印刷技術とケミカルズ【ケミカルズの基礎知識 第8回】
2021/05/11
第8回は「印刷材料とケミカルズ」について紹介していきます。
第7回はこちら:建築材料とケミカルズ
印刷は一つの文章を多くの人が共有できる社会基盤です。紙の発明に伴い中国で始まり、近世ヨーロッパの活版印刷を経て、近年の情報出力技術の飛躍的進歩により、現代社会に欠かせないものになりました。ここでは、通常の製版印刷技術とともに、レーザープリンタやインクジェットプリンタなどの無版印刷についても触れます。
1)製版印刷技術
印刷技術には“版”を作ってからそれを転写する製版印刷と、“版”を作らないで印刷する無版印刷技術が有ります。製版印刷ではまず原稿から版を作って、版上にインキを載せ、紙に転写します。現在では写真製版の原理を利用して作成する「PS版」(Presensitized Plate)が用いられています。PS版とは、アルミニウム平板上に親水性層を設け、その上に感光性樹脂を塗布したものです。ポジタイプを例にして、製版から印刷までの工程を図1に示します。

図1 PS版を用いた印刷工程(ポジタイプ)
製版には、写真現像技術を応用した微細パターン作成技術、フォトリソグラフィの手法が用いられます。画像が形成されたフィルムをPS版に密着・露光させると、露光部分(フィルムの透明な部分)の感光性樹脂が硬化します。現像工程では硬化した樹脂をアルカリ水溶液で溶解除去して、親水性層を露出させます。印刷用インキは油性であるため、露光されない部分の感光層にはインキが付着し、親水性層が露出した部分にはインキが付きません。この方法で感光部分と未感光部分で画線部が形成され、刷版ができあがります。
最終の印刷工程は、版上へインキを塗布し、紙へ転写させる工程です。転写ではロールプレスの手法が採用されます。これはインキロールを紙が載せられた被印刷ロールに圧接させる方法で、なかでも「ブランケット」と呼ばれるゴム製のロールを仲介させるオフセット印刷が一般的です。この方法は鮮明な印刷が可能で、胴の磨耗も少ないことから、大量印刷に適しています。
印刷インキは、色料(印刷用語で着色剤)、ビヒクル(展色剤)、補助剤から構成されます。色料には無機顔料、有機顔料が用いられます。ビヒクルはワニスとも呼ばれ、色料を紙まで運ぶとともに、紙の上に色材を固着させます。ビヒクルはロジン変性フェノール樹脂やアルキド樹脂に乾性油を加え、溶剤として石油系溶剤や高級アルコールを混合した組成物です。
2)無版印刷(レーザープリンタ/インクジェットプリンタ)
無版方式の印刷はレーザープリンタ(以下、レーザーPと略記)とインクジェットプリンタ(以下、インクジェットPと略記)の2つの方式が知られています。
レーザーPは静電気を利用した作画技術で、ゼログラフィとも呼ばれます。感光体(ドラム)に静電潜像を作画し、トナー(色素粉)を潜像に塗着させた後、塗着したトナーをプリンタ用紙に押し付けて転写・定着させる方法です。インクジェットPは紙に直接、液状インキを塗布する方法で、プリントヘッダの小さな孔から高速でインキを吐出させて印刷します。表1に2つの技術を比較してまとめました。
レーザーPは印刷可能枚数が多く、印刷スピードも速いので、大量の資料を印刷するオフィスでの使用に適しています。一方、インクジェットPは解像度が高く、プリンタサイズも小さいことから、パソコンと組合せて家庭で使われるのが一般的です。

表1 インクジェットプリンタとレーザープリンタの比較
3)レーザープリンタの構造とトナー成分
レーザーPの構造を図2に示します。印刷工程は帯電、露光、現像、転写、定着、クリーニングの各工程から成ります。帯電工程では感光ドラムの表面全体を均一に帯電させます。露光工程では感光体表面にレーザー光を照射して、静電潜像を作像します。現像工程では露光で電荷を失わなかった部分へ感光体とは逆の電荷を持つトナーを乗せます。転写工程では感光体上のトナー鏡像を転写紙へ移します。定着工程では用紙上に転写したトナーを融着して定着します。クリーニング工程では感光体上に残ったトナーを荷電ブラシ等で回収します。

図2 レーザープリンターの作動工程
ここでトナーについて少し詳しく説明します。トナーは 5〜8 μm の粒状の粉です(マイクロは1ミリの千分の1)。トナーはコアとなる透明樹脂の表面に、印刷の各工程に必要な特性を備えるための微粒子が含まれています。トナーを構成する成分を図3に示します。
顔料にはイエロー(黄色)、マゼンタ(赤紫色)、シアン(水色)、ブラック(黒色)の4色があり、樹脂の中に混ぜています。帯電制御剤はトナーが静電気を帯びやすいように加えるもので、現像器の中でキャリアと呼ばれる50〜80μm程度の金属粒子(鉄やフェライト)と混合して静電気を帯電させます。
透明樹脂は加熱で溶けやすく、定着の際に熱で溶かされ、トナーの色成分を紙に溶着させる接着剤の役割を担っています。添加剤はトナー粒子同士がくっついてしまうのを防ぐ粉体で、後から加えます。

図3 レーザープリンタ用トナーの構造と成分(出所:リコー株式会社の資料をもとに編集部作成)
4)インクジェットプリンタのヘッダー構造とインキ組成
インクジェットPは、微細化したインキをプリンタ用紙に直接噴きつけて印刷するプリンタです。解像度がレーザープリンタに比べ4倍ほど高いので、色味の再現性が高いのが特徴です。
解像度を高めるためには、微少のインキを高速で吐出することが要求されます。高速で微小液滴を作り出すヘッダーは「ピエゾ方式」と「バブルジェット方式」が知られています(図4)。どちらの方式も、液滴径が 10μm 程度のインキを1秒間に2万5000個の速度で吐出できるように設計されています。

図4 インクジェットプリンタのヘッダー構造
インキの組成は、水、着色剤、浸透剤、乾燥防止剤、pH調整剤、防腐・防かび剤などから構成されています。ヘッダーノズルの目詰まりを防ぐことが重要で、着色剤は水溶性染料インキが主流です。
染料には酸性染料と直接染料がありますが、色の鮮やかさでは酸性染料が優れ、耐水性では直接染料が優れています。
浸透剤はインクの定着のために必要で、紙表面にインクを浸透させるために濡れ性と浸透性を持たせています。浸透剤は主に、メディア溶解型、表面張力低下型、蒸発併用型の3つに分類できます。従来はメディア溶解型浸透剤が使用されていましたが、安全性やカラー化に問題があるため現在はあまり使われていません。
表面張力低下型の浸透剤の成分は界面活性剤や有機溶剤で、優れた浸透性を示し、カラー化に適しています。また、蒸発併用型の浸透剤にもエタノールやイソプロパノールなど低沸点の水溶性有機溶剤が使われています。こちらは蒸発によって滲みを抑制する効果があります。
乾燥防止剤はプリンタヘッドのノズルの目詰まりを防止する目的で使われますが、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコールなどの吸湿性化合物が使用されています。なお、インクのpH は着色剤の溶解安定性や浸透性に関係するため、所定の範囲に合わせる必要があります。さらに、保存中に微生物の増殖を抑えるために、防腐剤として安息香酸ナトリウム、ソルビタン酸カリウムなどの化合物が用いられています。
以上、今回は「印刷技術とケミカルズ」について解説しました。次回は「電子材料とケミカルズ」について紹介します。お楽しみに!
【参照先】
※ インクジェット用紙の基礎知識 プリンターインクの種類(三菱製紙)https://www.mpm.co.jp/inkjet/japanese/consumer/knowledge/printer_ink02.html
中尾 眞(Makoto Nakao)/ SCE・Net
1948年生まれ。東京大学大学院化学工学修了。旭硝子(株)にて研究開発部、化学品営業部などに在籍し、イオン交換膜法食塩電解技術関連の開発・営業およびPEM燃料電池開発に従事。2006年より(公社)化学工学会SCE・Netの活動に参加し、現在代表幹事を務める。
