成功事例と利点で納得! 顧客起点――『DXの教養』【厳選本から読み解くDXのツボ 第1回】
2022/01/18
連載の目次
- 第1回:DXの教養ーデジタル時代の求められる実践的知識ー
- 第2回:イラスト&図解でわかるDX
- 第3回:なぜ、DXは失敗するのか?ー「破壊的な変革」を成功に導く5段階モデルー
- 第4回:中国デジタル・イノベーションーネット飽和時代の競争地図ー
- 第5回:アフターデジタル ーオフラインのない時代に生き残るー
- 第6回:アフターデジタル2 ーUXと自由ー
ChematelsのDX(デジタルトランスフォーメーション)連載企画として、前回までの「変革企業に学ぶDXのキモ」に続き、今回から「厳選本から読み解くDXのツボ」をお届けします!
初回は、『DXの教養 ―デジタル時代に求められる実践的知識―』を紹介。DXの考え方や知識を広く得るのに適した入門書です。なかでも「技術起点から顧客起点へ」という話は、「これからDXの基本や共通認識を得たい」というみなさんに有用な考え方になるにちがいありません。
DXの重心は、技術の利用よりも、企業・社会への貢献にあり
『DXの教養』は、DX先進企業として知られる三菱ケミカルホールディングスがグループ全社員を受講対象としているeラーニング「DXの基礎」を改変した1冊。同社DXグループと、情報メディア「DIGITAL X」編集長の志度昌宏さんが著者です。

志度昌宏、三菱ケミカルホールディングス 先端技術・事業開発室 DXグループ著『DXの教養 ―デジタル時代に求められる実践的知識―』
(2021年4月、インプレス刊)
冒頭まず、三菱ケミカルホールディングスのフェローである岩野和生さん、同チーフデジタルオフィサーの浦本直彦さん、そして志度さんによる対談が繰り広げられます。その後は章ごとに、DXの基礎知識、テクノロジーの情報、データ分析の基礎、ビジネスモデルと組織のあり方、組織でのDX定着法、社会との関係性といった具合に解説が進みます。本文を要約した図解も多くあり、理解が進みます。
本書は、デジタル技術を使うことよりも、新たな事業やサービスを創造したり、企業や社会の持続的な成長に貢献したりすることにDXの重心があると強調します。デジタル技術は「目的」でなく、改善・創造・成長のための「手段」であるというメッセージが読み取れます。
AmazonやUberに共通する「顧客起点」の考え方
Chematelsが「DXのツボ」として着目するのは、「技術起点から顧客起点へ」という発想転換が求められるという話です。いろいろな話題があるなかで、顧客起点を重視する企業の事例、顧客起点でデジタル技術を活用することの利点、顧客起点で思考する方法論が書かれてあり、本書の強調ポイントと感じられます。
「顧客起点」とは、「顧客ニーズをもとにそれをどう技術で実現するか考えること」。考え方の手順は「ニーズ・課題はなにか → どう解決するか → どう実現するか → どう提供するか」となります。従来の、技術をもとに顧客になにができるか考える「技術起点」とは逆の発想・手順といえます。

顧客起点の徹底で顧客獲得に成功した企業として紹介しているのが、みなさんもご存知のネットショップ最大手Amazonや、配車・宅配サービス業Uberです。
Amazonは、街の本屋に並んでいない本を読みたいといった顧客ニーズに、書棚に制限がないという利点をもって応えてきました。つまり、顧客起点のビジネスです。これで、リアル書店で生じていた顧客の求める本を提供できないという問題をほぼ払拭しました。
Uberも、目的地に移動したいという顧客ニーズに、全地球無線測位システム(GPS)を駆使したドライバーと客のマッチングシステムで応えてきました。客がタクシーを探したり、ドライバーが客を見つけたりといった従来のスタイルとは一線を画します。
2社はともに、高い技術開発力やデザイン力を備えています。顧客起点を徹底するために、そのテクノロジーを駆使してきたといえるでしょう。
顧客起点で考えれば、顧客体験の向上も横展開も可能
AmazonもUberも最初からデジタル技術を強みとしていたので、2社の事例は、いま多くの企業が実現しようとしているDXによる変革とは、少し毛色がちがうかもしれません。
しかし、AmazonやUberに限らずどんな企業にも、顧客起点でデジタル技術を使って事業展開することの利点はありそうです。『DXの教養』は、「顧客起点×デジタル」の利点を2つほど挙げます。
一つは、従来と異なる顧客体験(CX:Customer Experience)を提供できるという利点です。顧客からすれば、デジタル技術による顧客重視のサービスを受けることになり、従来より少ない負担で、安全・安心にサービスを使えるという体験を得られるわけです。モノだけでなくコトの提供が重視されるようになってきている昨今では、これは大きな利点ではないでしょうか。
もう一つは、サービスを横展開できるという利点です。従来のビジネスモデルでは、書籍販売なら書籍販売、タクシー運航ならタクシー運行と、1つのサービスに特化したモノでした。これに対し、Amazonは販売対象を本だけでなく、日用雑貨品、生鮮食料品、さらに動画まで拡大しました。またUberも、サービスをタクシーだけでなく料理宅配に横展開しています。
使い手への共感から始める「デザインシンキング」のすすめ
これまで技術起点でビジネスをしてきた企業が、顧客起点に切り替えるのは大変かもしれません。その点、『DXの教養』は、その方法論まで示してくれます。

本書が強調している方法論は「デザインシンキング」です。
デザインシンキングとは、「顧客が真に求めていることや解決すべき課題などを深掘りし、それらの解決策を組織やチームとして導き出す手法、あるいは、そのための思考法」のこと。本書は米国スタンフォード大学の「d.school」という機関が提唱する、次の5つのプロセスを紹介しています。
(1)共感:顧客や利用者の行動を理解し、真の問題は何かを共感をもって見つける
(2)問題定義:見つけ出した問題に対し、自身がなすべきこと、考えるべきことを明確にする
(3)発想:定義した対象に対し仮説を立て、新しい解決策としてのアイデアを創出する
(4)試作:アイデアを形に、実際に機能する仕組みを実現する
(5)テスト:実現した仕組みを検証する。有効であればこの仕組みが解決策になる
顧客への「共感」から始めるという点では、デザインシンキングはまさに顧客起点そのものの思考法といえそうです。本書のデザインシンキングの情報量にはかぎりがあるので、興味をもった方は、さらに「デザインシンキング」や「デザイン思考」の本を読み進めるのもよいかもしれません。
変わる技術、変わらない顧客起点
今回は「顧客起点」という「DXのツボ」に焦点を絞りましたが、『DXの教養』はほかにも、目的のため価値ある情報を発見する取り組みを指す「データ分析」の要点や、DXで重視されるスピード感ある組織の動きを指す「アジャイル開発」の要点などに力点を置き、有用な知見を幅広く伝えています。
三菱ケミカルホールディングスが実践しているDXの具体策の紹介もあります。経営層・意思決定層に向け、デジタルビジネスモデルをつくるための「型」となる構成要素を記した「デジタルプレイブック」は先行企業の事例を含め解説した戦略集です。同じく意思決定層に向け、数あるDX関連の技術のなかで自社ビジネスにどれがより重要かを伝えるために、その技術の業界・社会への影響などを記した「テクノロジーアウトルック」もあります。
本書は、DXを支えるデジタル技術については「日進月歩のごとく次々と生まれてくるでしょう」と述べつつも、「『顧客起点でデジタル技術の活用を考える』といった本質的な部分は変わらないはず」と締めくくります。
DXが、顧客起点などの不変的な「目的」と、デジタル技術などの変化する「手段」で成り立っていることが改めて伝わってきます。DXの知識を得ることもさることながら、DXの考え方も整理し、実践に生かしてみてはいかがでしょうか。
『DXの教養』から読み解ける「DXのツボ」
- DXでは「技術起点から顧客起点へ」という発想転換が求められている
- ビジネスを顧客起点で考え、デジタル技術を使うことで、従来と異なる顧客体験の提供やサービスの横展開ができる
- 顧客起点で考える方法として、顧客への共感から始めるデザイン・シンキングなどがある
漆原 次郎(うるしはら じろう)
フリーランス記者・編集者、Chematels副編集長 神奈川県出身。出版社で8年にわたり理工書の編集をしたあと、フリーランス記者に。科学誌、経済誌、ウェブニュースなどに、医学・医療分野を含む科学技術関連の記事を寄稿。早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラム(MAJESTy)修了。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。
