先天性心疾患の再手術を減らす心血管パッチを実現―第57回日化協技術賞 技術特別賞 帝人・福井経編興業・大阪医科薬科大学【受賞技術から見える未来】

2025/10/30
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先天性の心疾患を持って生まれた子どもたちは、新生児のときに外科手術を受けても、その後の成長に合わせて再手術が必要となることが少なくありません。これは本人にとっても家族にとっても、大きな負担となってきました。そうした再手術の負担を減らすことを目指した画期的な医療機器が、2024年6月に発売された心・血管修復パッチ「シンフォリウム」です。この技術を共同で開発した大阪医科薬科大学、福井経編興業、そして帝人は、第57回日化協技術賞技術特別賞を受賞しました。シンフォリウムの開発の経緯や詳細について、帝人の担当者に話を伺いました。

再手術を繰り返すしかない現状を変えるために

新生児のおよそ100人に1人の割合で発生する先天性心疾患は、生まれつき心臓や血管の一部が正常とは異なる構造となっている病気です。重症例では外科的治療を行わなければ命に関わるため、重症の先天性心疾患をもって生まれた新生児は、生後数カ月で外科手術を受けることになります。

手術では、血管が細くなった部分を切り広げて拡張し、医療用パッチで補綴することで穴をふさぎます(図1)。これにより心臓の正常な機能を維持できます。

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図1:先天性心疾患の治療の一例
⁠(出所:第57回 日化協環境技術賞受賞 帝人/帝人メディカルテクノロジー、福井経編興業株式会社、大阪医科薬科大学「小児心臓再手術のリスクを減らす心・血管修復パッチの開発と実用化」より)

しかし、心臓は新生児の成長に伴って大きくなっていきます。一方で、人工材料であるパッチは細胞のように更新されることはなく、生体の異物反応を起こして劣化するため、再び異常が生じる場合があります。その結果、幼児期、思春期、成人期と成長に合わせて複数回の手術が必要となることがあり、患者や家族にとって大きな身体的・精神的負担となってきました。

再手術が避けられない現状を変えるため、大阪医科薬科大学が福井経編興業と共同で新しいパッチの開発に取り組みました。福井経編興業は、縦方向にループを作って編み上げる経編(たてあみ)の生地メーカーです。培ってきた編み物の技術と経験を生かし、体内で吸収される糸と非吸収性の糸を組み合わせ、特殊な編み方を施すことで、体の成長に伴って拡張する性質を持つパッチを開発しました。

しかし、編み構造だけでは血液が編み目から漏れてしまうため、パッチ全体を適切な素材でコーティングする必要がありました。そこで白羽の矢が立ったのが、福井経編興業の取引先の一つでもある帝人です。

架橋ゼラチン膜を材料に、生体に順応する心・血管パッチを開発

帝人は1918年にレーヨン製造を起点として創業しましたが、現在では高機能繊維、樹脂、複合素材といったマテリアル事業と、医薬品・医療機器分野を中心としたヘルスケア事業を両輪として事業展開しています。さまざまなマテリアルの扱いと、医療事業での知見を兼ね備えていたことから、今回の共同開発において重要な役割を担うことになりました。

「私たちにお声がけいただいた時点で、福井経編興業さんは編み方の開発をある程度完成させていました」と、帝人インプランタブルメディカルデバイス開発部でシンフォリウム開発のプロジェクトマネージャーを務めてきた十川亮さんは振り返ります。

「そこで課題となったのが、血液が漏れないようにどのようなコーティングを施すかです。さまざまな素材を試行錯誤しましたが、最終的にゼラチンを加工した架橋ゼラチン膜を用いることで、目的とするパッチを実現することができました」

同社が目指したのは、単に血液を漏らさないパッチではありません。時間の経過とともに患者自身の組織に置き換わり、生体に順応することを重視しました。その点、コラーゲン由来でアミノ酸を主成分とするゼラチンは、体内で分解・吸収されやすく、医療機器用材料としても広く利用され安全性が確立されています。

従来広く使われてきた延伸ポリテトラフルオロエチレン(ePTFE:expanded Polytetrafluoroethylene)やウシ心嚢膜といった材料は、長期的に異物反応を起こして炎症や石灰化の原因となり、劣化が避けられませんでした。これに対し、編み物と架橋ゼラチン膜を用いた開発品では、非臨床試験や臨床で従来材に比べ石灰化が少ないことが示されています(図2)。

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図2:開発品では生体異物反応による劣化が少ない
⁠(出所:第57回 日化協環境技術賞受賞
帝人/帝人メディカルテクノロジー、福井経編興業株式会社、大阪医科薬科大学「小児心臓再手術のリスクを減らす心・血管修復パッチの開発と実用化」より)

さらに、血液が漏れないためには膜の強度も欠かせないと、同社インプランタブルメディカルデバイス開発部部長の藤永賢太郎さんは説明します。

「血圧がかかったときに強度が十分でないと、膜が破裂してしまいます。もちろん分厚く固くすれば破裂は防げますが、その場合は体内で組織に置き換わらなくなってしまいます。また外科医の手術における取り扱い性が悪くなります。そのトレードオフの中で、どの条件が最適なのかを見極めるため、試行錯誤を重ねました」

完成したパッチは段階的に変化し、成長する心臓や血管に合わせて拡張する特性を備えています(図3)。動物実験では3年間にわたり良好な結果が確認されました。

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図3:開発した心・血管修復パッチの製品コンセプト
⁠(画像提供:帝人、福井経編興業、大阪医科薬科大学)

治験1年間の成果を経て製品を世に送り出す

医療機器は、実際の患者での臨床試験を経て承認を受ける必要があります。臨床試験を担当した帝人再生医療・埋込医療機器部門インプランタブルメディカルデバイス開発部でシンフォリウムの臨床試験を牽引し、薬事申請や保険収載に奔走した菊池晃介さんは、当時の苦労をこう振り返ります。

「臨床試験をスタートさせた直後に、コロナ禍に見舞われました。通常の医療体制さえ制限を受けるなかで、協力してくださる患者さんを探すのは大変でした。それでも複数の外科医の先生方が、これが実用化されれば大きな前進になると熱心に協力してくださり、34名の患者さんとそのご家族の協力を得て、既定の症例数を超えて臨床試験を終えることができました」

結果は、手術の1年後には再治療介入回避率100%、3年後でも97.1%という非常に良好な成績を収めました。その後は審査を経て薬事承認され、さらに保険適用を受けるための申請手続きにも苦労しましたが、2024年、ついに世に送り出すことができました。

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図4:心・血管修復パッチ「シンフォリウム」として2024年6月に販売開始した
⁠(画像提供:帝人、福井経編興業、大阪医科薬科大学)

そして、2025年5月には、画期的な技術が認められ、日化協技術賞の受賞が決まりました。3人はそれぞれ、次のように受賞の喜びと今後の想いを語ります。

「化学工業協会という場で、異分野融合的な技術で評価いただけたことは本当に嬉しいです。ベースは化学でありながら、ヘルスケア領域に貢献できたこと。そして経編興業さんや私たちの加工技術が高く評価されたことも、大変ありがたく感じています」(藤永さん)

「受賞はもちろん嬉しいのですが、まだ市場に出たばかりの製品です。これからしっかりと育てて、より良い技術へと磨き上げていかなければならないという責任を強く感じています」(十川さん)

「評価していただけたこと自体、本当にありがたいです。現在、市販後調査にも関わらせていただいているので、評価や期待に応えられるようにと、身が引き締まる思いです」(菊池さん)

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図5:表彰式の様子。左から帝人の十川亮さん、大阪医科薬科大学の根本慎太郎さん、帝人の藤永賢太郎さん、福井経編興業の濵田健さん、帝人メディカルテクノロジーの坂上剛士さん、帝人の菊池晃介さん
⁠(撮影:日本化学工業協会/画像提供:帝人、福井経編興業、大阪医科薬科大学)

心臓以外での活用や海外への展開も視野に

今後の展開も多岐にわたりそうです。今回はシート状のパッチですが、将来的には血管のような立体構造物を作れるようになれば応用範囲はさらに広がります。また、心臓以外の臓器での活用や海外展開も視野に入っていると藤永さんは語ります。

日本発の医療機器が少ない現状において、この心・血管修復パッチ「シンフォリウム」は、日本のみならず世界中の子どもたちを救う可能性を秘めています。それぞれの技術や知見を結集して、大きな医療課題に取り組んだ3者の共創は、これからも続いていきます。

日化協技術賞とは

一般社団法人日本化学工業協会(略称 日化協)は、優れた化学技術の開発や工業化によって化学産業ならびに経済社会の発展に寄与した事業者を表彰する「日化協技術賞」を設けています。1968年に創設されたこの賞では現在、化学に関連する事業者から業績を公募し、優れた業績に対して総合賞・技術特別賞・環境技術賞の3つの賞を贈り、表彰しています。

寒竹 泉美(かんちくいずみ)

理系ライター・小説家 九州大学理学部化学科卒業後、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。小説を書く傍ら、理系ライター集団チーム・パスカルに所属し、研究者インタビューや理系企業のオウンドメディアを中心に執筆している。

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