「非推奨」でも「相性」で使われている現状【要チェック!環境配慮型溶媒の最前線 第2回】
2024/12/10Chematelsの連載「要チェック!環境配慮型溶媒の最前線」をお届けしています。第2回は、環境配慮型溶媒の話の前提となる、一般的な溶媒の使われ方や選ばれ方についての話です。健康、安全、環境の点から推奨されていない溶媒が、原材料や反応剤との相性の良さ故に使われている現状があります。有機合成化学などを専門とする大阪工業大学の小林正治准教授が解説します。
目次
本連載で扱う項目
製品に配合される溶媒と生産過程で使われる溶媒と
溶媒の役割や求められる性能は、最終製品に配合される場合と生産過程で使われる場合で少し異なります(図1)。

図1:溶媒の用途と役割
最終製品に配合される溶媒は、そのものが有効成分となる場合を除けば、必要な成分を溶解しつつ製品全体に流動性を与え、利用しやすい形態にするのが主な役割といえます。
一方、生産過程で使われる溶媒の主な役割は、原材料や反応剤を溶かして化学反応を促進すること、そして目的の生成物を溶解し、不要な成分から分離することの二つになります。
ここでは後者の生産過程のほう、すなわち有機合成の過程での溶媒の使用を念頭に説明していきます。
相性などを考えると「非推奨」使用やむなしの現状
一般に実験室で溶媒を選ぶとき、主に以下の3点を考慮します。
・原材料や反応剤に対する安定性や相性
・原材料や反応剤の溶解性
・反応温度
大規模な生産になると上記の点に加えて、溶媒の価格、安全性、毒性、回収・再利用性、廃棄処理方法などを考慮することが必要になります。
欧米の大手製薬企業4社は、生産で使用される代表的な溶媒に対して、廃棄に係るエネルギー消費、水界生態系や大気中に放出したときの影響、毒性、引火性・爆発性などの危険性、化学的な安定性などを項目ごとに評価し、どのような溶媒が推奨あるいは回避されるべきか、独自にガイドラインを作りました。そのガイドラインは最終的に(IMI)-CHEM21*1で取りまとめられ、主に「健康」「安全」「環境」の3点を指標に、「推奨」「問題あり」「有害」「極めて有害」の4つに分類されています(図2)。

図2:溶媒のグリーン度に基づく分類(汎用53溶媒)
(出所:文献7を参考に作成)
この分類表は、溶媒のグリーン度、すなわち環境適合性を端的に表し、産業で使える溶媒かどうかを判断するための明確な指針となります。ただし、有機合成に重要な「原材料や反応剤との相性」は全く考慮されていないことに注意が必要です。
分類表の各列は溶媒の官能基や性質を表していますが、「推奨溶媒」の多くは、アルコール、ケトン、またはエステルに属することが分かります。しかし、これらの官能基は一般に反応性が高く、反応剤と共存できないことがしばしばあります。
例えば、有機マグネシウムであるグリニャール試薬を用いるグリニャール反応は、化学科の学生実験に登場し、工業的にも利用される最も代表的な有機化学反応ですが、この試薬はアルコール、ケトン、エステルのいずれとも反応するため(図3)、これらの官能基を持つ溶媒は使えません。さまざまな種類の有機合成反応に対応するには、「非推奨溶媒」も使用しなければならないのが現状です。

図3:グリニャール試薬と溶媒との反応
エーテル系やハロゲン系などは実際よく使われる
化学反応に使用する溶媒を選択する上で、溶媒の極性*2と水との混和性*3は重要な因子になります。一言で「有機化合物」といっても、炭化水素系の油っぽい化合物、例えば植物オイルと、カルボキシル基や水酸基などの水分子と親和性のある官能基を持つ化合物、例えば酢酸やショ糖では、性質が大きく異なります。両者を同時に溶かすには、油と水の中間の性質をもつような溶媒が求められます。また、反応後は一般に抽出操作で親油性有機物と水溶性無機物を分離するため、水と混和する溶媒を用いたときは、有機物を取り出すために別の疎水性溶媒が必要になることがあります。
以上のような制約を踏まえると溶媒の選択肢は限られてきますが、エーテルは比較的不活性な官能基で、かつ広範な極性の有機分子を溶かすために反応溶媒としてよく使われます。
また、多くは有害に属しますが、ハロゲン溶媒は溶解性に優れたものであるため、特に実験室規模で頻繁に使われる傾向があります。
非プロトン性極性溶媒は、原料や反応剤が高極性で、かつ溶媒から放出されるプロトンが反応を阻害するときなどによく使われますが、水と混和するために反応後の後処理で別の疎水性抽出溶媒が必要になることや、水系廃液に混入することが問題点として挙げられます。
溶媒の官能基別での大まかな特性を図4にまとめました。

図4:溶媒の官能基別での大まかな特性
次回は、注目の環境配慮型の溶媒について、基本物性、製造法、特長、従来の溶媒に対する利点などを紹介します。
【脚注】
注釈
*1:(IMI)-CHEM21
持続可能な生物および化学方法論を促進する欧州のコンソーシアム。製薬企業6社、10大学、関連する中小企業5社が参画しました。
*2:溶媒の極性
溶媒には極性(polarity)を持つものと、持たないものがあります。前者の極性溶媒は極性分子を溶かしやすく、後者の無極性溶媒は無極性分子を溶かしやすいといった特徴があります。
*3:水との混和性
溶媒には水と混合しやすいものと、しにくいものがあります。「混和性」を英語でmiscibilityといいます。
参考文献
- K. Alfonsi, J. Colberg, P. J. Dunn, T. Fevig, S. Jennings, T.
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Henderson, A. M. Redman, L. Shukla, L. E. Shuster, H. F. Sneddon, Green Chem. 2016, 18, 3879–3890. - D. Prat, O. Pardigon, H.-W.
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- D. Prat, A. Wells, J. Hayler, H.
Sneddon, C. R. McElroy, S. Abou-Shehada, P. J. Dunn, Green Chem. 2016, 18, 288–296.
小林 正治(こばやししょうじ)
大阪工業大学工学部応用化学科准教授 1998年、東レ(医薬研究所)。2003年3月、東北大学大学院理学研究科化学専攻博士課程後期課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、東北大学大学院理学研究科化学専攻助手、大阪府立大学大学院理学系研究科分子科学専攻助手、同助教を経て、2010年より大阪工業大学へ。工学部応用化学科講師を経て、2015年より現職。2018年には、英国リンカーン大学にてリサーチフェローをつとめる。主な専門分野は、天然物化学、有機合成化学、環境有機化学。
