新触媒でギ酸を水素社会の“担い手”に―第22回GSC賞 文部科学大臣賞 大阪大学 森浩亮氏【受賞技術から見える未来】
2023/12/12水素は、再生可能エネルギーからも製造可能であり、二酸化炭素を排出しないことから次世代エネルギーとして注目されています。一方、貯蔵や輸送が難しいことが水素エネルギーの普及を困難にしています。大阪大学准教授の森浩亮さんらは、水素を効率よく運ぶ水素キャリアとして、ギ酸を利用するための触媒を開発したほか、水素製造の触媒の開発や水素の新たな活用法の提案もしました。水素社会の実現に向けて新たな道を切り拓いた功績で、森さんは第22回(2022年度)GSC賞の文部科学大臣賞を受賞しました。
扱いづらい水素を変換してから運ぶという道は見えてきた
2020年、政府が2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指す「カーボンニュートラル宣言」をし、実現に向けてさまざまな研究開発が進んでいます。水素エネルギー技術もその一つです。
水素は、エネルギーとして利用するとき二酸化炭素を出さないだけでなく、再生可能エネルギーから取り出せるため、その技術発展の対象にもなっています。また、つくった水素を「貯める」ことも可能です。エネルギー資源に乏しい日本でも、自前で製造できることから、水素の利用技術は今後の経済成長戦略の中核を担っています。
このように水素への期待は高まるものの、水素社会の実現には高いハードルがありました。
最も高いハードルは、水素が常温では気体であるがゆえの、貯蔵・運搬の難しさです。気体の水素をそのまま運ぶ効率の悪さを避けるには、超低温で冷却して液体にしたり、超高圧にして密度を高めたりしなくてはなりません。取り扱いが難しい上、そのような過程に多くのエネルギーを要します。
そこで、水素を運搬しやすい水素化合物に変換してから運ぶことが考えられています。その変換された水素化合物を「水素キャリア」といいます。この水素キャリアが、水素社会の実現の大きな鍵を握っているといわれます。
これまで水素キャリアの候補として、アンモニアやメチルシクロヘキサンなどが研究されてきましたが、森さんらが注目したのは、酢酸と同じくカルボン酸の一つとして知られる「ギ酸」です。水素をギ酸にして運び、ギ酸を分解して水素を取り出そうというのです。
利点の多いギ酸を水素キャリアに
「ギ酸に注目したのは、常温で液体だからです」と森さん。さらに、毒性が低く、爆発性もなく安全です。その上、エネルギー密度が高いので、水素ガスを600倍に圧縮することができます。水素をギ酸にすれば、簡単に貯蔵や運搬ができます(図1)。

図1:水素キャリアとしてのギ酸
(画像提供:森氏)
これまでギ酸も水素キャリアの候補物質としてあげられていました。しかしながら、反応の良い触媒が見つかっていないことや、副生物が出ることなどから、研究開発は遅れていました。
森氏らは、ギ酸を水素キャリアとして利用するため、高性能なナノ構造触媒を開発しました。ナノ構造触媒は、ナノメートル(nm)サイズの大きさの金属ナノ粒子を用いた触媒です。粒子をナノサイズにまで小さくすると、触媒の活性が非常に高くなるだけでなく、触媒の量を減らすことができます。構成する金属の種類や構造を工夫することで、この触媒にさまざまな機能をもたせることができます。
「技術開発のブレークスルーとなったのがパラジウムと銀の合金からなるナノ粒子による特殊な構造です。この粒子を用いた触媒で、既存の触媒よりかなり活性を高くすることができました」と森さんは言います。既存の触媒には加熱が必要、反応効率が低いなどの課題がありましたが、この触媒では二酸化炭素を使ってギ酸を合成し、低温でギ酸から水素を取り出すことができます(図2)。

図2:二酸化炭素を炭素源としたギ酸合成。表面組成制御したPdAg合金ナノ粒子担持TiO2 触媒により、温和な条件でも活性が向上した。EDXはEnergy Dispersive X-ray spectroscopyの略でエネルギー分散型蛍光X線分光法を指す
(画像提供:森氏)
さらに、開発した触媒を使って、重水中でギ酸から水素を取り出す反応を行うと、高価な重水素を低コストで製造できることも示されました。重水素は半導体などの工業材料に使われ、ほとんど輸入に頼っているのが現状です。
「分解時に生成する二酸化炭素をギ酸製造時に再利用できるので、工場のプラントなどに向いていると思います」と森さんは言います。
目指すは「水素のサイクル」完成、さらに先には……
水素社会の実現には、水素キャリアだけでなく、「水素を作る(製造)」「貯める(貯蔵)」「運ぶ(放出)」「使う(活用)」という各プロセスにある課題を同時に解決し、水素のサイクルを完成させることが求められます。森氏らは触媒技術を中心にして、「ギ酸を利用した水素のサイクルを一気通貫させたい」とチャレンジしています(図3)。

図3:ギ酸を利用した水素のサイクル
(画像提供:森氏)
森さんらは「ナノ構造触媒」を開発するとともに、「理論計算」により反応機構を解析し、さらに実際の状態に近い条件で観察を行う「その場観察」をするという体制でこの研究を進めました。学術面と応用面の両方からアプローチすることが、将来を見据えた水素社会の実現に貢献すると考えてのことです。
ギ酸を利用するための前述の触媒とは別に、水素製造のプロセスでは水を水素と酸素に分解する反応を触媒するナノ構造をもった光触媒を開発しました。光触媒を用いることで太陽エネルギーを利用した水素製造が可能になります。金属と有機化合物からなる新規材料を用いることで、活性や耐久性の高い、高機能の光触媒を実現しました。
「20~30年後を見据えて、エネルギー以外の水素の新たな利用法を提案しています」と森氏は続けます。金属触媒の表面で気体の水素が原子状水素として流れ出すと高速回転する「水素スピルオーバー」という現象を利用すると、作成が難しい特殊な合金ナノ粒子を低温で合成できることを森さんらは実証しました。この合金ナノ粒子を、高機能触媒の材料などに利用することを想定しています。
「水素を自由に使いこなせる日」を目指す
開発した多くの触媒によって、ギ酸を利用した、「つくって、運んで、利用する」という、水素エネルギーのサイクルが見通せるようになってきました。これまで水素社会の実現は難しいといわれてきましたが、近年、世界中で研究が急激に進んでおり、現実的になってきています。森さんもその動きを感じるといいます。今回のギ酸を利用した技術によって、水素が世界中で利用される日が近づいているかもしれません。「将来、水素を自由に使いこなせる日が来ることを目指しています」
実は、第1回GSC賞の文部科学大臣賞受賞者は、森さんの大学時代の「恩師」でした。そのため、今回のGSC賞受賞の喜びもひとしおだと言います。「いつか、研究室の学生がこの後に続いてくれるといいなと思います」
グリーン・サステイナブル ケミストリー賞(GSC賞)とは
公益社団法人新化学技術推進協会のグリーン・サステイナブル ケミストリーネットワーク会議が、グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)分野の推進に貢献する優れた業績を挙げた個人や団体にGSC賞を贈っています。各賞は以下の通りです。三大臣賞(経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、環境大臣賞)。ベンチャー・中小企業賞。奨励賞。うち、文部科学大臣賞は学術の発展・普及への貢献に対して贈られます。GSCは、「人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学」を追求する世界的な環境運動を指します。
佐藤 成美(さとうなるみ)
サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)。東京大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。科学の幅広い分野について一般向けの記事のほか、研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『本当に役立つ栄養学』『「おいしさ」の科学』(以上、講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。
