ワンポットも酵素反応も! 従来のエーテル系に代わる活用事例【要チェック!環境配慮型溶媒の最前線 第6回】
2025/04/03Chematelsの連載「要チェック! 環境配慮型溶媒の最前線」をお届けしています。今回は、前回まで3回にわたって紹介した環境配慮型溶媒について、有機合成反応へのさまざまな活用事例を紹介します。有機合成化学などを専門とする大阪工業大学の小林正治准教授が解説します。
目次
本連載で扱う項目
従来のエーテル系溶媒を代替
今回は、これまで紹介してきた2-メチルテトラヒドロフラン(2-MeTHF)、 シクロペンチルメチルエーテル(CPME)、 4-メチルテトラヒドロピラン(4-MeTHP)の有機合成反応溶剤としての活用事例について紹介します。
これらの溶媒の使用頻度は年々増加しており、総じてテトラヒドロフラン(THF)、ジイソプロピルエーテル(i -Pr2O)、ジエチルエーテル(Et2O)、ジオキサンなどの従来のエーテル系溶媒が使われる反応に利用されています(図1)。

図1:適用反応例
ここでは最近の論文や総説から、溶媒の特長を生かした反応例をいくつかピックアップして紹介します。
2-MeTHFで多段階の官能機変換、精製の簡略化も可能
まず紹介するのは、2-メチルテトラヒドロフラン(2-MeTHF:2-Methyltetrahydrofuran)を溶媒とした多段階の官能基変換です(図2)。
従来法ではテトラヒドロフラン(THF:Tetrahydrofuran)、ヘキサン、トルエンが使われていた工程を全て2-MeTHFで置き換え、抽出溶媒としても活用することで途中の精製工程も省略し、最終的に目的物を6段階65%の総収率で合成しています。いずれも基礎的な構造変換ですが、大量生産においてこのような溶媒置換による精製の簡略化は重要な戦略であり、コストやエネルギーの削減をもたらします。

図2:2-MeTHFを溶媒とする多段階官能基変換
従来法で使用されたTHF、ヘキサン、トルエンの三つの溶媒の中で、2-MeTHFは最もTHFに性質が近く、有機金属反応への活用例が豊富です。リチウムアミドやアルキルマグネシウムを使った反応だけでなく、遷移金属が関与する不斉反応やカップリング反応でも好結果が得られています(図3)。

図3:2-MeTHFを溶媒とする有機金属反応
CPMEと4-MeTHPの安定性をラジカル反応に生かす
続いて、シクロペンチルメチルエーテル(CPME:Cyclopentyl Methyl Ether)と4-メチルテトラヒドロピラン(4-MeTHP:4-Methyltetrahydropyran)の特長を生かした反応を紹介します。
2-MeTHFに優る特長は、自動酸化に対する安定性です。この特長を生かして、ラジカル反応に活用されています。一般にラジカル反応は、系中で生じるラジカル種が連鎖的に反応を起こして進みますが、ラジカル種が溶媒の水素を取り込むと、反応が途中で停止したり副生成物が生じたりします。いまでも報告論文があるように、ラジカル反応には、炭素-水素結合(C−H)が解裂しにくいベンゼンが伝統的に使われてきましたが、毒性が問題となっていました。従来、ラジカル反応には、炭素-水素結合(C−H)が解裂しにくいベンゼンが、いまも論文報告があるくらい伝統的に使われていますが、毒性が問題となっていました。現在では他の芳香族や炭化水素溶媒なども使われていますが、依然として毒性や溶解性などの問題があり、代替溶媒が期待されています。
2008年にTHPがラジカル反応溶媒として活用できることが示され、続いてCPMEや4-MeTHPもラジカル反応に使えると報告されました(図4)。反応で使用した溶媒を回収・再利用できることも示されており、実験室のみならず工業用途にも期待できます。

図4:THP、CPME、4-MeTHPを溶媒とするラジカル反応
低融点・高沸点も特長、ワンポット連続反応を実現
CPMEと4-MeTHPについては、融点が低く、沸点が比較的高いという「液体状態範囲の広さ」を生かした連続反応も報告されています。
上述のラジカル反応は、ラジカル開始剤が分解することで反応が開始しますが、最も一般的なアゾビスイソブチロニトリル(AIBN:azobis(isobutyronitrile)、10時間半減期温度65°C)を用いる場合、実質上80〜90°C程度に加熱します。一方、有機リチウムや有機銅試薬を用いる付加反応は、試薬の不安定性や基質との高い反応性を考慮して低温で行うのが一般的です。
触媒的カップリング反応も含め、全く種類の異なる三つの反応を CPME単一溶媒で連続的に実施した例を図5に示します。反応後の溶媒を回収・再使用した2回目の実験においても同程度の収率で目的物が得られています。

図5:CPMEを溶媒とするワンポット連続反応
このように一つの反応槽に次々と試薬を加え、連続的に分子変換を行う手法を「ワンポット合成」と呼びます。精製に要するエネルギーやコスト、廃棄物、作業者の手間、時間などを削減する強力な手段として、ワンポット合成技術の発展が期待されています。
クリーンな手法として広まる酵素反応の溶媒として
最近は、生体触媒反応、つまり酵素反応の溶媒としても、2-MeTHFやCPMEが利用されています。酵素反応は、クリーンで選択性の高い合成手段として、特に産業プロセスで広がりを見せています。
酵素は水中で働くイメージがありますが、脂質を加水分解するリパーゼについては有機溶媒中で活性を維持するものが知られています。反応条件によってエステル結合の切断、生成、交換反応が特異的に行われるため、異性体の分離や作り分けで特に威力を発揮します(図6)。

図6:2-MeTHFおよびCPMEを溶媒とする酵素反応
式(1)は、2-MeTHFを溶媒とするヌクレオシドの位置選択的なエステル化ですが、6時間程度の反応で5’位の水酸基のみをエステル化しています。
CPMEでの成功例も報告されており、式(2)のとおり、ラセミ体のα-ヒドロキシケトンに対する動的速度論的光学分割によるキラルエステルの合成が、高い鏡像体過剰率で達成されています。
式(3)は緩衝液との二層系での使用例ですが、水への溶解性が低い原料をCPMEで溶解し、緩衝溶液中の還元酵素との反応を促進しています。THFと異なり二層系になることで、過剰反応の抑制、生成物の分離の簡素化、酵素液の再利用なども期待されます。
有害なハロゲン溶媒の代替、特にメタセシス反応で好結果
「有害溶媒の代替」という観点では、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルムなどのハロゲン溶媒の代替となり得るかが重要です。
実験室で主にハロゲン溶媒が用いられる反応を4-MeTHPで置き換えた実験結果があり、アルコールの酸化、エポキシ化、アミド化、エステル化、メタセシス反応などに使えることが報告されています(図7)。

図7:ハロゲン代替溶媒としての利用
これらの反応の中でも、特にメタセシス反応は、分子内、分子間およびクロスメタセシス反応のいずれにおいても好結果が得られています。精製における利点も見出されており、式(4)の例では、反応溶液を冷却して生成物を晶析させ、ろ過のみで純度99%以上の目的物を収率88%で得ています。溶解性の良いハロゲン溶媒ではこのようなシンプルな晶析操作はできないため、適度な沸点と溶解性を合わせ持つ4-MeTHPの特長を生かした結果といえます。なお、濾別した生成物に含まれる残留ルテニウムは88 ppmと報告されており、この値は使用したルテニウム(2297 ppm)の約96%が取り除けたことに相当します。
式(4)のような好結果が得られた一方で、式(2)のエポキシ化反応では、ジクロロメタンでは室温で反応が完結するのに対し、4-MeTHPでは50°Cでの長時間加熱が必要になります。
全ての反応を同じように置き換えることはできませんが、操作上ハロゲン溶媒の使用を控えたい場合には、一度試してみるのもよいでしょう。
環境配慮型溶媒を選択肢の一つに
今回は反応溶媒としての活用を主に紹介しましたが、最近は電気化学、植物油の抽出、マイクロ波反応など、幅広い分野でこれらの溶媒が使われるようになってきています。使ってみると思わぬ利点が見出されることもありますので、まずは柔軟に選択肢の一つとして考えていただくのがよいのではないかと思います。
次回は、環境配慮型の非プロトン性極性溶媒について解説します。
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小林 正治(こばやししょうじ)
大阪工業大学工学部応用化学科准教授 1998年、東レ(医薬研究所)。2003年3月、東北大学大学院理学研究科化学専攻博士課程後期課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、東北大学大学院理学研究科化学専攻助手、大阪府立大学大学院理学系研究科分子科学専攻助手、同助教を経て、2010年より大阪工業大学へ。工学部応用化学科講師を経て、2015年より現職。2018年には、英国リンカーン大学にてリサーチフェローをつとめる。主な専門分野は、天然物化学、有機合成化学、環境有機化学。
