医薬品とケミカルズ【ケミカルズの基礎知識 第10回】

2021/06/15

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今回は「医薬品とケミカルズ」を取り上げます。

 第9回はこちら:電子情報材料とケミカルズ

“くすり”は人類にとって命を守るために欠くことができないもので、古来から多種多様なくすりが産み出されてきました。今日も新型コロナウイルス蔓延で危機にある日常生活の回復のために、特効薬やワクチン開発が強く求められています。

1)医薬品の歴史

“くすり”の歴史を簡単に紹介します。くすりは既に縄文時代から使われており、木や草花、虫、鉱物など、自然にあるものを使っていました。奈良時代、唐招提寺を建立した鑑真は薬にとても詳しい医僧でした。目が不自由でしたが、あらゆる薬を嗅ぎ分けて鑑別でき、聖武天皇の夫人であった光明皇后の病気を治したこともありました。奈良の正倉院には、当時の薬がいまも保管されているそうです。

江戸時代には売薬業がさかんになり、各地で名薬が作られました。医者は薬種問屋から生薬を買って、百味箪笥に保管し、患者の症状にあわせて調合していました。慢性肝炎の治療薬である小柴胡湯や、風邪薬として知られる葛根湯など、現代でも漢方薬と呼ばれる薬が数多く処方されていました。

近代になって、薬の多くは植物・動物・鉱物などに含まれる有効成分を抽出し、化学的に変化を加えたり、化学合成したりすることで創られてきました。製造技術の観点では、有機合成化学、薬効成分の微量分析、抗生物質の培養・抽出、精密化学合成、遺伝子工学などの技術が開発されました。

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図1 アスピリン(アセチルサリチル酸)の特徴

合成医薬品で有名なものは、ドイツのバイエル社が開発したアスピリンです。アスピリンの特徴を図1に示します。サリチル酸をアセチル化した化学構造ですが、発売から100年以上経った現代でも、家庭での常備薬として知られています。

また、ビタミン剤は日本人が薬品開発に大きな貢献を果たした薬の一つです。明治期、鈴木梅太郎博士は当時日本人に多く見られた脚気の原因を追究した結果、ビタミンB<sub>1</sub>の不足が原因であることを発見し、この成分を薬剤化しました。

抗生物質はカビなどの微生物が作り出す成分を基にした薬品ですが、イギリスのフレミングがアオカビからペニシリンを発見した話が有名です。その後も多くの抗生物質が作られており、最近では2015年にノーベル賞を受賞した大村智博士のイベルメクチンも抗生物質の一つです。博士が伊豆の土壌から分離した放線菌が創り出す化学物質を基にしたもので、寄生虫の駆除に効能を発揮します。

遺伝子工学を利用した医薬品にはインスリンやインターフェロンなどが挙げられ、バイオ医薬品と呼ばれています。これらはごく微量のタンパク質でヒトの生体反応を左右していますが、従来の方法では合成できないものです。バイオ医薬品の製造に当たっては、構造が解明されたヒト遺伝子の一部を取り出して遺伝子組み換え技術で大腸菌や酵母の細胞にヒト遺伝子を組み込みます。組み込み処理された大腸菌や酵母をタンクの中で培養・増殖すると、目標とするヒトのタンパク質を産生します。これを精製・抽出することで目標の製品を大量に得ることができます。

2)医薬品の分類

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図2 医薬品の分類(日本標準商品分類)

医薬品には病気の種類や用途に応じてさまざまな分類方法があります。図2は日本標準商品分類に従って分類したものです。大別すると、

  1. 解熱、鎮痛消炎剤として作用する神経系、感覚器官用医薬品
  2. 血圧降下剤などの器官系用医薬品
  3. ビタミン剤などの代謝性医薬品
  4. 腫瘍用薬やアレルギー用薬の組織細胞機能用医薬品
  5. 生薬、漢方処方医薬品
  6. 抗生物質製剤やワクチンなどの病原生物に対する医薬品

が挙げられます。また、治療を主目的としない医薬品には診断用薬、公衆衛生用薬、調剤用薬などが含まれています。

3)医薬品開発の流れ

医薬品は開発から商品となるまでに多くの時間を要します。通常は、基礎研究、非臨床試験、臨床試験、承認審査を経て製造・販売が許可されますが、全体では10年程度の開発期間を要します。

  1. 基礎研究(2~3年):化学合成などの技術を活用して、候補となる化合物をつくり、その可能性を調べます。候補物質の化学構造を調べ、スクリーニング試験を繰り返し行なって選択していきます。
  2. 非臨床試験(3~5年):くすりになる可能性のある新規物質の有効性と安全性を、動物や培養細胞を用いて確認します。また、物質が体の中でどのように吸収され、体外へ排泄されていくのかなどを調べ、さらに物質自体の品質、安定性に関する試験も行います。
  3. 臨床試験(3~7年):非臨床試験を通過したくすりの候補が、人にとって有効で安全なものかどうかを調べるのが臨床試験(治験)です。治験は病院などの医療機関で、あらかじめ同意を得た健康な人や患者さんを対象に繰り返し試験を行ない、データを収集して、くすりとしての可否を判断します。
  4. 承認申請と審査(1~2年):くすりの有効性・安全性が証明された後、厚生労働省に対して承認申請を行ないます。厚生労働省では、医薬品医療機器総合機構に審査を依頼し、その審査を通過した後、薬事・食品衛生審議会の審議を経て許可され、医薬品として製造・販売することができます。

4)市場と売上高

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図3 国内医療用医薬品売上高上位(2018年)

医薬品は利益率の高い商品として知られています。産業として見ると2018年の出荷額は8.5兆円で化学工業全体の18.4%に当たり、付加価値額では4.4兆円で25%に上ります。

図3は国内での医療用医薬品の売上高をまとめたものです。病気の種類に応じてさまざまな医薬品が開発されていますが、7大生活習慣病と言われる、がん(悪性新生物・上皮内新生物)、心疾患、脳血管疾患、糖尿病、高血圧性疾患、肝硬変、慢性腎不全を対象にしたくすりが上位を占めています。最も売り上げの大きいものは、がんを対象にした抗腫瘍薬で、国内の年間売り上げは1兆2000億円に上ります。次いで、糖尿病治療薬、抗血栓症薬が続いており、上位10種の医薬品がいずれも3000億円以上を売り上げています。

最後に、新型コロナウイルス感染症の一日も早い終息が実現することを祈って、本章を終わりたいと思います。

中尾 眞(Makoto Nakao)/ SCE・Net

1948年生まれ。東京大学大学院化学工学修了。旭硝子(株)にて研究開発部、化学品営業部などに在籍し、イオン交換膜法食塩電解技術関連の開発・営業およびPEM燃料電池開発に従事。2006年より(公社)化学工学会SCE・Netの活動に参加し、現在代表幹事を務める。