ケミカルズの歩み【ケミカルズの基礎知識 第2回】

2020/09/28

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前回はケミカルズの概要について説明いたしました。

 第1回はこちら:生活を支えるケミカルズ

今回はケミカルズの歴史を述べます。まず、産業革命以降の歴史を表1にまとめます。


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表1 近世以降のケミカルズの歴史

こちらを見ながら、ケミカルズの歩んできた歴史について振り返っていきます。

1) 古代・中世のケミカルズ

産業革命以降のお話の前に、古代・中世におけるケミカルズについて説明します。

ケミカルズの歴史は古代のエジプトから始まります。エジプトではミイラが作られていましたが、ミイラ作りには防腐処理のために「ナトロン」という天然ソーダ(Na2CO3・10H2O)が使われていました。水分をゆっくり吸水することができるので、遺体の形を崩さずに保存することが可能でした。

次にケミカルズが登場するのは中世ヨーロッパです。スペインやイタリアではせっけんが使われていました。このせっけんは動物性脂肪と木灰から作られており、12世紀ごろになると、オリーブ油と海藻灰を原料として硬せっけんが商業規模で作られていました。

2) 産業革命とケミカルズ―晒し粉(イギリス)

産業革命は18世紀のイギリスで起こりました。綿織物を中心とした軽工業が産業として発展しました。当時、織物工業で問題となったのは漂白でした。染色前の綿織物を真っ白に漂白しますが、灰洗い、日光漂白、酸洗いの工程を繰り返すために数カ月を要していました。基礎化学の進歩で塩素ガスが得られるようになり、塩素を石灰に吸収させた晒し粉が開発されました。その結果、漂白工程が1週間程度に短縮され、織物工業の生産力が飛躍的に増大しました。

3) 有機合成化学と高圧化学―染料とアンモニア(ドイツ)

19世紀後半からドイツでは有機合成化学が進歩しました。石炭を原料にして、アリザリンやインディゴなどの染料が合成されるとともに、医薬品の分野でも、アセチルサリチル酸(アスピリン)やサルバルサンなどの薬品が合成されるようになりました。


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図1 アンモニア合成技術

20世紀の初めには、空気中の窒素と水素からアンモニアが合成されるようになりました(図1)。「ハーバー・ボッシュ法」という合成法は高圧合成化学の分野を開拓した画期的な技術です。250気圧、500℃の高温高圧の反応条件下で鉄触媒を用いて合成されます。反応に使用される鋼鉄製の容器は水素脆化という材料的な問題がありましたが、化学者のカール・ボッシュ氏らの努力により解決されました。図1には、1日当たり10トンの製造プロセスのフローを示しています。アンモニアの工業的製造は大量の肥料と火薬を人類にもたらしましたが、第一次世界大戦の結果、敗戦国のドイツは戦勝国のアメリカ、イギリス、日本などにその技術を供与し、各国に技術が広まることになりました。

4) 石油化学と高分子合成化学―エチレンとナイロン(アメリカ)

20世紀のアメリカでは石油化学の時代を迎えます。新しい石油掘削技術が開発されるとともに、自動車の普及でガソリンの需要が高まりました。ガソリンを多く得るために原油の分解・改質技術が進みました。しかし、原油を分解・改質すると、エチレンやプロピレンなどのガスも廃ガスとして排出されますので、廃ガスの有効利用技術が必要となりました。その1つに、プロピレンを原料にしてアセトンの原料となるイソプロピルアルコールを製造する技術が生まれました。他にも、エチレンや塩化ビニルモノマーを重合して、高分子樹脂を大量に生産する技術が開発されました。今日、汎用プラスチック製品と呼ばれる一連の製品の流れを図2に示します。


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図2 石油化学製品の流れ


第二次世界大戦を挟んで、アメリカでは石油化学製品だけでなく、新しい機能を持つ高分子製品が産み出されました。代表的な商品は、化学者のウォーレス・カロザース氏が発明したナイロンです。ナイロンはポリアミド合成樹脂で、アジピン酸とヘキサメチレンジアミンを重合して作られます。最大の特徴は高強度であり、天然繊維に代わってさまざまな衣料品に使われます。なお、「ナイロン(nylon)」という言葉は、「伝線しないストッキング用の繊維」を意識したことに由来しています。

5) バイオ化学と精密機能化学―インスリンと青色LED(日、米、欧)

第二次世界大戦後、石油化学工業は日米欧で大きく発展を遂げ、石油化学ベースの汎用製品が身の回りに溢れるようになりました。しかし、1970年代に到り、汎用化学品の需要が飽和するとともに、技術イノベーションにも停滞が見られるようになりました。この停滞を打ち破ったのが、20世紀末に登場したバイオテクノロジーと精密機能化学です。どちらも分子構造を精密に設計・制御することが基本となっています。

バイオテクノロジーは遺伝子組み換え技術を用いた新しい医薬品の製造技術です。例えば、糖尿病治療薬のインスリンは、従来、牛や豚のインスリンを抽出して作られていましたので、少量しか得ることができませんでした。しかし、遺伝子組み換え技術で大腸菌を形質転換した後、その大腸菌をタンクで培養操作を行うことが可能になり、大量生産できるようになりました。インターフェロンなども同様の方法で作られます。

精密機能化学は電子情報材料と密接に関わっています。電子情報材料は1970年代に開発されたLSI(Large Scale Integration:大規模集積回路)の出現から始まります。従来の有機物絶縁材に代わって、半導体基板として高純度シリコンを使う技術の流れができました。それ以降、電子情報分野ではさまざまな新しい材料が出現しましたが、主な材料を年代ごとに追っていきますと、半導体材料(シリコン、化合物半導体)、記録材料(磁気テープ、CD)、表示材料(ブラウン管テレビ、液晶テレビ)、電池材料(マンガン電池、リチウム電池)、発光・光源材料(窒化ガリウム、有機EL)となります。

21世紀に入り、PC、スマートフォンの爆発的な普及と共に「高速情報化時代」を迎えます。インターネットを通じて、瞬時に情報が世界に伝播する時代になりました。日本の化学産業はこの情報化時代の影の主役とも言え、多くの国々に電子情報材料を供給しています。表2に代表的な精密機能化学品と、そのメーカーをまとめました。


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表2 代表的な精密機能化学品と製造メーカー

今回はケミカルズの歴史を振り返りました。次回は、ケミカルズの安全規制について解説いたします。どうぞお楽しみに。

中尾 眞(Makoto Nakao)/ SCE・Net

1948年生まれ。東京大学大学院化学工学修了。旭硝子(株)にて研究開発部、化学品営業部などに在籍し、イオン交換膜法食塩電解技術関連の開発・営業およびPEM燃料電池開発に従事。2006年より(公社)化学工学会SCE・Netの活動に参加し、現在代表幹事を務める。