バーチャルとリアルの行き来を自由に――PRISM BioLab 【変革企業に学ぶDXのキモ 第5回】

2022/01/11
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連載の目次

DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を出すまでもなく、デジタル技術が業務に大いに生かされている分野の一つが製薬です。企業は、デジタル情報から「医薬品のタネ」を見出し、創薬につなげようとしています。

PRISM BioLab(プリズムバイオラボ)は独自のデジタル技術を確立し、製薬企業などと創薬に取り組んでいる企業です。創薬が難しいとされてきた「タンパク質間相互作用(PPI)阻害薬」という医薬品の実現を目指しています。実用化に向け、臨床試験に進んでいる新薬候補の化合物もあります。

DXが叫ばれる前から、デジタル技術を活用・提供してきた同社からは、「バーチャルとリアルを自由に行き来できる状況づくりが重要」という、DX全般に通じる示唆とその方法論を得られました。

デジタル化する創薬、課題はリアル化合物へのルート確保

PRISM BioLab(神奈川県藤沢市)は、「PepMetics」(ペプメティクス)とよぶ、創薬技術をもっています。「PepMetics」は、病気の引き金にもなる「タンパク質間相互作用」(PPI:Protein-Protein Interaction)とよばれる体内での作用を阻害する「ペプチド模倣化合物」を見出すことができます。

医薬品は、錠剤や液体などの形をとる「リアル」な製品です。このリアルなモノを世に出すため、かつては薬草や菌などのリアルな原材料から有効成分を抽出したり、試験管に入ったリアルな化合物どうしを合成したりしていました。つまり、「リアルな医薬品をリアルにつくっていた」わけです。

一方、最近は医薬品業界でも情報技術(IT)が大いに使われています。医薬品になりうる化合物を、コンピュータとデータの駆使で探索・設計することが当たり前になっています。「リアルな医薬品を(途中まで)バーチャルにつくるようになった」わけです。

PRISM BioLabの「PepMetics」も、リアルな医薬品をバーチャルにつくる技術といえます。医薬品になりうるペプチド模倣化合物を見出すため、化合物の骨格や側鎖とよばれるパーツを組み合わせたり、そうしてつくったペプチド模倣化合物を評価したりといった作業を、コンピュータの中で進めていくからです。実際「PepMetics」の成果として、バーチャルで設計した化合物が、リアルな人を対象とする臨床試験で服用されるまでに至った事例も複数あります。

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「PepMetics」で設計されたペプチド(紫色)を模倣する化合物(緑色)。タンパク質(灰色)に作用し、別のタンパク質との相互作用を阻害する
(画像提供:PRISM BioLab)

製薬業界に限らず、リアルな製品・サービスを世に出すため、かつて紙と鉛筆で設計・企画していたところが、いまやコンピュータでデザインするようになったという事例は無数にあります。このデジタル化は、いわばDXの必要条件といえます。

では、リアルな医薬品を「PepMetics」でバーチャルにつくっていく上で、PRISM BioLabが重視していることはどんなことでしょうか。

社長の竹原大さんは、「バーチャルとリアルの世界をいかに自由に行き来できるかが大きい」と話します。「コンピュータで理想的な化合物をデザインできても、それを実際につくれるかはまた別問題ですからね。バーチャルで設計した化合物を、すぐさまリアルな化合物の合成につなげるルートを確保していることが重要であり、それができていることが私たち技術の強みでもあります」。

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株式会社PRISM BioLab 代表取締役 竹原大氏

では、バーチャルとリアルの世界を自由に行き来するための「PepMetics」の技術的特徴とは、どういったものなのでしょう。

竹原さんは、二つの示唆的なポイントを話します。

バーチャルをリアルと近づけておく

「まず、天然物に近い構造を設計できるということです」

これまでの新薬開発では、天然物に見られないような構造の化合物を化学合成する手法が主にとられてきました。たしかに、製品化されている医薬品にも、天然物とは似つかない構造をしたものが多くあります。この点、医薬品開発では新たな分野である、タンパク質間相互作用(PPI)をターゲットとするPPI創薬でも多くの同様の試みが行われましたが、医薬品につながるような化合物を見出すことは困難でした。

そこでPRISM BioLabは、化合物を設計するにあたり、「自然を模倣し、天然物に近づける」という基本方針をとっているのです。冒頭で「PepMetics」は「ペプチド模倣化合物」を見出せると紹介しましたが、これは、天然タンパク質を構成するペプチド鎖に見られる「α-ヘリックス」や「β-シート」という構造を模倣した化合物を合成することで可能になります。

「実際われわれがPepMeticsで設計している化合物は、従来カバーされてこなかった天然物に近い領域をカバーしています」

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「PepMetics」がカバーする化合物の領域(緑色)。従来技術で選抜された化合物(灰色)や既存承認薬(紫色)に比べて、天然由来の既存承認薬(赤色)との共通性がある
(画像提供:プリズムバイオラボ)

バーチャルで設計するモノの対象を、あらかじめリアルな製品・サービスに近づけておけば、バーチャルとリアルの壁は低くなり、自由な行き来につながりそうです

扱う情報の粒度を多段階にする

竹原さんはもう一つ、バーチャルとリアルの自由な行き来を実現するためのポイントを話します。

「扱う情報の粒度をよく考えることです。われわれの場合、原子情報だけを扱おうとすると化合物の設計には細かすぎるので、より大きな粒度の情報も扱えるようにしています」

医薬品になる化合物は、厳密にいうと原子という基本単位で構成されています。一方で、体の中では数千個から数万個の原子から構成される数万種類のタンパク質が複雑に作用して健康を維持したり、病気を招いたりしています。医学や生物学では病気の原因やメカニズムを解明するために、特定のタンパク質や核酸とよばれる物質と、その配列との関係性の分析が盛んに行われています。

つまり、医薬品になる化合物には、小さな粒度の情報と、大きな粒度の情報があるわけです。

竹原さんの言うように、PepMeticsでも原子レベルの小さな粒度の情報を扱い、ペプチド模倣化合物を見出すための技術はあります。しかし、小さな粒度の情報のみを扱おうとすると、課題も生じます。

「たとえば、化合物設計に人工知能(AI)を活用する場合に、原子レベルの粒度だけで化合物を表現して疾患まで結びつけるには粒度が違いすぎて、情報量と計算量が大きくなりすぎてしまいます」

バーチャルで原子レベルの小さなものだけを扱うと、リアルな医薬品の大きさとギャップが生じるわけです。これはバーチャルとリアルを行き来をしづらくさせるものといえます。

「そこでPepMeticsでは、より大きな粒度の情報も扱えるようにしています。アミノ酸の配列を模倣してペプチド模倣化合物を見出そうとしているので、原子情報の代わりにアミノ酸配列情報として表記したり分析したりできるようにしているのです」

アミノ酸の配列情報とは、ペプチド模倣化合物を構成するアミノ酸の並ぶ順序についての情報のことです。いわば、原子よりは大きく、医薬品よりは小さい、中間的な大きさの対象物の情報といえます。

「バーチャルで小さな粒度の原子情報から大きな粒度の配列情報を得られれば、より効率的にリアルな医薬品となる化合物を見つけることができます」

竹原さんの話からは、バーチャルとリアルの行き来を自由にするには、バーチャルにおいて粒度の異なる情報を段階的に扱えるようにしておくことも大切という考え方が導き出せそうです。

「バーチャルな方法論には制限がない」

PRISM BioLabは2006年の創業当初から、PepMeticsの基本技術を、創薬支援ソフトウェア開発を得意とする理論創薬研究所と連携して構築してきました。同社との連携では原子情報を処理・分析するための人工知能(AI)も導入しています。

さらに2020年には、疾患とタンパク質の関係を処理・分析するための人工知能を保有している米国InveniAIと提携し、医薬品の候補化合物をさらに効率的に特定することを目指しています。炎症反応がもとで生じる病気の治療薬につながりうる有望な分子を同定するなど、成果が出始めています。

「これまでの方法論は、材料などの用意の点でも制限があるリアルを前提に積み上げられてきました。一方、バーチャルな方法論にはそうした制限がありません。リアルとは異なるアプローチを考えることで、新たな価値が生まれてくることもあると思います」

DXが進んだとしても、実製品や実体験こそが最終製品・サービスという状況は続きます。バーチャルな技術をできるかぎり有効に使いながら、リアルな成果に結びつけていく意識ももちづづけることが大切といえそうです。

PRISM BioLabから学んだDXのキモ

  1. バーチャルで設計したことをリアルで実現させていく。「バーチャルとリアルの自由な行き来」を意識する
  2. リアルな製品・サービスをアウトプットとするからには、バーチャルな設計もリアルに近づけておく
  3. バーチャルで扱う情報の粒度に段階を設けると、リアルの作業に移りやすくなる

「変革企業に学ぶDXのキモ」は今回で終了です。来週からは「厳選本から読み解くDXのツボ」をお届けする予定です。ご期待ください。

漆原 次郎(うるしはら じろう)

フリーランス記者・編集者、Chematels副編集長 神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌、経済誌、ウェブニュースなどに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム(MAJESTy)修了。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

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