環境負荷低減に貢献する高機能水溶性切削油―第24回GSC賞の環境大臣賞出光興産株式会社【受賞技術から見える未来】
2026/05/27
出光興産株式会社(以下出光)は、抗菌性界面活性剤を配合した新しい水溶性切削油(ダフニーアルファクールNVシリーズ)を開発しました。悪臭やべたつきなど従来品の課題を解決し、環境負荷の低減、作業者の安全性の向上という2つの要素を兼ね備えつつ、さらに切削油の使用量を減らすことで廃棄物の削減・コスト削減・生産性の向上へも貢献する製品として高く評価され、第24回(2024年度)GSC賞の環境大臣賞を受賞しました。
金属加工現場に欠かせない切削油
切削油とは、金属を加工するときに使う油剤の総称です。切削加工は、工具と金属が直接接触し、摩擦や熱が発生します。そのまま続ければ、すぐに工具はいたみ、加工精度も悪化します。切りくずは加工を妨げ、やがて機械の故障を導きます。切削油は、熱を吸収し冷却するとともに、摩擦を減らすことで、加工精度や効率を向上させます。また、防錆剤を付与することで金属や部品のさびや腐食を防ぐなど、添加剤を加えることで、機能を向上させています。切削油は、金属加工の品質を支える、現場にはなくてはならない重要な役割を担っています。
この切削油には油性のものと水溶性のものがあり、そのうち水溶性切削油は、乳化剤や防腐剤、潤滑添加剤を含む濃縮液を水で希釈して使います。冷却性にすぐれ、廃棄時の環境負荷も低いため、切削加工の現場で広く用いられています。
「これまでの製品は、もっぱら生産性の向上が重視されてきましたが、近年では、環境への関心が高くなり、カーボンニュートラルに貢献するような機能もほしいというユーザーの声が増えています」と、同社潤滑油二部、セールス&マーケティング課チーフエンジニアの篠崎良平さんは話します。作業者の安全や工場の環境対策にも効果的な製品が求められるようになり、新たなコンセプトで製品を開発することになりました。
べたつきや悪臭を防ぐには?
水溶性切削油の有効成分は親水性のアミン、疎水性の脂肪酸からなる脂肪酸アミン塩で、乳化して、水で希釈したときに分散します。脂肪酸は金属や工具に吸着し、潤滑性を与え、アミンは水に溶けるとアルカリ性を示し、防錆性や抗菌性の効果があります。
作業現場では切削油を流しながら、金属を加工し、その切削油を循環させて再利用します。しかしながら、使っているうちに有効成分や切削油そのものも減っていくので、定期的に補充したり、交換したりしなければなりません。補充や交換あるいは廃棄にはコストがかかります。また、長い間水溶性切削油を使っていると、べたつきや悪臭が発生し、作業環境が悪化します。このような「消耗がはげしい」「べたつく」「悪臭がひどい」といった課題を解決するには、切削油の消耗を抑え、有効成分を維持することが必要だと開発チームは考えました。
アミンの揮発を抑える
1つめの課題は、悪臭の原因となる腐敗です。水溶性切削油は水分が多い上に、機械の連続運転により切削油タンクの温度が上がります。また、切削油に含まれている油分がえさになるなど、微生物が繁殖しやすい条件がそろっています。腐敗防止効果のあるアミンが加えられていても、徐々に揮発し、腐敗が進みます。切削油の交換頻度は半年か1年に1回程度なので、洗濯物の生乾きのにおいをひどくしたようなにおいが工場中に充満します。「現場の人たちは半ばあきらめながらも、「なんとかならないか」という声をたくさんあげていました」と篠崎さんは続けます。
アミンは水に溶解すると、アルカリ性を示すことで抗菌効果を発揮します。しかし、切削油中のアミンは、加工するときの熱で揮発しやすく、アルカリ性が低下してしまうのです。開発チームは、防腐性を向上させるためには、「抗菌性が高い」、「揮発しにくい」という点に着目して、アミンを選定しました。今回見つかった低揮発性アミンは、50℃で48時間加熱し続けても約99%とどまり、さらに、熱で劣化しにくいという性質も示されました(図1‐①)。
消耗を抑える
2つめの課題は、切削油の消耗を抑えることです。切削油が消耗してしまう理由は、切削油が工具や金属に付着するためでした。切削液の付着を防ぐ方法を思案していたところ、それを解くカギが「水切れ」でした。食器用洗剤のCMで「水がさっと落ちる」、「あと残りしない」などの宣伝文句からひらめいたメンバーのアイデアから、脂肪酸アミンの吸着現象に注目しました。
無数にある脂肪酸とアミンの組み合わせから、機能を維持しつつ、水切れのよい脂肪酸アミンを探すことになりました。「難しかったのは、スクリーニングの目安となる評価法がなかったことでした」と篠崎さん。
そこで、まずは評価法を探すことから始まり、さまざまな検証を行い、基板表面への分子吸着や吸着速度を定量できる方法を開発しました。脂肪酸アミンの吸着現象をパラメーター化できるようになり、さらに、吸着量の可視化にも成功。脂肪酸アミンの分子構造や組み合わせを絞ることができました。ついに、付着しにくく、水切れの良い脂肪酸アミンを見つけることができました(図1‐②)。
成分の工夫や配合技術の改良などにより、ようやく製品が完成しました。「ただ、お客様ごとに製品の管理や希釈の仕方など条件が違うので、研究室レベルで良くても、製品になったとき、本当に効果があるのかどうかを実証するのは大変でした。いろいろなお客様に協力してもらってようやく私たちのアイデアを現場へとつなぐことができました」と篠崎さんは振り返ります。
モノ作りを支える縁の下の力持ちに
新製品は部品などに付着しにくくなったことで、べたつきが減り、使用量も従来品に比べ40%削減できました。また、揮発しにくくなったことで、使用可能時間も最大2.5倍に延び(図1-③)、揮発時に発生する刺激臭や有害ミスト、油煙の拡散も50%削減できました。
「製造の手間や切りくずを飛ばすエアブローの時間が減った」、「切削液の寿命がのびた」といったユーザーの声も届いています。その結果、作業環境の改善や廃棄物の低減につながるなど高評価を得ています。「私はセールスエンジニアとして、お客様の最前線でニーズをとらえ、それを開発につなげる役割を長く行ってきました。この製品は研究担当者と連携し、二人三脚で作り上げたものです。これからもたくさんの現場の声を聞き、良い製品を作っていきたいです」と篠崎さんは話します。
早速、新たな課題も見えてきました。それは、地域によって水の硬度が異なるので、同じような効果が得られないことです。とくに西日本の軟水エリアでは顕著で、いま、軟水に適応する製品の開発が進んでいます。
「ダフニーアルファクールNVシリーズは、環境負荷の低減、作業者の安全性の向上、生産性の向上の三つを兼ね備えた画期的なものです。このような製品を今後も開発し、いろいろな業界に広げることで、みんなが快適に働くことができると思っています。モノづくりを支える縁の下の力持ちになりたいです」と篠崎さんは締めくくりました。

図1 水溶性切削油(ダフニーアルファクールNVシリーズ)の技術ポイント
グリーン・サステイナブルケミストリー賞(GSC賞)とは
公益社団法人新化学技術推進協会のグリーン・サステイナブルケミストリーネットワーク会議が、グリーン・サステイナブルケミストリー(GSC)分野の推進に貢献する優れた業績を挙げた個人や団体にGSC賞を贈っています。各賞は以下の通りです。三大臣賞(経済産業大臣賞、文部科学大臣賞、環境大臣賞)。ベンチャー・中小企業賞。奨励賞。うち、ベンチャー・中小企業賞はGSCの推進に貢献する中小規模事業体による業績で、GSCを基盤とする新規な技術・開発品・製品・サービス・システムを満たす社会実装されたものに贈られます。GSCは、「人と環境にやさしく、持続可能な社会の発展を支える化学」を追求する世界的な環境運動を指します。
佐藤 成美(さとうなるみ)
サイエンスライター、明治学院大学非常勤講師(生物学)。東京大学大学院農学生命科学研究科修了(農学博士)。食品会社の研究員、大学の研究員、教員などを経て現在に至る。科学の幅広い分野について一般向けの記事のほか、研究所の広報誌やサイトなどにも原稿を執筆している。著書に『本当に役立つ栄養学』『「おいしさ」の科学』(以上、講談社ブルーバックス)『お酒の科学』(日刊工業新聞社)など多数。
