ざわつく農業界・気になるワード(1) 総合防除(IPM)とは?【化学業界と「農薬」のこれから 第6回】
2021/09/15.webp)
こんにちは。サイエンスライターの堀川晃菜です。ゆるりゆるりと過去5回にわたり、化学業界人として知っておきたい農薬の基礎知識をお伝えしてきました。この連載もいよいよ後半戦に突入。今回から、この特集のタイトルでもある「農薬のこれから」に光を当てて、昨今の農薬業界をめぐるニュース、最新キーワードを紹介していきます。
連載の目次
今知っておきたい「みどりの食料システム戦略」
最近、農薬業界をざわつかせたニュースといえば、農林水産省が2021年5月に策定した「みどりの食料システム戦略」※1ではないでしょうか。そこに何が示されているかというと……。
【化学農薬】
・2040年までに、ネオニコチノイド系農薬を含む従来の殺⾍剤を使⽤しなくてもすむような新規農薬等を開発する。
・2050年までに、化学農薬使⽤量(リスク換算)の50%低減を⽬指す。
【化学肥料】
・ 2050年までに、輸⼊原料や化⽯燃料を原料とした化学肥料の使⽤量の30%低減を⽬指す。
この他にも「温室効果ガス」については、2050年までに農林水産業のCO2排出量ゼロの実現を目指すなど、「有機農業」「再生可能エネルギー」「食品ロス」などの項目別に2050年までの目標が記載されています。農水省の資料より下の表を抜粋します。

「みどりの⾷料システム戦略」が2050年までに⽬指す姿と取組⽅向。みどりの⾷料システム戦略について(令和3年6月 農林水産省)資料※1より抜粋。
詳細については農業協同組合新聞(JAcom)の『「みどり戦略」を決定 2050年有機農業100万haめざす-農水省』や、科学ジャーナリスト 松永和紀さんによるWEDGE Infinityの記事『農水省の「有機農業推進」が〝脅かす〟食の安全』などご覧いただければと思いますが(※いずれも外部サイトへリンクします)、今回の戦略策定に至る動きは、農薬業界の人たちにとっても急な話だったようで、戸惑いの声が漏れ聞こえてきました。
ここでその内容についての是非は問いませんが、みどりの⾷料システム戦略の資料には、農業と農薬のこれからに関する注目ワードが散見されます。
本特集では、その中から「総合防除(IPM)」「バイオスティミュラント」「RNA農薬」そして「ゲノム編集」の4つをピックアップして、どういったものか見ていくことにします。これらの技術が進むことで、農薬の使用にどのような影響が出てくるのでしょうか。

みどりの⾷料システム戦略について(令和3年6月 農林水産省)資料※1より抜粋。赤い角丸の枠線は筆者加筆。
「総合防除(IPM)」で農薬は使う? 使わない?
IPMとはIntegrated Pest Managementの略で、日本語では「総合的病害虫・雑草管理」や「総合防除」などと呼ばれています。IPMの指す内容も時代と共に変化してきていますが、現在、国連食糧農業機関(FAO)が採用しているIPMの定義を農薬工業会のウェブページ※2より以下に抜粋・転記します。
FAOの定義(和訳)
『Integrated Pest Management (IPM)とは、農作物に対する有害生物制御に応用可能な全ての技術を精緻に考慮し、それらの発生増加を抑制する適切な方法を総合的に組み合わせ、農薬やその他の防除対策の実施は経済的に正当なレベルに保ちつつ、人や環境へのリスクを軽減または最小限に抑えることを意味する。IPMでは、農業生態系撹乱の可能性をより少なくし、有害生物の発生を抑える自然界の仕組みをうまく活かすことにより健全な農作物を育てることが重要視されている。』
(太字は著者による)
つまり、化学農薬を使わないのがIPMというわけではなく、一つの有効な手段として位置づけられています。IPMが世界的に推進されてきた背景には、過去の化学農薬の多用による弊害があります。特に、殺虫剤を多用・連用したことで薬剤抵抗性を持った害虫が現れ、さらにそれを防除するために別のタイプの殺虫剤を使う……という悪循環が生じました。生態系への影響、そして農家経営の圧迫という負の連鎖を断ち切るため、1965年に提唱された「害虫個体群管理システム」がIPMの原型です。そこに病害や雑草の管理の要素も加わっていきました。
IPMのその他の防除手段としては、病害虫に強い品種の利用・開発、土壌の改善、被害の出た枝や株の除去、果実の袋掛けなどの物理的カバー、誘蛾灯や樹幹のムシロ巻きなどによる害虫の誘引など、昔からの知恵も多く挙げられます。比較的新しいものでは、第2回の記事で紹介した天敵などを利用する生物農薬※3やフェロモン剤(誘引剤)など、さまざまなアプローチが試されてきています。
日本においても、IPM研究は30年以上前から行われています。日本におけるIPMは、抵抗性害虫対策としての意味合いが大きいようです。より実践的な動きとしては、2005年に農水省が「総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針」を策定して以降、現在までに11の作物(水稲、かんきつ、キャベツ、りんご、なし、施設トマト、施設いちご、大豆、さとうきび、茶、露地きく)の「IPM実践指標モデル」が策定されています。生産者には、これをベースに各地域の実情に合わせて実効性の高いものに取り組むことが推奨されており、今後さらに対象作物も追加されていく見込みです。
次回は2つ目のキーワード「バイオスティミュラント」について紹介します。また見てくださいね。
【参照先】
※1 農林水産省 「みどりの食料システム戦略トップページ」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/index.html
「みどりの⾷料システム戦略について」(令和3年6月)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/index-19.pdf
※2 農薬工業会 「IPMとはなんですか。IPM が普及すれば農薬はいらなくなるのですか。」
https://www.jcpa.or.jp/qa/a6_05.html
※3 農業協同組合新聞「薬剤抵抗性害虫防除は天敵活用IPMで」
https://www.jacom.or.jp/archive03/series/shir165/2010/shir165100526-9413.html
堀川 晃菜(ほりかわ あきな)
科学コミュニケーター、サイエンスライター 1986年生まれ。東京工業大学大学院 生命理工学研究科修了。農薬メーカーに勤務後、日本科学未来館 科学コミュニケーターに。その後、Webメディアの編集・記者を経て、現在はフリーランス。著書に『バイオ技術者・研究者になるには』(ぺりかん社)がある。
