微生物と化学の融合で高純度PQQを実用化! 健康寿命の延伸を目指す―第74回化学技術賞・農芸化学技術賞2026 三菱ガス化学[受賞技術から見える未来]

2026/08/18

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三菱ガス化学株式会社は世界で初めて、補酵素の一種であるPQQ(ピロロキノリンキノン)の商業生産に成功しました。同社のPQQに関する技術は、日本化学会の第74回化学技術賞と、日本農芸化学会の2026年度農芸化学技術賞を受賞しました。本記事では、PQQの生産技術が生まれた経緯と、PQQが切り開こうとしている未来について、研究員の池本さんに話を伺いました。

食品にも微量に含まれるPQQとは

PQQは、1979年に酸化還元酵素の補酵素として微生物から同定された水溶性キノン化合物です。その後の研究で、PQQが欠乏したマウスで成長不良、脱毛、繁殖能力の低下が報告されたことから、PQQが新しいビタミンとなる可能性があると期待されました。

PQQの効果について、長年PQQの研究をしてきた池本さんは次のように説明します。

「細胞実験では抗酸化作用や神経の保護、ミトコンドリアを活性化する能力が知られています。 ヒト試験では12週摂取後に複合記憶スコアの改善や言語記憶スコアの改善が示されました(図1)。また、マウスの実験では抗老化作用や健康寿命を延長する効果も見られています。また、高カロリーの食事を食べさせたときに太りにくくなることも見付け出しました」

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図1 全年齢の複合記憶と言語記憶に対するBioPQQの効果

PQQの日本での知名度はまだそれほど高くありませんが、米国ではサプリメントに詳しい消費者を中心に認知され、PQQを配合した製品がすでに数多く販売されています。欧州でもPQQが持つ可能性への関心が高まっています。特に近年は、老化に伴う変化を抑える可能性に注目が集まり、健康食品素材としての採用が進んでいます。

生物学と化学、二つの強みを融合

三菱ガス化学は、日本で輸入されるメタノールの約60%を取り扱う国内トップサプライヤーです。 1952年に日本で初めて国産天然ガスからメタノールの製造に成功して以来、メタノールに関する技術を発展させてきました。その1つが、メタノールを栄養源として生育する微生物の研究です。同社は、この微生物の中からPQQを生産する菌を見出だし、育種を重ねることで、PQQを高効率に生産する菌株を育成しました。

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図2 PQQ生産バクテリアの電子顕微鏡写真

さらに三菱ガス化学は、化学会社として培ってきた精製技術を生かし、バクテリアが生産したPQQを高純度で取り出す技術も確立しました。 その中でも、特に難しかったのが結晶化の工程だったと池本さんは語ります。

「開発当初は結晶化の条件が安定せず、工場での生産が止まることもありました。温度や濃度、溶液の状態など、結晶化に影響する条件を1つずつ検討し、工場でも安定して結晶をつくれる方法を探りました」

こうした試行錯誤によって結晶化技術が確立され、PQQ二ナトリウム塩の結晶形に関する特許の取得にもつながりました。安定した生産と高い品質を支える、同社独自の技術の1つとなっています。

食品素材として認められるまでの長い道のり

PQQをつくる技術が完成しても、すぐに食品として販売できるわけではありません。これまで食品として広く利用されていなかった新規素材については、安全性を科学的に検証し、各国・地域の制度に基づく審査を受ける必要があります。食品素材の承認取得は、三菱ガス化学にとっても初めての経験でした。

同社は動物試験から始め、ヒトを対象とした安全性試験や、通常より多い量を摂取する過剰摂取試験などを実施し、安全性を確かめました。まず米国で安全性に関する手続きを進め、その後、欧州や日本でも食品素材としての利用に向けた審査に対応しました。中でも難関だったのが、欧州での審査です。

「欧州の審査には各国の代表者が参加します。1つの国から出る質問が1つだけでも、すべての国から集まれば相当な量になります。それぞれに科学的な根拠を示して答えなければならず、非常に高いハードルでした」

PQQの水溶性塩であるPQQ二ナトリウム(製品名 BioPQQ)は、2008年に米国食品医薬品局(FDA)の新規食品素材(NDI :New Dietary Ingredients)として認められ、米国内での販売を開始しました。2014年には健康食品原料として国内で使用することが厚生労働省から認められ、日本でもサプリメント原料として販売を開始しました。

その後、欧州食品安全機関(EFSA)による安全性評価を経て、2018年には欧州委員会からNovel Foodとして認可され、欧州にて販売を開始しました。

現在、米国、欧州、日本の3つの地域で販売され、さまざまな健康食品の原料として広く使用されています。さらに、2019年にはBioPQQを機能性関与成分とする機能性表示食品の届出が消費者庁に受理されました。

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同じ日に届いた2つの「クリスマスプレゼント」

長年にわたるPQQの研究開発と工業化の成果は、日本化学会と日本農芸化学会の2つの学会から評価されました。受賞決定の正式な連絡が届いたのは、いずれも2025年12月23日、少し早いクリスマスプレゼントでした。

受賞の理由について、池本さんは次のように話します。

「日本農芸化学会の農芸化学技術賞では、微生物を利用してPQQを生産し、その機能を調べ、研究成果を論文として発表しながら実用化した一連の取り組みが評価されたと考えています。微生物による物質生産から機能の解明、実用化までを一貫して行ったことが、農芸化学という学問分野に非常によく合っていたのだと思います」

一方、日本化学会の化学技術賞では、生物学と化学を融合した技術であることに加え、高純度化と独自の結晶化の技術や、結晶構造の解析という基礎研究が、実際の生産技術や産業に役立つことを示せた点も評価されたのではないかと池本さんは考えています。

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図3:左 池本さんと日本農芸化学会 会長 上原 万里子(東京農業大学 教授、副学長)さん。右 同社佐藤勇紀さん、日本化学会 会長 丸岡 啓二(京都大学特任教授)さんと池本さん。

薬ではなく、毎日摂取できる食品で老化に抗う

BioPQQは食品素材であるため、そのまま消費者向けに販売されるのではなく、サプリメント会社や食品会社と協働することで、初めて一般消費者に届けることができます。 どのような会社とコラボレーションしてみたいかと池本さんに尋ねると、「運動やスポーツ関連の食品やサプリメントを扱う会社です」という答えが返ってきました。

「運動そのものが、老化に対して最も効果的な方法の1つだと言われていますが、そこにPQQを加えることで、健康を維持する取り組みに、さらに貢献できるのではないかと思っています。ドリンクやゼリーなどにも応用できますので、気軽に摂取してもらえると思います。共同開発では、製品設計から品質評価まで、私たちが培ってきた知見を生かしながら、一緒に新しい価値を生み出せると考えています」

さらに、池本さんはPQQの新たな用途として予防医療や未病医療分野への応用も視野に入れています。三菱ガス化学が老齢マウスで行った実験では、PQQを摂取させることで、加齢によって低下した栄養状態の改善が示されました。ヒトでも同様の効果が確認できれば、高齢者などの低栄養を防ぐ技術につながる可能性があります。

老化は、それ自体が病気というわけではありませんが、多くの病気に共通するリスク因子です。加齢に伴う身体機能の変化を穏やかに抑えられれば、さまざまな病気の発症リスクを下げ、健康に過ごせる期間を延ばせる可能性があります。薬で病気を治すだけでなく、毎日の食事やサプリメントで健康を維持する。そのような選択肢を広げる技術として、PQQはこれからの超高齢社会でますます重要な役割を担っていくのかもしれません。

日本化学会 化学技術賞とは

公益社団法人日本化学会が、設けている複数の賞の一つで、化学技術の発展に大きく寄与した成果を顕彰しています。 日本の化学工業技術に関して特に顕著な業績を上げた個人に授与する賞で、同一の業績について、5人以内の連名で受賞できます。

日本農芸化学会 農芸化学技術賞とは

公益社団法人日本農芸化学会が、農芸化学分野で注目すべき技術的業績を上げた正会員または賛助会員に授与する賞です。対象となる業績には、学術的な価値だけでなく、実用的な価値があることが求められます。 

寒竹 泉美(かんちくいずみ)

理系ライター・小説家 九州大学理学部化学科卒業後、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。小説を書く傍ら、理系ライター集団チーム・パスカルに所属し、研究者インタビューや理系企業のオウンドメディアを中心に執筆している。

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