半導体を名実とも支える「銅張積層板」の進歩 —第55回日化協技術賞 総合賞 レゾナック【受賞技術から見える未来】
2023/10/17半導体は、電子機器や装置の中にあるトランジスタや集積回路に使われる物質で、情報の記憶、演算、電圧制御などを行う“頭脳”を担っています。家電製品やデジタル機器だけでなく、データセンターや情報通信インフラの中に必ずあるといっていいほど、半導体は私たちの生活に欠かせないものになっています。
半導体を搭載するサブストレートを構成する素材の一つが「銅張積層板」です。実装信頼性のために求められる低い熱膨張特性と機械加工性の両立を実現したのがレゾナックの銅張積層板MCL®-E-705GとMCL-E-795Gで、同社は第55回日化協技術賞総合賞を受賞しました。半導体のトレンドや受賞製品に活用されている技術、そして賞への応募に込めた想いと、受賞技術から見える未来について、レゾナックのエレクトロニクス事業本部開発センター積層材料開発部の尾瀬昌久さんに話を伺いました。
大型化、複雑化、高度化するロジック半導体
半導体の中でも、データ処理や機器制御を行う半導体は「ロジック半導体」と分類することができます。身近なところではパソコンやスマートフォンに使われており、近年ではデータセンターに実装されることが増えています。より高機能なロジック半導体が求められるようになり、機能を実装するための技術も複雑化・高度化しています。
ロジック半導体では、素子であるトランジスタの数が増えるほど計算能力が高まります。トランジスタの数は年々飛躍的に増加している一方で、回路の微細化には高度な加工技術が要求され、歩留まりが悪くなってしまいます。そこで、半導体チップを複数枚に分割して実装する「チップレット」という技術が登場します。チップレットによって、ロジック半導体はさらに高機能化します。
ロジック半導体を含め、半導体の基板であるサブストレートを構成する素材の一つが「銅張積層板」。絶縁性の高いガラス繊維で織られたガラスクロスに熱硬化樹脂と充填材の無機フィラーを含浸させてプリプレグと呼ばれるシートを作り、その上下に銅箔をプレス成形して熱硬化させたものです(図1)。

図1:銅張積層板の概略図
(画像提供:レゾナック)
銅張積層板に対し、配線板メーカーがドリル加工やメッキ加工を行うことで回路が形成され、その基板を半導体メーカーがパッケージとして組み立てることで集積回路などが製造されます。
レゾナックは、1955年に銅張積層板を製造開始しており、銅張積層板に関しては長い歴史をもっています。当時はラジオなどの家電製品に用いられるプリント配線板として適用されており、その後は携帯電話やパソコン、そして近年ではデータセンター向けに使われるようになっています。
特に、データセンターなどで使われるロジック半導体のサイズは大きくなる傾向にあり、加工によって空ける穴の数も増えています。尾瀬さんは、「例えば、最近では500mm四方の基板に数十万の穴をドリルで空けるようになっています。基板の向こう側が透けて見えるくらいの密度です。これくらいの加工をして目的の実装信頼性を実現しているのが、いまのロジック半導体です」と話します。
ここで問題となるのが、半導体を基板に実装するときの熱処理です。銅張積層板には樹脂が含まれているため、半導体チップ実装時の熱によって基板が膨張し、半導体実装基板との熱膨張差により半導体パッケージが反ってしまい、精密な加工ができず、歩留まり悪化の原因となります。
「半導体サイズが大型化するにつれて、反りの問題がより大きくなります。反り量をいかに抑えるかという点に注目して、新たな銅張積層板の開発を始めました」(尾瀬さん)
反りを抑えて加工しやすい素材を実現
尾瀬さんらのグループは、反りを抑えるためには銅張積層板にどのような特性をもたせればよいのか、シミュレーションによる検証を行いました。その結果、「低熱膨張化」と「高弾性率化」が反りを抑えるのに有効だとわかりました。
まず、低熱膨張化を実現するため、樹脂構造の最適化を目指しました。多環芳香族骨格に、他成分との相溶性を高める極性基と、他成分との反応性を有する反応基を導入することで、熱膨張しにくい樹脂構造をつくることに成功(図2)。これはマテリアルズ・インフォマティクスの一つである分子シミュレーションを駆使しながら、レゾナック独自の樹脂合成技術を用いることで実現したものです。

図2:低熱膨張化を実現した技術
(画像提供:レゾナック)
次に、開発した樹脂を積層させた高弾性ドメインと、低弾性ドメインによるプレポリマーを自社内で合成し、広い温度帯で応力を緩和できるようにしました(図3)。

図3:高弾性化を実現した技術
(画像提供:レゾナック)
こうして尾瀬さんらは、低熱膨張化と高弾性率化を両立する樹脂構造を実現したのです。
さらに、シリカフィラーの配合・分散技術により応力緩和性能を高め、ドリルによる加工性も向上。ドリルの折損なしの、位置精度の高い穴明けが可能となりました(図4)。

図4:シリカフィラー配合・分散技術および応力緩和技術による機械加工性向上
(画像提供:レゾナック)
これらの技術を活用し、2012年にロジック半導体用有機サブストレート向け低熱膨張銅張積層板MCL-E-705Gを発売しました。特に、データセンターなどでの高機能ロジック半導体の普及に貢献し、現在に至るまで売上は右肩上がりとなっています。同製品を含め、ロジック半導体用サブストレート向け銅張積層板のレゾナックのシェアは約80%を占め、業界標準化を実現しています。
同社はMCL-E-705Gをさらにブラッシュアップさせ、次世代製品としてMCL-E-795Gの製造を2021年から開始。現在も技術開発を進めながら新製品の開発に取り組んでいるとのことです。
尾瀬さんは、「過去の技術をブラッシュアップして、今回の新規素材の開発に応用しました。過去の積み重ねがあってこそ、いまがあると思います。マテリアルズ・インフォマティクスのような新規技術も取り入れながら、技術を継承できればと考えています。もちろん、オープンイノベーションや共創も大事であることは承知しています。その一方で、素材開発であれば製品にオリジナルの特性をもたせることも大切です」と、自社開発することの重要性を述べます。
自社合成した素材で国内の産業全体に貢献したい
尾瀬さんらが今回の賞に応募したのは、単に自社技術をアピールしたかっただけではないようです。「日本の半導体業界は1990年代から低迷しています。しかしながら、日本にはまだ技術のある素材メーカーや装置メーカーが多くあります。私たちも、単なる素材メーカーにとどまることなく、産業や業界全体に貢献したいと考え、今回応募しました」
業界標準化したレゾナックの銅張積層板の背景には、こうした技術を積み重ねがあったのです。発展し続ける半導体業界を、まさに名実ともに支えているといえます。
その一方で、半導体のさらなる性能向上のために、銅張積層板に代わる別の素材が検討されるようになっています。銅張積層板で大きなシェアをもつレゾナックとしては決して楽観視できる状況ではありません。
そのような状況の中でも、素材開発を通じてさまざまな業界に貢献したいと尾瀬さんは考えています。「化学の素材は、特性次第でさまざまな用途をかなえられます。銅張積層板の歴史はまだ70年ほどで、この素材は多くの可能性を秘めています。化学の素材の開発で培った技術を、半導体以外にも活用していきたいと思います」と、用途の拡大も視野に入れているようです。
最後に、尾瀬さんは、「銅張積層板への要求事項の難易度はどんどん高くなっています。しかし、だからこそ開発の余地があり、難しくも楽しいと感じています。若手エンジニアにも、化学産業で働くことにプライドをもってもらいたい。将来への希望をもちながら技術を伝えてきたいと思います」と、業界全体の盛り上がりに期待を寄せました。
一般社団法人日本化学工業協会(略称 日化協)は、優れた化学技術の開発や工業化によって化学産業ならびに経済社会の発展に寄与した事業者を表彰する「日化協技術賞」を設けています。1968年に創設されたこの賞では現在、化学に関連する事業者から業績を公募し、優れた業績に対して総合賞・技術特別賞・環境技術賞の3つの賞を贈り、表彰しています。
島田 祥輔(しまだしょうすけ)
サイエンスライター 1982年生まれ。名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻修了。特に遺伝子に興味があり、遺伝子の研究によって医療や生活がどう変わっていくのかに注目している。また、腸内細菌検査サービス「マイキンソー」のオウンドメディア「Mykinsoラボ」の編集長を務める。
