「規律」なくして変革なし――『なぜ、DXは失敗するのか?』【厳選本から読み解くDXのツボ 第3回】
2022/02/01
連載の目次
- 第1回:DXの教養ーデジタル時代の求められる実践的知識ー
- 第2回:イラスト&図解でわかるDX
- 第3回:なぜ、DXは失敗するのか?ー「破壊的な変革」を成功に導く5段階モデルー
- 第4回:中国デジタル・イノベーションーネット飽和時代の競争地図ー
- 第5回:アフターデジタル ーオフラインのない時代に生き残るー
- 第6回:アフターデジタル2 ーUXと自由ー
「自社でデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組んでいるものの、成功といえる効果を上げることができていない」と、もどかしく思っている方もいるかもしれません。この連載の予告編で紹介したように、DXに取り組んでいる日本の企業の過半数が、「成果が出ていない」または「分からない」と認識しているという調査結果もあります。
DXで成功と失敗を分けるものとは、どのようなものなのでしょうか。
この問いに、一つの明確な答えを出している本が、『なぜ、DXは失敗するのか?』です。その答えは、「規律の欠如」にあるといい、「DXの成功とその維持には、規律が求められる」と明言しています。今回は、本書が強調する「規律」に迫ってみます。
「なぜDXが失敗するか」の答えは「規律が欠けているから」
『なぜ、DXは失敗するのか?』の著者は、家庭用品メーカー世界最大手のプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)で、グローバル・ビジネス・サービス(GBS)部門のDXを担ってきたトニー・サルダナ氏です。

トニー・サルダナ著、小林啓倫訳『なぜ、DXは失敗するのか? 「破壊的な変革」を成功に導く5段階モデル』
(2021年4月、東洋経済新報社刊)
実は、P&Gにも、DX戦略に「失敗」したと評される過去があります。2010年代初めは、当時の最高経営責任者(CEO)が「地球上て゛最もテ゛シ゛タルな企業」になるとDXイニシアチフ゛を提唱したものの、得られた効果はわずかだったため、2013年、同CEOは辞任しています。
サルダナ氏は、自社の経験のほか、100を超える企業、アナリスト、研究機関、大学などとのディスカッションを重ねてきました。その結果、次の「明確な知見」が浮かび上がってきたといいます。
「なぜDXが失敗するかという問いに対する驚くべき答えは、DXを起動に乗せ、継続させる正しいステップを定義し、実行するための規律が欠けているからというものだ」
サルダナ氏自身が、この「規律」を重視した手法で、P&GのGBS部門内に「大きな成功」と自負する成果をもたらしている点が、こうした明言につながっているのでしょう。
では、DXの成否の鍵を握る「規律」とは、具体的にどんなものでしょう。
ステップとチェックリストによる「規律」をもってDXを進めていく

サルダナ氏は「規律」を、上記のとおり「正しいステップを定義し、実行するためのもの」と述べるほかに、「チェックリストによる手順」とも述べます。
つまり、DX成功までの段階的なステップを定め、チェックリストを用いて確実にステップを踏んでいく手順が「規律」であり、「規律」があるかどうかがDXの成否につながるというわけです。
P&Gで実際にサルダナ氏らがつくったDXのステップとは、「基礎」「個別対応」「部分連携」「全体連携」「DNA化」という5ステージで構成されています。心構えや前提にあたる「基礎」から始まり、その後「個別対応」「部分連携」「全体連携」と組織内で展開していき、究極的には変革が永続的なものとなる「DNA化」を実現しようというものです。
そして、各ステージごとにチェックリストを設け、そのステージでのDXの要件を満たしているかを評価していきます。一例として、「ステージ1 基礎」の2つある成功要因のうちの1つ「献身的なオーナーシップ」のチェックリストはどういったものかというと……。
- リーダーがデジタル戦略に対する個人的なオーナーシップを、完全かつ目に見える形で示しているか?
- リーダーが自ら新しい行動様式のあり方を示す兆しや、計画はあるか?
- リーダーがビジネス目標をDX戦略に変換し、継続的に関与することを確実にする仕組みがあるか?
- ステークホルダーがDX中の問題を理解し、常に障壁を打破する行動を取るようなメカニズムがあるか?
- スポンサーやシニアリーダーは、変革を推進するのに十分なデジタルリテラシーを持っているか?
これらの項目をクリアしているかを確かめることで、「献身的なオーナーシップ」つまりリーダー自らがDXを進めていくのだという、ここでのステップの成功要因を満たしているかを見極めるわけです。本書では、1~5までの各ステージでこうしたチェックリストが合計10個、示されています。
こうしてDX成功までのステップを具体的に定め、チェックリストを用いてステップを踏んでいくという「規律」の大切さを、サルダナ氏は一貫して述べています。
航空業界の「失敗を減らす方法論」がモデル
なぜ、DXで「規律」を重視することが、なにより重要とサルダナ氏は考えるのでしょう。この問いに対するまとまった記述はないものの、あちこちでその理由を読み取れます。
まず、過去の企業事例から導き出せるというものです。19世紀、馬車産業で隆盛していたジョン・スティーブンソン・カンパニーは、内燃機関時代の到来に対応しきれず、20世紀に入るとすぐ他社に買収され、清算されてしまいました。サルダナ氏は「馬車産業から自動車産業へと進化しようという、規律のある変革への取り組みは行われなかった」と、この事例が現代のDXでの教訓になるとします。
また、「規律」の有効性が、いまの航空業界で実証されているとも述べています。本書でDXのために提唱する「規律」は、航空業界で失敗を減らす効果が実証済みの、統制されたチェックリストの方法論に触発されたものであると、サルダナ氏は明かしています。

そして、自身の経験から、「規律」はほかのDXの重要事項を上まわると実感しているようです。最終章でサルダナ氏は、DX成功の鍵について、人々は「新しいビジネスモデルを考え出し、組織を変革する創造性にある」と考えているけれども、「自身の経験から、それでは不十分だということを学んだ。DXを成功させる本当の鍵は、規律なのである」と述べます。P&Gで「失敗」も「成功」も得てきた経験からの実感なのでしょう。
ステップ作成もチェックリスト作成も基本的だけれど……
『なぜ、DXは失敗するのか?』は、データよりも、著者のサルダナ氏自身の豊富な経験・知見を論拠にした本といえます。組織により置かれている状況は異なるので、すべての組織がサルダナ氏の述べるとおりにステップを踏めば、DXに成功するかというと、そうとも限らないでしょう。
けれども、DXの成功には「規律」が必要というメッセージは、どの組織にも当てはまるのではないでしょうか。成功までを描いたステップと、各ステップにおけるチェックリストをつくり、これらをこなしていくという方法は基本的なものだからです。その基本的な方法が実行されない場合があるからこそ、本書のような本が出るのかもしれません。
本書は、DXの基本的な方法論だけでなく、細分化した手順も示しています。みなさんがDXのステップやチェックリストをつくるときも、「ここは自社に生かせるのでは」という観点で読んでいけば、きっと頼れる参考書になることでしょう。
『なぜ、DXは失敗するのか?』から読み解ける「DXのツボ」
- 企業がDXに失敗する原因として、「規律」の欠如、つまりステップとチェックからなる手順の欠如がある
- DXには、「ステップ」の作成と実行が重要。基礎から永続的変革までの段階的なステップを描き、それを踏んでいく
- ステップごとの「チェックリスト」の作成と実行も重要。そのステップでのDXが成功しているかを確かめる
漆原 次郎(うるしはら じろう)
フリーランス記者・編集者、Chematels副編集長 神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌、経済誌、ウェブニュースなどに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム(MAJESTy)修了。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。
