多様な反応に適し、水処理も容易、6員環で安定性も 4-MeTHP【要チェック!環境配慮型溶媒の最前線 第5回】
2025/03/04Chematelsの「要チェック!環境配慮型溶媒の最前線」をお届けしています。注目度の高い環境配慮型溶媒の一つ、4-メチルテトラヒドロピラン(4-MeTHP)を取り上げます。液体状態で存在する温度範囲が広い、疎水性が高い、水と適度な共沸点であるなどの特性をもち、化学的にも安定しています。有機合成化学などを専門とする大阪工業大学の小林正治准教授がこの4-MeTHPについて解説します。
目次
本連載で扱う項目
効率的なプロセスで従来溶媒と同程度の価格を実現
注目の環境配慮型溶媒として、第3回で2-メチルテトラヒドロフラン(2-MeTHF:2-Methyltetrahydrofuran)、また第4回でシクロペンチルメチルエーテル(CPME:Cyclopentyl Methyl Ether)を紹介してきました。どちらも疎水性のエーテル系溶媒で、本質的にリサイクルが難しいテトラヒドロフラン(THF:Tetrahydrofuran)や引火点の低いジアルキルエーテルに代わる環境適応型エーテル溶媒として期待されます。
今回は、2-MeTHFやCPMEと同等の性質をもつ「4-メチルテトラヒドロピラン」(4-MeTHP:4-Methyltetrahydropyran)を紹介します。
4-MeTHPはクラレが開発した溶媒で、THFや2-MeTHFと同じ環状エーテルに分類されますが、環サイズが6員環であることが特徴です。
実は、メチル基のないテトラヒドロピラン(THP:Tetrahydropyran)も2000年代初頭に昭和電工が開発していますが、比較的高価なため、あまり有機合成反応で使われていません。4-MeTHPはイソブテンから4工程で製造されていますが(図1)、効率的なプロセスが確立されていて、従来の溶媒と同程度の価格で商品化されています。
合成化学的に見ても、原子効率の良い付加反応、触媒反応、有害副生成物を生じない脱水反応で作られており、グリーン溶媒としての基準となる「大量供給可能」「高い原子効率での製造」「従来溶媒と同価格」を満たした溶媒といえます。

図1:4-MeTHPの製造経路
広い液体温度範囲、高い疎水性、適度な水との共沸点
図2で4-MeTHP、THP、CPMEの主な物性値を比較していますが、4-MeTHPの物性は全体的にCPMEに似ています。引火点は6.5 °Cであり、現在使用されている疎水性エーテル溶剤の中では高めの値です。

図2:4-MeTHP、THP、CPMEの主な物性値の比較
4-MeTHPのその他の特性として、CPMEの特性とも共通しますが、「液体状態で存在する温度範囲が広い」「疎水性がある」「水と適度な共沸点*1をもつ」ことが挙げられます。順に解説していきます。
化学反応が起こる温度は反応によってさまざまなので、沸点と融点の差が大きく液体状態をとりやすい4-MeTHPは、多様な反応に使える可能性があります。沸点が高すぎると、使用後に減圧蒸留をして取り除くのが大変ですが、105 °Cというのは、反応や抽出溶媒として使用するのに適度な値です。
疎水性については、2-MeTHFやCPMEの特長としても取り上げましたが、疎水性のある溶媒は使用後に水と分離させて回収・再利用できます。4-MeTHPは、THPや2-MeTHFよりも疎水性が高いため、より簡便に高純度な溶媒を回収することが期待できます。
水との共沸点は、溶質の乾燥や、水が生じる平衡反応などで重要な因子になります。例えば、粘性のある物質は、通常の真空乾燥では物質内部に水が残り、完全に乾燥できないことがあります。実験室ではよく、トルエンなどで一度溶質を溶かし、その後に再度濃縮することで、溶媒と一緒に水を取り除くといったように、共沸の現象を利用します。4-MeTHPの共沸点はトルエンと同等であり、トルエンの代替溶媒として使用できます。図3は、水が生じる平衡反応の例ですが、平衡を右に偏らせるためには、アセト酢酸エチルかエチレングリコールのどちらかを過剰に加えるか、生成する水を系外に取り除く必要があります。溶媒の共沸点が低すぎると、反応に必要な温度に到達せず、共沸となっても反応が完結しないことがありますが、適度な共沸点があれば、水を系外に取り除きながら反応を完結させることができます。

図3:共沸による反応促進
酸化しづらく、有機リチウムや酸に対しても安定
6員環エーテルである4-MeTHPは、5員環エーテルであるTHFや2-MeTHFより化学的に安定です。
一般に、エーテル溶剤は長期保存下において過酸化物が生成することが問題になりますが、4-MeTHPは安定剤非添加の条件において、大気下27日経過後でも過酸化物価は25 ppmと、過酸化物がほとんど生じないことが確認されています。同条件におけるTHFや2-MeTHFの過酸化物価はそれぞれ200 ppm以上と500 ppm以上に達しており、この点は4-MeTHPにアドバンテージがあります。計算化学的に、6員環エーテルにおける2位の炭素と水素との結合(C2−H)の結合解離エネルギーは5員環エーテルのそれに比べて10 kJ/mol程度大きいと見積もられており、このことが自動酸化しにくい理由と考えられます(図4)。補足ですが、メチル基のないTHPも自動酸化が起こりにくいことが実証されています。

図4:環サイズによる自動酸化の起こりやすさの違い
強塩基である有機リチウムに対する4-MeTHPの安定性も特筆すべき点です。エーテル系溶媒が得意とする反応に有機金属反応がありますが、代表的な有機金属反応剤であるブチルリチウムはエーテル溶媒そのものと反応してα解裂やβ解裂を引き起こします(図5)。従って、エーテル溶媒中で有機リチウムを扱うには、より低温が必要になります。4-MeTHPやCPMEは有機リチウムに対する安定性が増しており、より室温に近い温度で有機リチウムの反応を行える可能性があります。

図5:有機リチウム試薬によるエーテル溶媒の分解
また、酸に対する安定性も優れており、最近、4-MeTHPを溶媒とした4 M塩化水素溶液*2が発売されています。
物理化学的性質は総じてCPMEに類似していますが、4-MeTHPならではの利点も見出されています。CPMEがグリニャール反応の溶媒として使えることは第4回にお伝えしましたが、オルト位にハロゲン基をもつブロモベンゼンや3-ブロモプロピンのグリニャール試薬を調製するのは難しいと報告されています。その点、溶媒を4-MeTHPに置き換えることによって、CPMEでは困難であったグリニャール反応が達成されています(図6)。
また、図6下段の芳香族臭化物に対する臭素-リチウム交換反応も、CPMEでは共溶媒としてTHFの添加が必要になりますが、4-MeTHPでは単独溶媒かつ−78°C下で速やかに交換反応が完結します。限られた例ではありますが、他の溶媒で結果が不十分な場合には、4-MeTHPを検討するのも一案でしょう。

図6:4-MeTHPとCPMEによる反応性の違い
適さない使用例もあるので要注意
ここまで4-MeTHPの長所を述べてきましたが、この溶媒が万能というわけではありません。エーテル溶媒に共通する性質として、酸素原子が金属イオンに配位することが挙げられます。この性質のおかげで反応が促進することもありますが、逆に反応剤を失活させることもあります。
例えば、4−MeTHPは20%塩化アルミニウムに対して安定であるというデータがありますが、塩化アルミニウムを反応剤とするフリーデル・クラフツ反応の溶媒としては全く機能しません(図7)。本来、塩化アルミニウムは原料の酸塩化物部位に配位して反応を促進しますが、溶媒が塩化アルミニウムに配位するために酸塩化物が活性化されないことが原因です。配位力のないジクロロメタンでは反応がほぼ定量的に1時間以内で完結するのに対し、対照的な結果です。
また、強力なルイス酸である三臭化ホウ素を作用させると、エーテル結合が切断されることも確認されています(図7)。総じて、ルイス酸を使う反応への利用には十分な調査が必要です。また、比較的高沸点であるため、揮発性のある低分子量化合物、例えば香料分子などの合成や精製に使うことはあまり推奨できません。

図7:4-MeTHPが適さない使用例
一部のルイス酸と組み合わせる場合を除けば4-MeTHPは本質的に安定な溶媒と言えますが、反応によっては微分解が起こります。水素化トリブチルスズを用いるラジカル反応や過酸化物を用いる酸化反応に使用したときの微量分解経路が詳細に調べられており、図8に示した分解物が特定されています。これらの分解物はいずれも2位(および4位)の炭素-水素結合(C−H)の解裂が起点となって生成していると考えられます。いずれも生成量は僅かですが、原薬の製造などの厳格な不純物分析が求められる分野での利用を考える際には、記憶の片隅にとどめておきたい情報です。

図8:4-MeTHPの微量分解
今回までの3回にわたり、2-MeTHF、CPME、そして4-MeTHPという、今後活用が期待されるエーテル系の環境配慮型溶媒を紹介してきました。次回の第6回では、これらの溶媒の特長を生かした具体的な反応例についてもう少し詳しく紹介します。
注釈
*1:共沸点
二つの成分以上からなる混合液体の蒸留において、液体の組成と発生した蒸気の組成とが一致するときの沸点。たとえば、水とエタノールの混合液体を熱してエタノールを蒸留する場合、水とエタノールの組成が液体でも蒸気でも一致する温度は78.15°Cであり、この温度が共沸点です。共沸点での水とエタノールの重量比は4:96です。
*2:4 M塩化水素溶液
濃度4 mol/dm3の塩化水素が溶けている液体。Mはmol/dm3の略記で「モーラー」と読みます。
参考文献
- クラレ製品資料「MTHP」
https://isoprene-chemicals.com/products/mthp.html - 安田浩, 前田喜彦, 折山剛, 矢野健太郎, 加藤覚, 第36回石油・石油化学討論会(鹿児島)講演要旨集 2006, 2006f, 135.
- S. Kobayashi, T. Tamura, Asian J. Org. Chem.2021, 10, 2675–2681.
- H. Yasuda, Y. Uenoyama, O. Nobuta, S. Kobayashi, I. Ryu, Tetrahedron Lett. 2008, 49, 367–370.
- R. B. Bates, L. M. Kroposki, D. E. Potter, J. Org. Chem. 1972, 37, 560–562.
- V. Pace, P. Hoyos, L. Castoldi, P. Domínguez de María, A. R. Alcántara, ChemSusChem2012, 5, 1369–1379.
- S. Kobayashi, K. Shibukawa, Y. Miyaguchi, A. Masuyama, Asian J. Org. Chem. 2016,
5, 636–645. - S. Kobayashi, T. Tamura, S. Yoshimoto, T. Kawakami, A. Masuyama, Chem. Asian J. 2019, 14, 3921–3937.
小林 正治(こばやししょうじ)
大阪工業大学工学部応用化学科准教授 1998年、東レ(医薬研究所)。2003年3月、東北大学大学院理学研究科化学専攻博士課程後期課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、東北大学大学院理学研究科化学専攻助手、大阪府立大学大学院理学系研究科分子科学専攻助手、同助教を経て、2010年より大阪工業大学へ。工学部応用化学科講師を経て、2015年より現職。2018年には、英国リンカーン大学にてリサーチフェローをつとめる。主な専門分野は、天然物化学、有機合成化学、環境有機化学。
