廃 PETでアスファルト舗装道路を高耐久化―第22回GSC賞 環境大臣賞 花王【受賞技術から見える未来】
2024/01/23花王は、廃棄処分されるポリエチレンテレフタレート(PET:Polyethylene Terephthalate)素材を原料に、アスファルト舗装の耐久性を向上させる改質剤を開発しました。アスファルトによる道路の舗装にはコンクリートに比べて作業しやすく、工期も短いという特徴がありますが、熱や車の重みなどでゆがむなど耐久性に問題がありました。この改質剤によってアスファルト舗装の耐久性が高まるだけでなく、環境負荷を低減できます。同社はこの技術により、第22回(2022年度)GSC賞の環境大臣賞を受賞しました。
社会インフラを支える道路舗装
道路はアスファルトやコンクリートで舗装されることで、交通の安全性や快適性を保っています。なかでも道路舗装に主に使われているのは、石や砂などの骨材にアスファルトを混ぜたアスファルト合材です。熱せられると軟かくなり、冷めると硬くなるというアスファルトの性質を使うと簡単に、短い工期で道路を舗装することができるのです。
「コンクリートでは1カ月ほどかかる工期も、アスファルトでは数日で終わります。作業性はよいのですが、コンクリートに比べ耐久性がやや劣ります」と、花王テクノケミカル研究所所長の白井英治さんは説明します。
そのため、とくにアスファルトで舗装した道路では、車両の重みでへこんだり、天候の影響でひび割れたりと損傷も起こります。ひび割れなど道路の劣化を放置すると、道路がでこぼこになって交通事故や交通渋滞の原因になります。また、燃費が悪くなったり、タイヤの摩耗が激しくなったりするので、定期的に補修や張り替えを行う必要があります。

図1:アスファルトで舗装した道路の劣化
深刻化する道路の劣化
舗装道路の劣化に老朽化や地球温暖化の影響が追い打ちをかけています。1960年代の高度経済成長期以降、国内では高速道路をはじめ交通網の整備が至る所で進められました。現在、その多くが老朽化の問題に直面しています。道路の補修が急がれるものの、土木技術者不足も深刻化しています。また、近年、頻発している道路の陥没の原因に老朽化や猛暑の影響が指摘されています。
北国では雪解けの時期になると道路のアスファルトが剥げて穴だらけになり、補修工事があちこちで行われています。気温が上がると道路のひび割れなどに雪解け水が染み込みます。この水が石や砂からなる骨材とアスファルトの付着力を弱め、隙間を生じさせます。そのなかにさらに水がしみこみ、夜になると凍結して膨張し、ひび割れが大きくなります。そこに車の重みや衝撃が加わるとアスファルトが崩壊してしまうのです。この原因に老朽化や地球温暖化の影響が加わり、路面の状況はいっそう深刻になっています。
「車の重みや凍結によるダメージに強く、頻繁な補修作業が不要な耐久性の高い道路舗装が求められています」と白井さんは続けます。
コンクリート並みの耐久性をもつアスファルト舗装
花王というと、洗剤や石けんにも応用される界面活性剤の技術を生かし、建築土木用の製品を開発しています。顧客の要望によりアスファルトの作業性の良さを維持しながらもコンクリート並みの耐久性のあるアスファルト改質剤を開発することになりました。改質剤とは、アスファルト合材に加えるポリマーなどをいい、これを加えることで耐久性や耐摩耗性などを向上させることができます。
開発チームが着目したのは、骨材とアスファルトの付着性でした。「骨材の石は親水性。アスファルトは親油性です。実験でアスファルト舗装を温水につけてみるとアスファルトが剥がれることや接着面に微細な空隙があることがわかりました。一方、改質剤を加えると剥がれないことから、骨材とアスファルトがしっかりとくっついていれば、舗装が丈夫になり、耐久性が高まると考えました」と、白井さんは話します。
こうして、骨材とアスファルトの親和性を高めるポリエステルの開発が始まりました。先行研究からコピー機のトナーに使われる熱可塑性樹脂が有効と分かりましたが、実際に使ってみると、舗装がひび割れしたり、作業性が悪かったりとなかなか思うような機能にはなりません。
そこで開発チームはアスファルト舗装に最適なポリマーを徹底的に検証し、舗装試験を繰り返しました。こうしてついにアスファルト舗装に1%添加することで、通常の舗装の約5倍の耐久性をもつ改質剤「ニュートラック」を製品化することができました。
このポリマーは、本来ならばなじまない親油性のアスファルトと親水性の骨材をなじませる構造をもっています。そのために、アスファルトと骨材の親和性が高まり、剥がれにくくなり、耐久性や耐水性を向上させることができました。

図2:改質剤のコンセプト。この改質剤によって骨材とアスファルトの接着性を高めると耐久性が増すことが分かった
(画像提供:花王)
しかし、この製品に特徴的な技術は、これだけにとどまりません。
漁網が道路舗装に

図3:廃PETから作られる改質剤「ニュートラック」
(画像提供:花王)
花王は、持続可能な社会の実現に貢献する取り組みを進めています。そうした中、同社はこの改質剤も環境に配慮するような製品にならないかと模索し、原料に廃棄処分されるポリエチレンテレフタレート(廃PET)素材を利用することを検討しました。
PETは飲料ボトルなどに使われる身近な素材で、使用済みのペットボトルの多くは再度ペットボトルや衣類などにリサイクルされています。ここで用いられたのは、不純物が微量に含まれているなどの理由でリサイクルが難しいペットボトル、電子材料や電子部品製造用フィルム、印刷試し刷りフィルムなどの産業用の廃PETです。
「これらの廃PETはリサイクルが難しい低品位のものですが、改質剤であれば問題にならないのです」と白井さんは言います。PETを改質剤であるポリマーの中間体原料として使用するわけです。
また、従来のモノマーから作る方法では12時間かかっていた反応が6時間と短縮され、しかも常圧でできるので製造時のエネルギーも削減できます。反応条件の検討を重ね、原料の40%を廃PETにすることができました。
「原料に海洋プラスチックや漁網のPETを使用する検討も行っています」と、同社ケミカル事業部門エコインフラ部部長の吉川竜平さんが続けます。漁業に使われるPET製の漁網のほとんどは焼却や埋め立てにより廃棄されています。その漁網を再利用しようと、2023年12月から宮城県でも実証実験を始めました。

図4:「ニュートラック」配合アスファルトの効果。アスファルト中に約1%配合すると、無配合と比べて舗装の耐久性を約5倍向上させることをラボ試験で確認
(画像提供:花王)
電気自動車の普及を見据えて
これまで、砕いた廃PETをアスファルトに混ぜ込む方法がありましたが、耐久性の向上にはつながりませんでした。今回は改質剤にすることで廃PETの有効活用と舗装の耐久性の向上の両立が可能になりました。すでに多くの道路会社で採用され、500カ所以上の道路で施工されています。
「改質剤によってアスファルト舗装が雨や油、それに夏の暑さに強くなることを実証できました。路面が損傷しにくくなると補修工事の回数を減らせるので人手不足にも対応できます。さらに、二酸化炭素排出量の削減など環境への負荷も減らすことができます」と白井さんは言います。同社は、5倍の耐久性を実現すると、舗装や産業用廃PETの焼却で発生する二酸化炭素を長期視点では70%を削減できると予想しています。
未来の道路では、電気自動車がより多く走ることになりそうです。電気自動車は大型のバッテリーを積んでいるので車体が重く、また自動運転が普及すると走行ルートが同じになり一定の路面のみが荷重を受けることになります。そのため、電気自動車が普及すると道路舗装の劣化のスピードが早くなり、いま以上に道路の耐久性が求められるようになると予想されます。これまでもアスファルト改質剤はそうした状況を見据えて開発されてきました。
今回の廃PETから作る改質剤は、電気自動車が普及する未来社会に貢献するものの一つとなりそうです。「未来の道路のために、この技術を広めていきたい」と、白井さんたちは技術の改良に取り組んでいます。
グリーン・サステイナブル ケミストリー賞(GSC賞)とは
公益社団法人新化学技術推進協会のグリーン・サステイナブル ケミストリーネットワーク会議が、グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)分野の推進に貢献する優れた業績を挙げた個人や団体にGSC賞を贈っています。各賞は以下の通りです。三大臣賞(経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、環境大臣賞)。ベンチャー・中小企業賞。奨励賞。うち、文部科学大臣賞は学術の発展・普及への貢献に対して贈られます。GSCは、「人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学」を追求する世界的な環境運動を指します。
佐藤 成美(さとうなるみ)
サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)。東京大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。科学の幅広い分野について一般向けの記事のほか、研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『本当に役立つ栄養学』『「おいしさ」の科学』(以上、講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。
