化学産業と農薬【化学業界と「農薬」のこれから 第1回】 

2020/07/09

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こんにちは。サイエンスライターの堀川晃菜です。新たに「Chematels」の特集記事を担当させていただきます。私自身もほんの少しの間、農薬メーカーに勤務していたこともあり、今回から数回にわたり「農薬」をテーマに連載していきます。どうぞよろしくお願いします。

農薬をめぐる化学業界のうねり

「化学業界といえば、農薬」と答える人はそう多くないでしょう。しかし「農薬」は昨今の化学業界の動向を知るうえで極めて重要なキーワードといえます。

過去半世紀の間に、世界の化学産業はダイナミックな再編成を遂げてきました。世界のトップ企業(1)であるドイツのBASFや米国のDowDuPont(ダウ・デュポン)をはじめ、欧米企業を中心に大きな変動がありました。

その渦中にあったのが米国のモンサントです。モンサントはもともと、総合化学メーカーとして石油化学からバイオ製品まで幅広く手掛けていました。しかし1980年代半ばに石油化学事業などを売却し、バイオテクノロジーを基軸として以降、遺伝子組み換え技術や農薬の有名企業となりました。最もよく知られる除草剤「ラウンドアップ」も同社製品です。

モンサントは2018年にバイエル(ドイツ)に統合されましたが、「汎用化学品」と、製薬・農薬のような「高付加価値品」を切り離す動きは、他の名門企業でも著しいです。

汎用化学品(あるいは基礎化学品)は、石油化学の上流に位置し、他の化学製品の原料となる必需品です。しかし、汎用化学品は規模のわりに利益率が低く、景気の影響を受けやすい傾向があります。一方、製薬や農薬は収益性が高いものの、研究開発をめぐる熾烈(しれつ)な競争には巨額の投資を必要とします。こうした異なる性質の事業が混在する構造が問題視されたのです。

世界的な業界再編はいまも続く

欧州ではイギリスのICIが、汎用品を中心とした化学事業を本体に残し、製薬・農薬などのスペシャリティ部門からゼネカを設立。ゼネカはさらに農薬部門を切り離し、1999年に北欧最大の医薬品メーカーであるアストラ(スウェーデン)と合併し、アストラゼネカとなりました。

また、スイスのチバガイギーとサンドの2社は、製薬・農薬を中心に統合したノバルティスと、ケミカル部門のチバ・スペシャルティをそれぞれ発足させました。その後、ノバルティスの農薬事業は分離してシンジェンタになりましたが、2017年に中国化工(ケムチャイナ)が買収。チバ・スペシャルティはBASFが買収……と、分離・統合による再編が目まぐるしく起こっています。

最近アメリカでも大きな動きがありました。2017年にダウ・ケミカルとデュポンが統合したダウ・デュポンは、世界最大手の化学メーカーとなりました※1。ところがそれも束の間、2019年には3分割を行い、素材化学のダウ、特殊産業材(スペシャルティ)のデュポン、そして農業のコルテバ・アグリサイエンスが誕生しました。

このように、農薬だけでなく種子も含め、収益の多様化を図ったアグリビジネスをめぐる動きから、ますます目が離せなくなっています。

日本の農薬メーカーは

日本の化学工業に占める「農業」の割合は1.8%(2017年)と小規模です※2。その市場規模は、約3400億円となっています(2018農薬年度の農薬国内出荷額※3)。

日本にも農薬(農業)に特化した専業メーカー、他の化学品も手掛ける兼業メーカーの両者がありますが、どちらにも外資系(多国籍農薬メーカーの日本法人)が含まれています。当然ながら日本の農薬市場においても、海外の大型再編の影響は不可避です。

また、国内では“ジェネリック農薬”を推進する動きが加速するなど、農薬メーカーを取り巻く環境が変化しつつあります。

2020年現在、農薬工業会には、農薬製造業者34社と、輸出入業者などの42社が加入しています※4。そのうち農薬製造業者にも、「原体」と呼ばれる有効成分を製造する原体メーカー、原体にさまざまな補助成分を加えて製品化する製剤メーカー、そして原体から製剤まで一貫して製造するメーカーがあります。

開発した原体を他社に販売することもあるため、最終製品レベルでは競合相手でありながらビジネスパートナー同士という場合も珍しくありません。

さて、ここで「原体」という少し聞きなれない言葉が出てきました。次回は「そもそも農薬とは何ぞや?」というお話をします。第2回もぜひお付き合いくださいませ。

【参照文献】

化学産業研究会『産業と会社研究シリーズ 化学 2020年度版』

【参照先】

※1 化学業界の世界ランキング(https://cen.acs.org/sections/global-top-50.html

アメリカ化学会が発行する「Chemical & Engineering News」(通称C&EN)が毎年掲載しているグローバルトップ50。2019年7月に発表された最新のランキング(2018年)では、DowDuPontが1位、BASFが2位。日本企業では、三菱ケミカルが9位、東レが14位、住友化学が18位にランクインしている。

※2 石油化学工業協会 化学工業に占める石油化学工業の比率(2017年)

https://www.jpca.or.jp/statistics/annual/hiritsu.html

※3 ケムステニュース「農薬メーカーの事業動向・戦略について調査結果を発表」(2019年)

https://www.chem-station.com/chemistenews/2019/07/noyaku.html

農薬年度は10~9月で区切られる。

※4 農薬工業会 会員名簿(https://www.jcpa.or.jp/about/listing.html

堀川 晃菜(ほりかわ あきな)

科学コミュニケーター、サイエンスライター 1986年生まれ。東京工業大学大学院 生命理工学研究科修了。農薬メーカーに勤務後、日本科学未来館 科学コミュニケーターに。その後、Webメディアの編集・記者を経て、現在はフリーランス。著書に『バイオ技術者・研究者になるには』(ぺりかん社)がある。

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