発酵技術で新素材タンパク質を創出―スパイバー「Brewed Protein」【注目製品で捉える繊維の第4世代 第7回】
2022/10/27
連載の目次
- 第1回 東レ・ユニクロ「ヒートテック」
- 第2回 東レ「hitoe」
- 第3回 東洋紡「COCOMI」
- 第4回 ピエクレックス「ピエクレックス」
- 第5回 各社「ポリ乳酸繊維」
- 第6回 東レなど「バイオベースPET繊維」
- 第7回 スパイバー「Brewed Protein」
(タイトルは変更となる場合があります)
本連載「注目製品で捉える繊維の第4世代」の最終回は、繊維業界にとどまらず、バイオテクノロジー分野全体で世界的な注目を浴びている素材を取り上げてみます。大学発のスタートアップ企業であるスパイバーの「Brewed Protein(ブリュード・プロテイン)」です。
分子設計からやり直して開発
自分より大きな虫さえ捕食してしまうクモが作り出す「クモの糸」は、伸縮性と強靭性を兼ね備えた自然界の希少繊維。タンパク質を主成分とするこのクモの糸を人工的に生成し、工業生産することができれば、化石由来素材に頼らず環境保全に適合した素材を創出することができる。このようなコンセプトからスパイバーは、2007年の会社設立以来、遺伝子の設計・合成や、微生物を利用した生産技術の開発を総合的に進め、6年後の2013年にはクモ糸を模した繊維で作ったドレスのプロトタイプを発表しました。
2015年には、スポーツアパレルメーカーのゴールドウインとの共同開発を進め、構造タンパク質素材を使用した「ムーン・パーカ」のプロトタイプを発表しました。
しかし、天然のクモの糸の遺伝子をベースとするタンパク質には、水に濡れると超収縮してしまうという、自然環境下で身を守るためのアウトドアウェア素材としては致命的といえる、自然界のクモの糸と同様の特性があることが判明。この特性を取り除くため分子設計をゼロからやり直し、最終的にクモ糸とは性質の異なる、新素材を誕生させました。
この新素材をもって改めて、開発した素材を「ブリュード・プロテイン」と総称し、2019年にはムーン・パーカを商品化しました。現在も多様なタンパク質素材を生産できるよう、開発を拡大しています。
「醸成された」を意味する「ブリュード」は、新素材のタンパク質を創出して行く製造工程で見出した「発酵法」で製造することに由来しています。発酵により醸成された新タンパク質素材というわけです。
天然のクモの糸を単純に再現するのではなく、産業的に真に価値のある素材を実用化した同社の取り組みに、多くの期待が寄せられています。

図1:構造タンパク質繊維を使用してつくられた「ムーン・パーカ」
(写真提供:スパイバー)
「脱石油」への大本命とも
同社は、計算科学的手法を生命科学に応用したバイオインフォマティクスから、遺伝子工学、合成生物学、分子生物学、発酵工学、有機化学、高分子化学、材料工学まで、幅広い分野にまたがるトップレベルの研究者が結集しています。
実用化にあたっては、目的のタンパク質作り出すための設計図となる遺伝子を合成し、それを微生物に組み込んで工業スケールで発酵培養させ、精製したポリマーをベースに糸やプラスチックなど多彩な素材を生産するシステムを確立するというもの。初期としてはアパレル用途への素材開発に注力し、「ブリュード・プロテインポリマー」を原料に用いて、カシミヤやウールなどの動物繊維、ポリエステルやナイロンなどの石油由来繊維に替わる新たな選択肢となる素材を目指し、材料製造を推し進めています。この技術やプロセスは今後の環境負荷社会を配慮し、循環型素材を技術推進する道のりの大本命になるともいわれ、市場から高い注目を浴びています。
シルク、カシミヤ、ウール、ファーなどのアパレル繊維素材の代替の他にも応用の可能性は広がっています。同じく繊維では人工発毛、また、べっ甲や水牛の角のような樹脂材料、医療用材料、次世代軽量複合材料などへの展開も考えられます。
コストの課題克服が普及の鍵
今後の最も大きな課題は、コストです。スパイバーはブリュード・プロテインの素材のコストが、将来1キログラム当たり50ドル以下になれば、市場が大きく拡大するとの見解をインタビューで示しています。販売コストは戦略的に設定していくとしつつも、まずは生産キャパシティの強化を最優先事項として進めており、タイのラヨン県に年産最大数100トン規模の拠点を建設し、2022年春には稼働を開始させています。
また、2020年には、米国の穀物メジャーであるアーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM:Archer Daniels Midland)と米国で量産工場を建設するための協業契約を締結しました。トウモロコシ由来のデキストロースを原料とした量産化を目指し、ADMクリントン工場で準備を開始しました。
さらに、こうした将来計画のため、「事業価値証券化」という新しい金融手法により累計400億円の資金調達を行なったと発表しています。市場の期待を受けて、スパイバーは、未上場ながらも評価額1000億円超えの「ユニコーン企業」になっています。量産化も目前まで来ており、商業化を推し進めるための生産キャパシティの強化とコスト課題の解決が重要になりそうです。
タンパク質を産業的に使いこなす
日本が誇るバイオベンチャーとして大きな期待を受け世界をリードするスパイバー社ですが、米国ボルトスレッズ社が、酵母を用いて合成したシルク繊維「マイクロシルク」を開発し、現在は菌から作った人工レザー「マイロ」の開発を発表するなど競合も出てきています。
「タンパク質というマテリアル・プラットフォームを産業的に使いこなす」というコンセプトにより、循環型社会実現を後押しする重要素材を提供するスパイバーの取り組みを、今後とも注目していきたいと思います。
連載「注目製品で捉える繊維の第4世代」では、私たちの日常生活にも深く関わる身近な繊維アパレル業界で開発されている注目新素材を取り上げてきました。将来の大きな可能性を含む多くのプロジェクトがあることに驚くとともに、その推移を今後とも注目していく必要性を強く感じたことを述べて、連載を終えたいと思います。
猪股 勲(Isao Inomata)/ SCE・Net
東京大学工業化学修士課程修了。三菱ケミカル(株)で、石油化学関連の技術開発・事業開発、企画業務に従事。その後、日本バイオプラスチック協会に奉職。石油化学全般、バイオプラスチック、プラスチック廃棄物管理、気候変動などの環境問題に広く精通。2015年よりSCE・Net所属。ITIコンサルタント事務所チーフコンサルタント。
