有機触媒を用いて環境にやさしい合成プロセスを開発―第21回GSC賞 文部科学大臣賞 東北大学 林雄二郎氏【受賞者に聞くプロジェクトの秘訣】
2023/04/13第21回(2021年度)のグリーン・サステイナブル ケミストリー賞(GSC賞)文部科学大臣賞を、東北大学大学院理学研究科教授・林雄二郎氏が「有機触媒を用いた環境調和型合成プロセスの開発」の業績により受賞しました。林氏は金属廃棄物が生じない「有機触媒」を開発し、さらに複数の反応を同一の容器で行う「ポット合成」を成し遂げ、環境負荷の低減と効率的な合成プロセスの両立を実現しました。
手間やコストの課題に有機触媒で挑む
医薬品や機能性材料などの製品は、さまざまな有機化合物からなり、単純な有機化合物から有機合成されることで開発されています。この有機合成に欠かせないのが、化学反応を制御する触媒技術です。
触媒は有機分子を活性化させ、合成を容易に進めます。よく使われるのは酵素触媒、そしてパラジウムや白金などの金属触媒です。特に金属触媒は、多くの反応において高い活性を示し、選択性も良いことから有機合成化学の発展に大きく貢献してきました。
しかし、使われる金属は希少な上、毒性のあるものも多く、しばしば環境汚染の原因になってきました。また反応性が高く、水や酸素で活性を失います。そのため、金属触媒は供給難、環境負荷が大きい、取り扱いが難しい、高コストなどの問題を伴っています。
「有害な金属が微量でも生成物に混じることは許されませんし、影響を受けやすい水や酸素を厳密に取り除かなければなりません。そのために触媒の取り扱いは難しく、合成には手間もコストもかかるのです。そこで、社会に役立つ新しい反応に挑戦しよう、という考えで有機触媒を使った反応に取り組むことにしたのです」と林氏は話します。
選択性や反応性に優れた「林-ヨルゲンセン触媒」を開発
有機触媒とは、有機化合物を使った触媒のこと。有害な金属を使わないため、環境負荷が低く、その上、安定で水や酸素を除去する必要はありません。触媒をリサイクルして使うこともでき、まさしく次の化学工業を担う環境調和型の触媒になると期待されています。
2000年に天然アミノ酸のプロリンがアルドール反応をもたらす触媒として働くとき、有機化合物の鏡像異性体の片方だけを作り分ける不斉触媒になることが報告されました。これ以来、多くの研究者が有機触媒に注目するようになり、研究が盛んになりました。アルドール反応は二つのカルボニル化合物からβ位に水酸基をもつカルボニル化合物を得る反応であり、化学工業などの有機合成において非常に重要な反応です。中でも、鏡像異性体の片方だけを作り分けるための技術が求められていました。
この有機触媒の研究をけん引してきたのが林氏です。プロリンは優れた不斉触媒ですが、適用できる反応が限られており、また反応によっては活性が低いなどの欠点も指摘されていました。これに対して林氏は、プロリンから合成したジフェニルプロリノールシリルエーテルが、プロリンよりも狙った立体構造を得られる選択性や、広く使える汎用性の点で優れた触媒になることを見つけました。
「私がこの触媒を見つけたちょうど同時期にデンマークのカール・アンカー・ヨルゲンセン博士も同様の触媒の報告をしたのです。この触媒がどの反応に適用できるか、熾烈な競争となりました。いまでは、この触媒は林-ヨルゲンセン触媒と呼ばれ、広く使われています。ヨルゲンセン博士もよい研究仲間です」と林氏は振り返ります。
図1:林-ヨルゲンセン触媒。触媒は、各種アルデヒドとエナミン/イミニウム型の活性中間体を形成する。これにより各種の不斉化学反応を、鏡像異性体の片方を優先的につくる性質に優れた高エナンチオ選択性のもと進行させる
(画像提供:林雄二郎教授)
合成を「一つの容器」で
有機触媒は、金属触媒に比べれば活性は低いのですが、その分ほかの反応を阻害しないという特徴があります。また、水や酸素の影響を受けないため安定です。ある化学物質を合成するとき、たくさんの化学反応の段階がありますが、金属触媒を使う場合、段階ごとに、溶媒の除去や不純物の分離などの目的物の精製操作などが必要となります。一方、有機触媒を使い、いろいろ工夫すれば、これらの作業なしでも反応が進むのです。
この特徴に注目した林氏は、林-ヨルゲンセン触媒を使って、インフルエンザ治療薬であるオセルタミビル・リン酸塩(商品名タミフル)の合成に挑みました。当時、タミフルは八角に含まれるシキミ酸という天然原料から合成されていましたが、原料供給などの点に問題があり、シキミ酸を使わない合成が研究されていました。
「工業的合成法は、溶媒を除くなど手間も多く、多くのステップが必要で難しい製造法でした。でも、有機触媒ならば、反応を阻害しないので溶媒などを取り除く必要もなく、そのまま次の反応に進めます。ワンポットで、もっと簡単にタミフルを合成できるのではないかと考えました」と林氏。
林氏の言う「ワンポット」とは、反応に関与する化合物を一度にあるいは順次に反応容器に入れて、複数の反応を連続的に行う合成法のことです。各段階の反応にも工夫を重ね、2009年に3ポットで合成することに成功しました。そのときのタミフルの収率は57%と高く、有機触媒の実用化に一気に近づきました。しかし、それだけにとどまらず、2010年には2ポット(収率60%)、そして2013年にはついにワンポットでの合成に成功しました。
「ワンポット合成では、水や酸素を気にせず、容器に反応試薬を加えて混ぜるだけで合成できるのです。溶媒を除いたり、中間化合物を精製したりといった処理を省くことができ、効率がよくなります。エネルギーや溶媒を節約することもでき、環境負荷をなるべく掛けずに済む環境調和型の方法です。そこで私は『ポットエコノミー』という概念を提唱しました。いまはこの言葉も広く化学業界で受け入れられています」
林氏ら研究チームは、タミフルに続き、コーリーラクトンなど反応中間体の合成にも成功しました。
図2:ワンポット合成。一つの容器で、短時間で合成できる
(画像提供:林雄二郎教授)
「短時間で」という概念も重要
林氏が研究で重視するのが反応時間を短くすることです。タミフルの短時間での合成を目指し、2016年にはワンポットであるだけでなく、わずか60分での合成を達成しています。また、コーリーラクトンでは152分と、これまでの方法に比べてはるかに短時間です。
短時間の反応法では、収率が高くなくなる場合もあります。例えばタミフルの収率は60分では15%です。しかし林氏は、「収率が落ちても、早く合成できるメリットはたくさんある」と見ています。
「たとえば、作業時間が短くなり光熱費などが減ると、コストが下がります。何より、必要なときに必要なものをすぐに合成できます。収率も大事ですが、時間という概念を最適化することも重要ではないかと考え、新たに『タイムエコノミー』という概念も提唱しています」
林氏はさらに2022年12月、抗マラリア薬であるキニーネの超効率的な合成に成功したと発表し、世間を驚かせました。有機触媒を用いてわずか5ポットで複雑な合成を達成したのです。
2021年のノーベル化学賞は、不斉有機触媒の開発に対して、2000年に同時に論文を発表したドイツと米国の研究者2人に贈られました。受賞につながる成果には、林氏をはじめ多くの他の研究者も貢献しています。「ノーベル賞の受賞発表のとき、背景となる研究の説明があり、そこで私たちの研究も紹介されたのです。うれしかったですね」
林氏は、「有機触媒やワンポット合成は、グリーンサスティナブルケミストリー(GSC:Green Sustainable Chemistry)の基盤技術になると信じています」と言います。これからの技術発展に注目していくべき技術といえます。
グリーン・サステイナブル ケミストリー賞(GSC賞)とは
公益社団法人新化学技術推進協会のグリーン・サステイナブル ケミストリーネットワーク会議が、グリーン・サステイナブル ケミストリー(GSC)分野の推進に貢献する優れた業績を挙げた個人や団体にGSC賞を贈っています。各賞は以下の通りです。三大臣賞(経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、環境大臣賞)。ベンチャー・中小企業賞。奨励賞。うち、文部科学大臣賞は学術の発展・普及への貢献に対して贈られます。GSCは、「人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学」を追求する世界的な環境運動を指します。
佐藤 成美(さとうなるみ)
サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)。東京大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。科学の幅広い分野について一般向けの記事のほか、研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『本当に役立つ栄養学』『「おいしさ」の科学』(以上、講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。
