国内開発も! グリーン化に挑む非プロトン性極性溶媒【要チェック!環境配慮型溶媒の最前線 第7回】
2025/04/17Chematelsの連載「要チェック! 環境配慮型溶媒の最前線」は第7回。今回は「非プロトン性極性溶媒」と呼ばれるカテゴリーに光を当てます。現場でのグリーン度評価はさほど高くないものの、グリーン化に向けた開発が進められています。今後の活用が期待される溶媒やその有機合成反応への活用事例を紹介します。有機合成化学などを専門とする大阪工業大学の小林正治准教授が解説します。
目次
本連載で扱う項目
水溶性で「プロトンを放出しにくい+電荷の偏りがある」溶媒
前回まで主に非水溶性のエーテル系グリーン溶媒について紹介してきました。今回は、水溶性の非プロトン性極性溶媒の中から、今後の発展が期待されるものをいくつか紹介します。
まず、非プロトン性極性溶媒とはどういったものかを簡単に説明します。
「非プロトン性」というのは、プロトン(H+)を放出しにくいことを指します。ヘキサンなどの炭化水素、テトラヒドロフラン(THF:Tetrahydrofuran)などのエーテル類、ジクロロメタン(DCM:Dichloromethane)などのハロゲン化アルキル、アセトニトリル(MeCN:Methyl cyanide)やジメチルホルムアミド(DMSO:Dimethyl sulfoxide)などは、炭素-水素結合(C−H)がイオン的に解離しにくいことから、積極的にH+を放出する性質をもちません。そのためこれらの溶媒は非プロトン性溶媒と呼ばれます(図1)。
対して、水、アルコール類、フェノール類、カルボン酸類などは、H+を放出しやすい酸素-水素結合(O−H)をもつため、プロトン性溶媒といわれます。化学的には酸解離定数(pKa)が大きいものほどH+を解離しにくく、総じて水やアルコール類のpKa値である16〜19より大きいものは、非プロトン性溶媒に該当します。
一方、「極性溶媒」というのは、溶媒分子全体に電子の偏り*1がある溶媒を指します。電子の偏りは原子の電気陰性度に依存し、電気陰性度の差が小さい炭素-水素結合(C−H)には電子の偏りはあまりありませんが、差が大きい窒素-水素(N−H)、酸素-水素(O−H)、炭素-窒素(C−N)、炭素-酸素(C−O)などの各結合には電子の偏りが生じます。また、結合に関係しない電子、すなわち非共有電子対の存在も分子全体の電子分布の偏りに関与します。
アルコール類、MeCN、DMSOなどはそれぞれ電子の偏りのあるC−O結合、C−N結合、S−O結合をもち、さらに非共有電子対も保有するため、分子全体に電子の偏りが生じています。そのためこれらは極性溶媒に分類されます。
溶解性の点から極性分子や無機塩などを扱う反応に極性溶媒がよく使われますが、プロトン性極性溶媒の水酸基(OH基)やそこから放出されるH+が目的の反応を阻害するときには、非プロトン性極性溶媒が使われます。一般に溶媒の極性が大きくなるほど、水への溶解性も増します。なお、図1において、ケトンやエステルは官能基だけに注目すれば極性溶媒に分類されますが、分子中のアルキル鎖が長くなると水溶性が低くなり、低極性溶媒としての性質が現れます。そのため、他の非プロトン性極性溶媒とは区別して扱います。

図1:非プロトン性極性溶媒
現状のラインナップの多くが「有害」の評価
非プロトン性極性溶媒のグリーン化は注目点の一つです。欧州のコンソーシアムCHEM21による溶媒のグリーン度評価(第2回の図2)では、非プロトン性極性溶媒に推奨溶媒はなく、アセトニトリル(MeCN)、ジメチルプロピレンウレア(DMPU:N,N’-Dimethylpropyleneurea)、ジメチルスルホキシド(DMSO) の三つが「問題」に分類され、その他はすべて「有害」つまり代替が望ましいと評価されています。
非プロトン性極性溶媒が低評価となっている理由は、主に「水溶性」と「沸点の高さ」にあります。多くの場合、使用後に水処理を施しますが、一般に水溶性物質を含む可能性のある水分含有量の多い有機廃液を焼却するには多くのエネルギーが必要になるほか、廃水として放出するにも無害化処理や環境への影響などが問題になります。溶媒を回収・再利用するには、水と混ぜない利用、すなわち溶媒単独での使用を遂行し、そのまま減圧留去により回収・乾燥処理することが求められますが、高沸点な溶媒は減圧留去にかかるエネルギーも大きくなります。
また、溶媒自身が反応することによる毒性物質の生成も知られています。例えば、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF:N,N-Dimethylformamide)は合成実験室になくてはならない非プロトン性極性溶媒ですが、DMFそのものの毒性に加えて、微量分解によって生じるジメチルアミンが、防腐剤や反応停止剤として用いる亜硝酸ナトリウムから生じたニトロソニウムイオンと反応し、発がん性のニトロソアミンが生じることが指摘されています(図2)。実験室では問題ない程度であっても、厳格な不純物管理が求められる原薬の製造になれば事は重大です。

図2:DMFの分解を起点とするニトロソアミンの生成
非プロトン性極性溶媒、シレンとDMIに注目
以上の背景のもと、三井化学と川研ファインケミカルが共同で開発した非プロトン性極性溶媒の1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン(DMEU: N,N’-Dimethylethyleneurea)は、焼却パラメーターや生分解性に問題はあるものの、上記のMeCN、DMPU、DMSO と同程度のグリーン度に位置づけられ、実験室でも工業的にもしばしば使用されています(図3)。日本での販売価格も従来溶媒と同程度であり、特に高温下での耐酸性、耐アルカリ性に優れています。高極性物質や無機塩の溶解性も良く、高極性なイオン性中間体が生じる反応、無機塩が関与する反応、加熱を要する反応などで好結果が期待できます。

図3:DMEUを溶媒とする有機反応例
DMEUは石油由来の溶媒ですが、再生可能資源からつくられる非プロトン性極性溶媒として、シレン(Cyrene)やイソソルビドジメチルエーテル(DMI:Dimethyl isosorbide)が開発されています(図4)。いずれも天然糖が原料であり、シレンはセルロースの酸性加水分解で生じたレボグルコセノンを還元することで、DMIはグルコースの還元で生成したソルビトールを炭酸ジメチルと反応させることでつくられています。試薬カタログでは、いずれの溶媒も、従来型の非プロトン性極性溶媒であるDMFやN-メチル-2-ピロリドン(NMP:N-methyl-2-pyrrolidone)の代替候補として提案されています。

図4:シレンおよびDMIの構造と合成経路
シレンは生分解性に優れ、所定の生分解度試験の結果では28日で99%が分解されると報告されています。最新の研究で、アミド化、パラジウム触媒カップリング、N-アルキル化、求核的芳香族置換反応(SNAr反応)、還元的ホモカップリングなどの反応溶媒として、シレンまたはシレンを含む混合溶媒が効果的であると報告されています(図5)。現状の価格は少々高めですが、今後用途が拡大し、販売価格も下がれば、汎用溶媒として広がる可能性があります。

図5:シレンを溶媒とする反応例
一方、DMIは、構造上はエーテル類に分類されますが、水と混和性があり、DMFやNMPの代替として有望です。生分解性はありませんが、化粧品の溶剤として使われており、安全性は高いといえます。反応溶媒としての実績はほとんどありませんが、エーテル類としての安定性が期待できるため、価格は高めながら代替候補の一つとして注目できます。
生分解性に優れるカルボネート類、CO2原料の製造法も
生分解性と価格の面では、炭酸エステル類とも称されるカルボネート類が注目できます。図6に示すカルボネート類は全て生分解性試験において易分解性を示しており、漏洩した際の環境汚染リスクが少ないことが利点です。
炭酸ジメチル(DMC:Dimethyl carbonate)、エチレンカルボネート、プロピレンカルボネートは水への溶解性が高くリサイクルが難しいですが、炭酸ジエチル(DEC:Diethyl carbonate)については水への溶解性が水1 L当たり19 gと低く、沸点は少々高いものの、相分離によってリサイクルできる可能性もあります。

図6:生分解性に優れたカルボネート系溶媒
カルボネートのもう一つの注目点は、製造方法です。二酸化炭素を原料とする製造法が各社で開発されており、カーボンニュートラルに貢献しています。最近では、DMCを二酸化炭素とメタノールから、触媒と脱水剤を添加して穏和な条件で直接的につくる方法も開発され、製造の効率化や低コスト化も期待できます。
現状、炭酸エステル類は主に塗料やインクの溶剤、リチウムイオン電池電解液、ポリカーボネート原料などに使われていますが、反応溶媒としての使用も少しずつ検討されています(図7)。反応性のあるカルボニル基をもつため利用は制限されますが、今後の発展性が期待されます。なお、DMCはDMIを合成する際のメチル化剤としても使われています(図4)。

図7:カルボネートを溶媒とする反応例
疎水性溶媒に不向きな反応への活用に
今回は、今後の活用が期待される環境適合型の非プロトン性極性溶媒について紹介しました。多くは水溶性で高沸点のためリサイクルは難しいものの、疎水性溶媒が苦手とする高極性原料、試薬、無機塩などが関与する反応への活用が期待されます。
次回の最終回は、これまでに紹介した溶媒のおさらいをするとともに、グリーン溶媒の発展と普及に向けて総括します。
脚注
*1:電子の偏り
原子の電気陰性度などの要因により、化学結合に関与する電子が一方の原子に偏って分布すること。異原子間の結合の場合は、一般に電気陰性度の大きい原子側の電子密度が大きくなり、マイナスを帯びる傾向があります。電子密度が小さくなったほうの原子はプラス性を持ちます。このような化学結合間の電子の偏りは、双極子モーメントと呼ばれるベクトル量で表されます。双極子モーメントが大きい分子で構成される液体は、一般的に電子分布の偏りをもった極性溶媒となります。ただし、分子構造に対称性のある二酸化炭素(CO2)や四塩化炭素(CCl4)のように、部分的な結合間に双極子モーメントがあっても、分子全体としてそれが打ち消されるような場合は非極性分子になります。
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小林 正治(こばやししょうじ)
大阪工業大学工学部応用化学科准教授 1998年、東レ(医薬研究所)。2003年3月、東北大学大学院理学研究科化学専攻博士課程後期課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、東北大学大学院理学研究科化学専攻助手、大阪府立大学大学院理学系研究科分子科学専攻助手、同助教を経て、2010年より大阪工業大学へ。工学部応用化学科講師を経て、2015年より現職。2018年には、英国リンカーン大学にてリサーチフェローをつとめる。主な専門分野は、天然物化学、有機合成化学、環境有機化学。
