UXへの注力なしにDXの成功なし――『アフターデジタル2 UXと自由』【厳選本から読み解くDXのツボ 第6回】

2022/02/21
Image

連載の目次

どんな仕事であっても取り組むときは、「なんのためにそれをやるか」つまり目的が明確にあったほうがよいにちがいありません。たとえ、「これを実現したいんだ!」という心からのものがなくても、それでも目的を立てておけば、それが仕事の原動力にも、チームの共通認識のもとにもなるはずです。

デジタルトランスフォーメーション(DX)でも、「なんのためにやるか」はしばしば話題や議論の対象になります。Chematels本連載の予告編では、DXの目的の例として、経済産業省の「『DX 推進指標」とそのガイダンス」にある、「製品やサービス、ビジネスモデルの変革」や「業務、組織、プロセス、企業文化・風土の変革」といったものを紹介しました。

今回とりあげる『アフターデジタル2』には、DXの目的を「UX(ユーザーエクスペリエンス、顧客体験)向上のため」とする明確な主張があります。なぜUX向上のためのDXなのか。どうすればよいのか。本書の中身を見ていきましょう。

前作刊行後のインプットを整理して『2』を刊行

『アフターデジタル2』は、Chematels本連載の前回でも紹介した前作『アフターデジタル』刊行から1年4か月後に出版された本です。『2』は、コンサルティングサービスなどを行う企業ビービットで東アジア営業責任者をつとめる藤井保文さんの単著となりました。

【キャプション】

藤井さんは、『2』を出した経緯を、「1年足らずのうちに前著で伝えたテーマに関する情報が膨大にたまり、インプットとしての深まりもあったことで、改めて再整理して伝えよう」と考えたためと伝えます。もちろん、前作がとてもよく読まれたから、読者の「さらに理解を深めたい」という期待に応えようという気持ちもあったのでしょう。

Image

藤井保文著『アフターデジタル2 UXと自由』(2020年7月、日経BP刊)

藤井さんは、『2』を出した経緯を、「1年足らずのうちに前著で伝えたテーマに関する情報が膨大にたまり、インプットとしての深まりもあったことで、改めて再整理して伝えよう」と考えたためと伝えます。もちろん、前作がとてもよく読まれたから、読者の「さらに理解を深めたい」という期待に応えようという気持ちもあったのでしょう。

UXを意識したDXになっているか?

『アフターデジタル2』で、藤井さんがなにより強調しているのが、DXとは「UXの提供が主目的である」という考え方です。

「UXへの注力がされていないDX、顧客の状況理解のないDXプラン、そうしたプロセスによるデジタル化は、まず成功することはないのです」

UX(ユーザー・エクスペリエンス)はマーケティングなどで近年、注目されている言葉で、製品やサービスを使うときの印象や体験のことを指します。つまり、顧客の置かれている状況を捉えて、顧客によい体験をしてもらうこと。これをDXの目的とすることが大切であると、藤井さんは主張します。

Image

どうしてDXの主目的をUXにすべきと考えるのか。この理由について藤井さんは、前著『アフターデジタル』でも述べています。それは、「そうしないとどんどん顧客接点が失われ、データが取れなくなっていく」からというもの。

藤井さんは前作から一貫して、オンラインとオフラインはもはや一体のものであると考える「OMO」(Online Merges with Offline)と呼ばれる思考にもとづいてDXを進めることが重要であると述べています。オンラインとオフラインの分け隔てがないからこそ、企業は顧客とたくさんの接点をもち、顧客に寄り添うことができるようになります。この「寄り添い」により得られた顧客のデータを顧客のよい体験に返していかないと、企業は勝ち残れないと藤井さんは考えるわけです。これは、行動データをフル活用して顧客にプラットフォームに長く滞在してもらおうとする中国企業の姿勢から感じたことのようです。

一方、日本には、「UXへの注力がされていないDX」という状況があると藤井さんは指摘します。

ユーザー属性の設定よりもユーザー状況の理解を

では、企業が「UXのためのDX」を実行するにはどうすればよいか。藤井さんは、私たちがもつべき「ケイパビリティ」、つまり能力と方法論を示します。少し細かくなりますが、ケイパビリティの重点はつぎのようなものです。

まずは、「基礎ケイパビリティ」です。ユーザーの置かれた「状況」を理解することが大事といいます。たとえば、「対象顧客は若い女性で年収はいくらで」などと「ユーザーの属性」を設定するのでなく、「美容を通じて自信を表現したいが、十分なお金がかけられない状況」といったように「ユーザーの状況」を理解することが大事ということです。

そして、基礎ケイパビリディでの「ありがちな失敗」として、「絵は描かれているが、ユーザーがそのサービスに一切価値を感じない」や「『幸せな理想的状況』を先に定義し、理想状態が遠過ぎてユーザーが到達できない」などの落とし穴も挙げます。

つぎは、「ビジネス構築のためのUX企画力」というケイパビリディです。ここでは「こうすれば世の中を今よりもっと良くできる」や「こんな考え方のライフスタイルは素敵ではないか」といった「世界観」をつくります。そして「コア体験」と呼ぶ「不幸せな状況を解決し、幸せな状況に転換し得る体験」を考えていきます。

また、「グロースチーム運用のためのUX企画力」がもう一つのケイパビリティだといいます。これは、ユーザーの状況を洞察することなどにより、ユーザーの行動・思考・感情などを改善して成果を上げられる組織づくりの方法論などを指します。具体的には、ユーザーの「状況」把握などのためのデータ・テクノロジーを使うことと、ユーザーがなぜそのような行動をとったのかを洞察するための、人間のもつ「共感の技術」を使うことが重要と述べます。

まとめると、「UXのためのDX」の要件は、ユーザーの「状況」を理解し、「世界観」をつくって「コア体験」をデザインし、「テクノロジー」と「共感の技術」でUXの改善や成果を得ていくといったことになりそうです。

DXの先にある「UX選択の自由」

Image

かつては企業が「ユーザーのために」と願っても、技術的制約などから実現できないことが多くありました。しかし、OMOの考え方が通用する現代では、企業は「ユーザーのために」を、あの手この手で実現できるようなりました。藤井さんは、人がその時々で自分に合ったUXを選び取れることを意味する「UXの選択の自由」が保たれた未来社会像も描き、そうした社会のアーキテクチャー(構造)設計の担い手に企業はなることができるとも述べています。

「UXのためのDX」という考え方と、その先にある「UXの選択の自由」という未来社会像。みなさんにはどう映りますか。

「なんのためにDXに取り組むか」は、DXが企業課題となっているかぎり、ずっと付いてまわるテーマになることでしょう。少なくとも、DXを進めているなかで選択や行動に迷いが生じたとき、立ち返ることのできる目的が共有されていることは、持続可能なDXに不可欠ではないでしょうか。

『アフターデジタル2』から読み解ける「DXのツボ」

  1. 「UXの向上」を主目的とすることが、DXの成功要件となる
  2. UX向上には、ユーザーの置かれた「状況」を理解することが大事
  3. ユーザーに提示する「世界観」をつくり、 ユーザーにとっての「不幸せな状況を解決し、幸せな状況に転換し得る体験」を企てる

「厳選本から読み解くDXのツボ」は今回で終了です。ご愛読ありがとうございました。

漆原 次郎(うるしはら じろう)

フリーランス記者・編集者、Chematels副編集長 神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌、経済誌、ウェブニュースなどに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム(MAJESTy)修了。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

関連する特集