ざわつく農業界・気になるワード(3) RNA農薬とは?【化学業界と「農薬」のこれから 第8回】
2021/11/16
Chematelsをご覧の皆さん、こんにちは。サイエンスライターの堀川晃菜です。前回に続き“農薬のこれから”に関するキーワードを紹介します。今回のテーマは「RNA農薬」です。第6回でお伝えした農林水産省の「みどりの⾷料システム戦略」では、化学農薬の使用低減に向けた技術開発として、2040年頃からの普及が想定されています。一体どのような技術なのでしょうか。
連載の目次
- 第1回:化学産業と農薬
- 第2回:農薬の「原体」って何ですか?
- 第3回:農薬の安全性ってなんだ?
- 第4回:化学物質のリスクは何で決まる?
- 第5回:残留基準値はどうやって決まるの?
- 第6回:ざわつく農業界・気になるワード(1) 総合防除(IPM)
- 第7回:ざわつく農業界・気になるワード(2) バイオスティミュラント
- 第8回:ざわつく農業界・気になるワード(3) RNA農薬
- 第9回:ざわつく農業界・気になるワード(4) ゲノム編集
ノーベル賞の授賞対象にもなった「RNAi」
ゲノムや遺伝子といえば「DNA」というキーワードが真っ先に浮かびますが、最近では新型コロナウイルスのワクチンに関連して「RNA」という言葉もだいぶ市民権を得たように思います。
まず、DNAとRNAの違い、両者の関係をざっくりと説明します。DNA(デオキシリボ核酸)とは、遺伝情報を担う物質で、DNAの4つの塩基、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)が情報を記す“文字”の役割を果たします。
そして、DNAの中でも体の部品であるタンパク質の作り方(レシピ、設計図)を記憶している部分が遺伝子です。つまり、DNAにはタンパク質を構成するアミノ酸の配列情報が記憶されています。ただし、大事な原本であるDNAをそのまま使い回さずに、一度情報をコピー(転写)してからタンパク質をつくっていきます。このコピーされた情報を担うのがRNA(リボ核酸)です。このとき、DNAのチミン(T)が、RNAではウラシル(U)に対応します。
DNAのうち、遺伝子部分の情報だけを写し取ったRNAをmRNA(メッセンジャーRNA、伝令RNA)といいます。名の通り、タンパク質をつくるための情報の運び屋です。
RNA農薬では「RNA干渉(RNAi)」という現象を利用するのですが、これにmRNAが関係してきます。RNA干渉では、短いRNAが(いくつかのタンパク質と複合体を作り)mRNAに結合することでmRNAを分解する、もしくはタンパク質をつくれないようにします。このことを「遺伝子の発現を抑制する」と表現します。
RNAiのiはinterference(干渉、妨害)の頭文字です。「邪魔」というと、なんだかイメージが悪いのですが、もともと細胞に備わっているプロセスで、過剰なタンパク質の合成を抑えるための調整機能を担っています。RNAiの発見者であるクレイグ ・メロー博士 (Craig C. Mello, PhD)とアンドリュー・ファイアー博士(Andrew Z. Fire, PhD)は、遺伝子発現の制御メカニズムを見つけた業績で2006年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
RNA農薬はどこまで進んでいる?
このRNAiを応用し、特定のmRNAに作用する人工のRNAを投与することで害虫の遺伝子の発現を抑制するのがRNA農薬です。具体的には、餌と一緒に害虫の体内に取り込ませる方法などがあります。
このとき、ターゲットとなる害虫以外の虫、他の生物への影響を懸念するかもしれませんが、RNAiでは連続した20数塩基以上の配列が完全に一致しないとmRNAが分解されません。そのため、特定の害虫の遺伝子だけを標的とすることが可能※1で、他の動植物への影響は少ないと考えられています。

農林水産省「みどりの食料システム戦略」参考資料※2より
現在、網羅的な解析によってRNAiが効く標的遺伝子を探す研究が活発に行われています。また、RNAiで遺伝子発現を制御するとどうなるのかを調べる研究は、これまで機能がわからなかった遺伝子の機能を推定することにもつながります。
例えば、果樹の害虫であるチャバネアオカメムシを対象とした最近の研究では、表皮形成に必須とされる遺伝子をターゲットにRNAiを行うことで殺虫効果が確認されています(ただし経口摂取ではなく注入による投与)※3。
ただし、ターゲット遺伝子が昆虫全般に共通するものである場合は、殺虫剤としての汎用性は高まる一方、昆虫種の特異性(選択性)は低くなります。種特異性を高めるには、言い換えれば他の虫を殺さないようにするには、ターゲット遺伝子の中でも他の種との共通性(保存性)が低い配列を探して、そこに対してRNAiを起こすように設計する必要があります。つまりRNA農薬を有効に機能させるには、ターゲットの選定が極めて重要といえます。
また、RNA農薬の課題としては、成長阻害や致死を誘発する遺伝子をターゲットとした場合に、効果が出るまで時間がかかる点も挙げられます。速効性がなければ、その間にも食害は進んでしまいます。これに対し、2020年に報告されたのは、経口投与で、ジャガイモやトマトなどナス科の害虫であるニジュウヤホシテントウの食害を24時間以内に停止させたという成果です※4。
RNA農薬は早ければ2030年にも実現するとの見方もあります。化学農薬で問題となっている薬剤耐性も起こりにくいと期待されていますが、防除技術としてブラッシュアップしていくと共に、法整備や規制も必要となってきます。冷静に今後の動向を見ていく必要がありそうです。
《参照先》
1)RNA 干渉を利用した害虫防除新技術の開発(SATテクノロジー・ショーケース2018資料)
https://www.science-academy.jp/showcase/17/pdf/P-103_showcase2018.pdf
2)農林水産省「みどりの食料システム戦略」参考資料
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/index-8.pdf
3)農研機構「殺虫活性が期待されるRNA制虫剤候補遺伝子」
https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/nias/2019/nias19_s08.html
4)基礎生物学研究所「経口投与によるRNA干渉法を用いた害虫の早期食害停止の誘発に成功」
https://www.nibb.ac.jp/press/2020/09/25.html
堀川 晃菜(ほりかわ あきな)
科学コミュニケーター、サイエンスライター 1986年生まれ。東京工業大学大学院 生命理工学研究科修了。農薬メーカーに勤務後、日本科学未来館 科学コミュニケーターに。その後、Webメディアの編集・記者を経て、現在はフリーランス。著書に『バイオ技術者・研究者になるには』(ぺりかん社)がある。
