燃料電池車は自家用より商用【次世代自動車の最前線 第3回】
2020/09/21
3番目の次世代自動車として燃料電池自動車について解説します。どんな技術が開発され、今後、どんな展開をしていくのでしょうか。
第2回はこちら:ハイブリッド車は日本のハイテクの塊
■FCVの前にあった大きな壁
燃料電池自動車(FCV=Fuel Cell Vehicle)の開発が本格的に始まったのは今から30年くらい前のことです。特に熱心だったのは日本のトヨタ自動車と本田技研工業で、両社とも2002年にはリース販売(*1)という形で市販に漕ぎ着けました。まさに新しい歴史のスタートとなったのですが、実は当時、この分野の技術に詳しい人たちの間では、「試作は成功したが実用化は難しいのでは……」との声が多かったようです。

表 燃料電池車、電気自動車、ガソリン車の比較
■水素のハンドリングの難しさ
大きな理由は2つあります。1つは水素のハンドリングに関する問題でした。水素分子(H2)はとにかく小さく、分子量は2しかありません。これに対して、タクシーなどの燃料として使われるLPガスの主成分の1つ「プロパン(C3H8)」の分子量は44ですから20分の1以下です(*2)。このため、タンクが樹脂製であれば分子の隙間を通り抜けて漏れ出してしまいますし、金属製のものでもその内部に浸透して劣化させてしまう「水素脆化」と呼ばれる現象を起こします。特に鋼材を脆くしてしまう点は非常に重大で、もし何らかのトラブルにより車内に水素ガスが滞留し続けたら、自動車そのものが壊れてしまうかもしれません。そんな危険物をどう扱えばいいのか、その解決にはかなり時間がかかると考えられていたのです。
ちなみに、水素をマイナス252.6℃以下にすると液化しますが、液体水素(*3)のまま保管するには常に冷やし続ける必要があるため、必要な機器一式を自動車に積み込むのは無理でしょう。この点、圧縮しておくだけで液体にできるメタン(天然ガスの主成分)やプロパンとは違うのです。
■稀少なプラチナが大量に必要
燃料電池車開発のもう1つの課題は、プラチナ(白金)の使用量を減らすことでした。私の別連載『燃料電池の基礎知識』にも書いていますが、燃料電池を小型にするには内部の化学反応を促進させる触媒が不可欠であり、その材料として、唯一、有効なのがプラチナだったのです。
関連記事はこちら:【燃料電池の基礎知識】小型・低温・低価格化への道
最近でこそ金の価格が急激に上昇し、プラチナを上回る逆転現象が起きていますが、生産量が金の20分の1以下という貴重なプラチナは非常に高価で、一番高い頃には1グラム7000円くらいしていました。ちなみに、ガソリン車やディーゼル車の排気ガス浄化触媒にもプラチナが使われていますが、度重なる技術革新により1台当たり数千円のコストで済むまでにコストダウンを実現しています。しかし、燃料電池車では「大量のプラチナ触媒に頼る」という力業で小型化を実現していたため、初期では「1台の生産コストが1億円以上する」といわれていたのです。
■「MIRAI」に驚いた専門家たち
そんな厳しい事情があっため、2014年にトヨタから世界初の量産型燃料電池乗用車となる「MIRAI」が発売されたときには、市場の誰もが大きな衝撃を受けました。正直、こんなに早く市販車レベルのFCVが登場するとは考えていなかったからです。
その後、私も実際に試乗させてもらう機会があり、燃料補給の様子なども見させてもらったところ、「MIRAI」の完成度の高さに、再度、驚きました。約700万円という価格は決して安いとはいえないものの、1000万円近い電気自動車があることを考えれば現実的な水準に近づいてきたといえました。プラチナの使用量と減らす研究は現在でも続いており、いずれは私たちの手の届く価格になりそうです。
調べてみると、水素ガス用の燃料タンクについては、日本の化学メーカーの協力を得てカーボン樹脂製のものを完成させたとか。かなりの高圧にも耐えられるため、ガソリン車並みの走行距離を実現できたのです。また水素ガスのハンドリング技術も既に完成しており、脆化の心配はないのだとか。リース販売から12年で懸案事項を全て解決したのだからさすがであり、これについては日本の技術力の高さを素直に誉めるべきでしょう。
ただし、私個人としては、「MIRAI」が燃料電池車の未来をそのまま示しているとは考えていません。あくまで、あれは1つのデモンストレーションであって、目指すべき開発のベクトルは別にあります。なぜなら、水素ステーションを増やしていくにはそれなりにコストがかかり(1台分で建設コストが約2億5000万円、運営費が年間2000万円弱といわれています)、既存のガソリンスタンドですら経営が厳しい現在、全国に普及させるのは非現実的だからです。となると、気軽に燃料補給することはできず、「休日には自家用燃料電池車でロングドライブ」とはいかないでしょう。
しかし、「MIRAI」のおかげで燃料電池車のポテンシャルの高さは分かったのですから、次のような条件で自動車を運用するケースでは非常に魅力的であり、ガソリン車やディーゼル車を代替していく可能性があるでしょう。
1. 車体価格(購入コスト)より燃料価格(運用コスト)を優先する
2. 決まった場所で燃料補給できるルートを走行するた場所で燃料補給できるルートを走行する
これらの条件に当てはまるのは多くの商用車で、具体的には、高速及び市内バス、タクシー、長距離トラックなどです。自動車から外れるなら、鉄道、特に路面を走るトラム(路面電車)にも有効でしょう。給電用の架線が必要ないので設備がすっきりするだけでなく、設置やメンテナンスの費用も軽減できます。
触媒のコストさえ下がれば、性能的には非常に期待できる燃料電池車ですが、もしかすると次世代自動車の目玉になるのかもしれません。
次回は次世代自動車の番外編として、電気自動車の動向を大きく左右する、蓄電池について解説します。
*1 リース販売
「販売」となっているが、実際には「試作車を有料で貸し出す」といったイメージで、当然、製造コストを基に販売価格が決められるわけではありませんし、製品としての完成度も市販車レベルには達していないため、手厚い技術サポートが付いているケースが多いようです。
*2 20分の1以下
分子量の差がそのまま分子の大きさの違いを表すわけではありませんが、1つの目安として考えてください。
*3 液体水素
かなり取り扱いが面倒であるため、ロケット燃料として使う場合にも注入するのは発射の直前です。もし打ち上げが中止になれば、慌てて抜き取って、冷却装置付きのタンクで厳重に保管します。
石川 憲二(いしかわけんじ)
ジャーナリスト、作家、編集者 1958年東京生まれ。東京理科大学理学部卒業。30年以上にわたって企業や研究機関を取材し、技術やビジネスに関する解説記事を書き続けている。扱ってきた領域は、電気・電子、機械、自動車、航空・宇宙、船舶、材料、化学、コンピュータ、通信、システム、ロボット、エネルギー、生産技術、知的財産、経営、人事、マネジメントなど。
