始めたきっかけです」と、竹下覚さんが話します。

セルロース・ナノファイバーは、木材などの植物の細胞壁に含まれるセルロースをナノメートルのレベルにまで解きほぐしたバイオマス素材です。竹下さんは、このセルロースとよく似た構造を持つキトサンを用いてエアロゲルをつくることにしました。

キトサンは、エビやカニなどの甲殻類や昆虫の殻の主成分であるキチンをアルカリ処理したもの。廃棄されるエビやカニなどの殻が原料なので安価で、資源量も豊富なのですが、利用はあまり進んでいません。キトサンを使えば、セルロース・ナノファイバーと違って酸化などの工程を必要としません。取り扱いやすい未利用資源であることに着目したのです。

竹下さんは、キトサンを薄い酢酸に溶かし、次いでホルムアルデヒド水溶液を加えてキトサンの分子同士を結合させることでゲルにしました。そして、ゲルに含まれる水溶液をメタノールに置き換え、高圧二酸化炭素を用いた超臨界乾燥という方法によってメタノールを除去し、エアロゲルを作ります。最も軽いものでは、体積の97%が空気で、直径5~数10nmのキトサン繊維が三次元的に絡み合った構造をしていました(図1)。

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図1:キトサンエアロゲル。従来のシリカエアロゲルと違い、微細な繊維が絡み合った構造をしていた。電子顕微鏡で直径5~数10 nmの繊維が絡まった三次元構造が観察された

(画像提供:竹下さん)

「このゲルの特徴は非常に透明度が高いことにあります」と、竹下さんは説明します。透明なのは、ゲルの構造が微細で均質なためです。大きさのムラがないため、光を散乱させず透明になりました。空気を多く含みますから、断熱効果ももちろん優れていますし(図2)、柔軟性も兼ね備えていました。

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図2:市販材料とエアロゲルの熱伝導率の比較。熱伝導率が小さいほど断熱効果が大きい。セルロースフォームや発泡ポリマーなど既存の断熱材に比べ、エアロゲルは熱伝導率が小さく、断熱効果に優れていることが分かる

(画像提供:竹下さん)

一方、問題点として、ゲルが黄色く着色することがありましたが、乾燥工程を調節すると、色が薄くなることが分かりました。

ところが、もう一つ大きな問題がありました。それは湿気に弱いということです。キトサンは親水性の残基を多く持つため、湿気で変質してしまうのです。

竹下さんは検討を重ね、キトサンの水酸基に疎水性基を導入したうえで、溶媒にメタノールを用いず、アセトンを用いて乾燥させることで、疎水性基を保持したままゲルをつくることに成功しました。「出来上がったゲルは疎水性が高く、水滴をはじきました」と話します。

「そしてもう一つ、超臨界乾燥のあいだに三次元的な網目構造が自発的にできていることがわかったのです。これは大きな発見でした」

海洋バイオポリマー資源を有効活用

実用化に向けて開発を続けているものの、湿気に弱いという欠点はまだ完全に克服できていません。とはいえ、乾燥工程で「網目構造が自発的にできる」と発見したことで、次のステップへの応用がひらめきました。それは、二つのポリマー、つまりバイオポリマーと、ケイ素・酸素・水素からなるポリシロキサンというポリマーを組み合わせてエアロゲルをつくるというものです。

「引き続き、水産・陸産のバイオポリマー資源を利用することにしました」と竹下さん。海藻などに含まれる数種類のバイオポリマーを用いて検討したところ、アルギン酸、ペクチン、カラギーナンとポリシロキサンをそれぞれ組み合わせてエアロゲルをつくることに成功しました。「次の新しい断熱材として、実用化を目指したい」

エネルギー問題を解決し、環境負荷を低減する上で断熱材は重要な役割を果たします。多くの場所で断熱材が使われるのはよいことですが、それが石油由来の材料だったり、多くのエネルギーを使って作ったりしたものではあまり意味がありません。この研究で用いたキトサンのようなバイオポリマー資源を有効活用することは、持続可能な社会の発展に大きな意義があります。

実用化にあたって、超臨界乾燥のエネルギーとコストをどう低減するか、また、素材の耐久性をどう保持するかなどの課題もあります。「断熱材として実用化されたときの耐久性やリサイクルなどを考慮し、できる限り環境に対する影響の小さい技術にしていきたい」と竹下さん。今後の研究の発展が期待されます。

グリーン・サステイナブル ケミストリー賞(GSC賞)とは

公益社団法人新化学技術推進協会のグリーン・サステイナブル ケミストリーネットワーク会議が、グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)分野の推進に貢献する優れた業績を挙げた個人や団体にGSC賞を贈っています。各賞は以下の通りです。三大臣賞(経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、環境大臣賞)。ベンチャー・中小企業賞。奨励賞。うち、奨励賞はGSCの推進においてその貢献が将来期待できる業績に対して贈られます。GSCは、「人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学」を追求する世界的な環境運動を指します。

佐藤 成美(さとうなるみ)

サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)。東京大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。科学の幅広い分野について一般向けの記事のほか、研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『本当に役立つ栄養学』『「おいしさ」の科学』(以上、講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。

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