金属インクジェット印刷技術による低環境負荷型プリント基板製法の開発―第24回GSC賞のベンチャー・中小企業賞エレファンテック株式会社【受賞技術から見える未来】
2026/10/15エレファンテック株式会社(以下エレファンテック)は、金属インクジェット印刷技術を活用した低環境負荷型プリント基板の製法を開発しました。プリント基板は電子機器に欠かせないものですが、従来の製造方法では、資源やエネルギーを大量に消費し、大きな環境負荷をかけています。その課題に対し、従来製法とは異なる新しいアプローチで、環境負荷を大幅に削減することに成功しました。カーボンニュートラルに貢献する技術として、第24回(2024年度)GSC賞のベンチャー・中小企業賞を受賞しました。
サブトラクティブ法の大きな課題
プリント基板とは電子機器に使われる部品の一種で、絶縁体の板の上に配線が施されたものです。小型の電子機器からロボット、自動車や航空機に至るあらゆるものに使われています。プリント基板のおかげで電子部品を効率的に取り付けることができ、いまやどんな電子機器もプリント基板なしでは作れません。
現在のプリント基板の一般的な製造法は、「サブトラクティブ法」といい、あらかじめ全面に銅箔を張った基板から、不要な銅をエッチングで除去し、配線を残します。不要な銅をエッチングで溶解・除去するため、銅を含む廃液が発生します。エッチングやめっきなどの工程では薬液やたくさんの水を使用し、大量の廃液が生じるばかりでなく、加熱やプレス工程などでは多くのエネルギーを消費します。また、銅や樹脂などの原材料の製造段階でも多くのCO2を排出します。製造コストが比較的低く、大量生産が可能ですが、銅の無駄が多く、環境負荷も大きいという課題がありました。しかし、この方法に代わる技術の実現は難しく、電子基板の需要は増加するにもかかわらず、長い間サブトラクティブ法が使われ続けています。
引き算から足し算へ
エレファンテックは、その現状を打破する「ピュアアディティブ法」という新しい低環境負荷型プリント基板製法を開発しました。従来製法のサブトラクティブ法という名前は、サブトラクション(subtraction:引き算)からついているように、基板全面に張った銅箔から不要な部分を除いて配線を残す、引き算の方法です。
それに対し、新しい製法はアディション(addition:足し算)から付いた名前で、必要な部分にだけ配線をつくる足し算の方法です。逆転の発想から生まれたもので、インクジェット印刷により金属ナノインクを塗布して配線の下地をつくります。従来製法のエッチング工程が不要になるため、不要な銅を溶解・廃棄する必要がなく、資源の使用量や銅を含む廃液を大幅に削減できます。印刷だけでは、配線として必要な厚みを確保できないため、めっき処理を施し、必要な電流を流せる厚みになるまで金属を成長させます(図1)。

図1 従来製法の課題と新技術
従来製法は、工程数が多く、多くの材料とエネルギーを使い、廃棄物も多い。一方、エレファンテックの金属インクジェット印刷工程と銅めっき工程を中心とする新技術は工程数が少なく、エネルギー消費も少ない。資源や廃液も大幅に削減できる。なお、図中のCO₂排出量75%削減は、図2に示す条件に基づく試算値です。
図2に示す各基板条件に基づく試算では、従来製法に比べ、銅使用量を約70%、水使用量を約95%、CO₂排出量を約75%削減できます。工程が少ないためエネルギーの消費も抑えられます。
「環境負荷を大幅に低くできるうえにコストも削減できることが、この技術の武器です」と同社製品開発・供給管掌執行役員の那須弘明さんは話します。

図2 既存製法とエレファンテック製法の環境負荷比較
本図に示す銅使用量、水使用量、およびCO₂排出量の比較は、当社で分析・算出のうえ、第三者機関による評価を受けています。
各項目の試算に用いた前提条件( 全て基板面積 1 平米あたりのインパクトとして算出
)銅使用量︓ 片面フレキシブル基板( 銅厚 18μm、銅被覆率 30% )での試算。
• CO2排出量・水消費量︓ 両面フレキシブル基板( ポリイミドフィルム 25μm、銅厚 6.6μm、銅被覆率 30%、金厚 0.1μm、金被覆率 10% )での試算。
• 異なる基板設計でも、CO2削減率は 70 - 80% の範囲。
• 製造コスト︓ 大規模量産販売時の想定コスト比較。
進化する技術
精細な金属印刷と量産化の両立は難しく、従来品と同品質の片面フレキシブル基板の量産化に至るまでには6年ほどかかりました。片面フレキシブル基板は、薄く柔軟な基材を用いたもので、スマートフォンなど複雑な電子機器に多く使用されます。
続いて、2024年に汎用多層リジッド基板へと技術を拡大しました。多層リジッド基板は、導体層と絶縁層を複数積層した硬質のプリント基板のことで、家電や通信機器、自動車など幅広い分野で利用されています。
片面フレキシブル基板の製造販売で実績を上げましたが、この基板が市場に占める割合は面積ベースでわずか2%です。汎用多層リジッド基板へと技術を拡大したことで、環境負荷の低い新しい製法を適用できるプリント基板の範囲が大きく広がりました。
さらに、2025年からは、基板メーカー向けに自社開発のインクジェット印刷装置の販売を始めました。同社の基板製造技術は、主要工程のみを置き換える方式のため、既存の基板製造ラインにも導入しやすい特長があります。金属インクから装置まで一貫して自社で開発しているのがエレファンテックの強みです。プリント基板の製造にとどまらず、新規ナノ材料、AIと高度制御を組み合わせたインクジェット製造など、さまざまな方向に技術が拡大しています。
スタートアップとしてのスピードとカルチャー
エレファンテックは2014年に設立されたスタートアップ企業です。「新しいものづくりの力で持続可能な世界をつくる」というミッションのもと、ディープテック(社会課題を解決して、社会や生活に大きな影響を与える発見や技術)に取り組んでいます。10年余りで急速に事業を拡大し、ものづくりにチャレンジしています。
「スピードの速さの背景には独自の企業文化があるのです」と那須さんは説明します。社内での活動指針は「Elephantech Way」にまとめられています。その中に、Fail Fast (早く失敗しよう)があり、「人類未踏のことをやるのだから、失敗して当然だ。早く失敗して、学ぼう」という考えが社内に浸透しています。また、Best For The Company(会社にとってのベストを探そう)があり、自身で会社にとってのベストかどうかを考え、意思を決定することが推奨されています。議事録などの情報は社内で広く共有され、情報の透明性が高いのも特徴です。「『こう思ったから、このように進めた』と言える文化がスピードを生んでいると思います」と那須さんが話すように、自分で判断し、失敗を恐れずにどんどん仕事を進めていくことができる土壌があります。
世界を変えることをめざして
「プリント基板の自社製造という実績を積んだ結果、装置を販売できるようになり、1つのマイルストーンに到達しました。多層リジッド基板のシェアや装置の普及はまだこれからですが、海外を中心にたくさんの引き合いが来ているので手応えを感じています」と那須さん。
こうした取り組みを経て、2026年9月には、次世代AIサーバ基板向け製造装置DK100を海外の基板メーカーへ初出荷しました。プリント基板製造で培った技術をもとに、半導体パッケージング向けなど、新たなエレクトロニクス分野への展開も進めています。
金属を必要なところに印刷する「金属インクジェット印刷」を応用できる分野は広く、持続可能な産業を支える技術になることが期待されます。
「『新しいものづくりの力で持続可能な世界をつくる』というミッションの実現に向けて、日々チャレンジしています」と那須さんは締めくくりました。
グリーン・サステイナブルケミストリー賞(GSC賞)とは
公益社団法人新化学技術推進協会のグリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク会議が、グリーン・サステイナブルケミストリー(GSC)分野の推進に貢献する優れた業績を挙げた個人や団体にGSC賞を贈っています。各賞は以下の通りです。三大臣賞(経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、環境大臣賞)。ベンチャー・中小企業賞。奨励賞。うち、ベンチャー・中小企業賞はGSCの推進に貢献する中小規模事業体による業績で、GSCを基盤とする新規な技術・開発品・製品・サービス・システムを満たす社会実装されたものに贈られます。GSCは、「人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学」を追求する世界的な環境運動を指します。
佐藤 成美(さとうなるみ)
サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)。東京大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。科学の幅広い分野について一般向けの記事のほか、研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『本当に役立つ栄養学』『「おいしさ」の科学』(以上、講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。
