日本も「実験重視」を試してみては――『中国デジタル・イノベーション』【厳選本から読み解くDXのツボ 第4回】
2022/02/08
連載の目次
- 第1回:DXの教養ーデジタル時代の求められる実践的知識ー
- 第2回:イラスト&図解でわかるDX
- 第3回:なぜ、DXは失敗するのか?ー「破壊的な変革」を成功に導く5段階モデルー
- 第4回:中国デジタル・イノベーションーネット飽和時代の競争地図ー
- 第5回:アフターデジタル ーオフラインのない時代に生き残るー
- 第6回:アフターデジタル2 ーUXと自由ー
国を挙げてデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいそう。勢いがすごそう。みんなネットでつながっていそう……。中国に、こんな印象を抱く人は多いのではないでしょうか。
けれども、中国DXの動向は気になりながらも、仕事などで中国企業と接していない限り、実感を持ちづらいという方も多いことでしょう。米国の「GAMA」(Google、Amazon、Meta、Apple)によく触れるのと違って、中国デジタル企業と私たちの日々の接点はせいぜい「TikTok」ぐらいでしょうか。
「中国のDXはどうなっているのか」「日本企業に参考になることはあるのか」。こうした私たちの「知りたい」に応えてくれるのが、今回、取り上げる『中国デジタル・イノベーション』です。中国DXの全体像が見えてきます。その中から日本企業が参考にできそうな「DXのツボ」を探っていくと、一つのキーワードが浮かんできました。「実験」です。
専門家が「中国デジタル化の全体像」と「日本企業への示唆」を示す
『中国デジタル・イノベーション』は、NTTデータ経営研究所シニアスペシャリストの岡野寿彦さんによる、400ページ超の大著です。岡野さんはNTTデータで中国郵便貯金システム構築や、中国人民銀行直径企業との合弁会社の経営参画などを歴任し、2016年からの現職でも、中国における現地化、合弁経営やデジタルビジネスをテーマに分析・発信をしています。

岡野寿彦著『中国デジタル・イノベーション ネット飽和時代の競争地図』
(2020年9月、日本経済新聞社刊)
本書で中心的に取り上げるのは、顧客どうしを仲介して、お互いが取引できるようにする企業「プラットフォーマー」の動向です。本の構成は大きく、「中国プラットフォーマーのビジネスモデル」「プラットフォーマーはなぜ中成長できたのか:政策と文化」「変わる競争状況:“リアルに強い日本企業”は何を学ぶべきか」という3部立てとなっています。
本書を読むメリットは大きく二つあります。「中国企業のデジタル化の全体像を整理できる」ことと、「中国企業の取り組みを日本企業のDXの参考にできる」ことです。「DXのツボ」をお届けするこのChematelsの特集記事では後者をメインに取り上げていきますが、前段として前者にも少し触れてみます。
中国デジタル化の重点は「消費者」から「企業」へ
米国のGAMAと同様、中国にも「BATJ」と略される主要プラットフォーマーがあります。ネット検索の百度(Baidu)、電子商取引のアリババ(Alibaba)、SNSのテンセント(Tencent)、ネット販売の京東(JD.com)の4社です。1998~2000年に創業された「中国インターネット第一世代」で、人びとの「困りごと」をデジタル技術により解決することで成長してきました。
ここに2010年以降「第二世代」が加わります。ニュースアプリ“Toutiao”や動画プラットフォーム“TikTok”のバイトダンス、生活プラットフォーム“Meituan-Dianping”の美団評点、配車サービス“DiDi”の滴滴出行などで、この3社は「TMD」と略されます。これらの企業は、スマートフォンの普及や第4世代移動通信システム(4G)導入を機に事業開発を進めてきました。
中国市場に目を向けると、2010年代後半からネット利用者の増加ペースが鈍りはじめ、プラットフォーマーが築いてきたネット人口増加ありきのビジネスモデルに限界が見えてきました。そこで企業戦略の重点は、「消費者」を対象とした「取引規模の確保」から、「企業」を対象とした「効率化、低コスト化、収益化」にシフトしたといいます。
中国政府はというと、企業に「ある程度自由にやらせて、後から必要に応じて規制する」政策をとるなどして、デジタル化を推進してきました。これまでの「インターネット+」という産業政策を礎にして、2019年からは人工知能による効率化をねらった「智能+」の推進を打ち出しています。
これらが、本書で述べられる中国のデジタル化をめぐる全体像です。
中国企業の「実験重視」は日本企業の参考になる

ここからがメインの話題です。BATJやTMDなどの中国デジタル企業から、日本の企業が自社のDXを進めるうえで参考にできることはどのようなことでしょう。
もちろん、中国企業の取り組みには、中国特有の背景や事情が関わるものもあるので、日本企業に向かない内容もあります。いくら中国政府に対する中国企業の対応のとり方を学んでも、日本企業が日本政府への対応に生かせることはそう多くないといったことです。
そうした特有の背景・事情を除けば、あらゆることが参考になるとも言えます。
著者の岡野さんが「日本企業の参考になる」として、繰り返し強調するのが、中国企業の「実験を重視」する姿勢です。「市場の機会を逃さないために、まずはやってみる。やってみてダメだったら、また別のことをやればよい」という感覚が中国の人びとにはあるといいます。これは、日本企業の投資対効果、プロセス、事業継続性を重視する組織マネジメントの傾向とは大きく異なるものです。
中国企業が「実験を重視」するのは、「他社に先駆けて、一刻も早く市場を押さえたい」という思考と関係していそうです。「大きな目標を掲げて、実現方法は走りながら考えたほうが効率的」と発言する中国の企業人もいるといいます。
このトライ・アンド・エラーやスピードを重視する思考は、インターネットビジネスの成功事例の特徴にも挙げられる「小さな一歩、反復、試行錯誤、スピードを持って事業化」や「ルールによる秩序よりも、実験を繰り返しながら前に進むマネジメント」ともマッチしていると岡野さんは指摘します。つまり、中国の人たちの思考傾向が、インターネットビジネスでは有利に働いているわけです。
そこで、岡野さんは日本企業に向け、「『実験を繰り返しながら、ビジネスモデルを作る』スタイルが、より強く求められている」と伝えます。
また、「実験」という点では、「『自社を実験台として、多くの企業をオープンに集めて、エコシステムを創っていく』ことを実行できる企業が、成功確率を高めていくだろう」とも伝えます。つまり、自社以外のパートナー企業にも参画してもらい、「エコシステム」とよばれる、顧客、金融機関、パートナー企業などをつなぐ経済圏をつくることが成功につながっていくというわけです。

日本では、中国に比べて「実験してみて成果が出なかった、イコール失敗」と見なされる傾向が強く、「実験」しづらい社会環境にあるといえるかもしれません。けれども、少なくとも企業内や組織内、また理解しあえるパートナーとの間では、「1回で成果を得られなくても、実験を繰り返すことに意義がある」といったコンセンサスはとれるのではないでしょうか。
「考えてから走る」か「走りながら考える」か
日本の多くの企業がDXやデジタル化のしかたを模索しつづけるなか、中国の企業はどんどん次なる手を打ってくる。こうした印象をみなさんもお持ちではないでしょうか。
これまで多くの日本企業が行ってきた「考えてから走る」という方法にも、利点はあるのでしょう。けれども、「走りながら考える」という方法を試してみる価値もありそうです。試してみて、両方の成果を比較・評価してみるのも手かもしれません。『中国デジタル・イノベーション』には、そうした「実験重視」の思考や事例が豊富にあるので、この点でも参考になります。
『中国デジタル・イノベーション』から読み解ける「DXのツボ」
- 中国企業の「機会を逃さないために、まずはやってみる」という思考は、日本企業のDXにも参考になる
- トライ・アンド・エラーやスピードの重視は、インターネットビジネスともマッチしている
- 自社を実験台として、企業をオープンに集め、エコシステムを創っていく企業は成功確率を高める
漆原 次郎(うるしはら じろう)
フリーランス記者・編集者、Chematels副編集長 神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌、経済誌、ウェブニュースなどに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム(MAJESTy)修了。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。
