空飛ぶ自動車はなぜ実現しないか【次世代自動車の最前線 第6回】
2021/03/16
未来の自動車として、たびたび登場するのが「空飛ぶ自動車」です。報道を見ていると、すぐにでも実現しそうな印象を受けますが、本当にそうなのでしょうか? 次世代自動車を解説する記事の最終回は、そんな夢と現実の話です。
第5回はこちら:ちょっと変わった次世代自動車
■空飛ぶ自動車は道路を走れる?
自動車に関する本を書いているせいか、未来予測の原稿やコメントを求められることが多々あります。そんなとき、必ず確認させていただくのが、次の内容です。
「嘘はつきたくないので、『空飛ぶ自動車なんか絶対に実現しない』というスタンスでいますが、大丈夫ですか?」
すると、たいていの場合、相手はがっかりし、話が立ち消えになってしまいます。どうやら世の中には、自動車が空を飛ぶ時代が来ると本気で信じたい人がたくさんいるようです。しかし、それは無理な話。実験レベルならともかく、私たちが日常的にそんなクルマに乗ることはありません。
まず規格から考えていきましょう。自動車を浮上させるには下向きの空気の流れ(推力)を生むプロペラが必要です。回転数を高めて風速を上げれば小さなファン単体でも飛べますが、それだと土埃を吹き飛ばすだけでなく人が吸い込まれる危険性があります。周囲への影響を考えると、ドローンのように「大型プロペラ×4基」というスタイルが無難だと思います。ここではガードを含めた直径を1メートルと仮定しましょう。

図 空飛ぶ自動車と車線の関係性
道路の車線の幅は高速道路で3.5メートルが基本、また片側二車線の一般道では2.75mが最小基準です。図の左は普通乗用車の平均サイズで、5人が乗れます。真ん中は同じ大きさのボディにプロペラと飛行用の機器を追加したケースで、乗員数が減ったにもかかわらず車線の範囲に収まらず、ほとんどの道路では走行禁止となります。結局、自動車として利用できるようにするには、車体はものすごく小さくなってしまいます。
「それなら、プロペラを収納式にし、空を飛ぶときだけ広げればいいのでは?」
そう考えたい気持ちはわかりますが、車体内部にプロペラを納めたら、そのスペースには機器も人も荷物も載せられないので、内部が“激狭”になるだけです。さらに、飛行しようとプロペラを広げたとたん、隣のクルマに接触する恐れがあるので、いったん道路を離れ、広場のようなところに移動してから空に向かうしかありません。なんだか、「夢の空飛ぶ自動車」のイメージとはだいぶ違ってしまいますね。
■実験機の2倍の飛行能力が必要
次に技術的な話をしましょう。空を飛ぶマシンは墜落の危険性があるので設計上の安全基準がかなり厳しく、一般的な旅客機では「離陸時に動力の半分を失っても安全に上昇できる」「最悪でもエンジン1基が動いていれば近くの空港に緊急着陸できる」といった能力が求められます。つまり、ぎりぎり飛び上がれるレベルでは不十分であり、最低でも2倍以上のパワーが必要です。しかしそうなると、モーターやエンジンの数を増やさなければならず、重力が増すことから、自動車としても飛行機としても性能はかなり落ちてしまうでしょう。
ちなみに、自動車は1キログラム軽くすると燃料1リットルあたりの走行距離が100メートル伸びるといわれており、今ではグラム単位の厳しい軽量化競争が続いています。燃費がよくなれば二酸化炭素の排出量も減るので世間に受け入れやすく、技術開発のトレンドは完全にこっち向きです。そんな状況で、なぜ、空を飛ぶための重い装置を追加で搭載する必要があるのか。経済的にも社会的にも意義が感じられません。
これ以上、細かい説明をしても長くなるので、ここからは「空を飛ぶ自動車が実現した」という設定で、未来のある日の様子をシミュレーションしてみましょう。
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A氏は念願の空飛ぶ自動車を購入しました。価格はかなり安くなって3000万円ほど。また、必要となる小型飛行機の免許も1年がかりでアメリカに通い、取得しました。そして初めての空中ドライブの日…。
残念ながら1人乗りなので家族は誘えず、荷物も小さなポーチだけを持ってガレージに向かいます。地上走行を続けて幹線道路に出ると、かなりの渋滞。まさに空飛ぶ自動車の実力を発揮するチャンスです!
A氏は10キロメートル先の「自動車用飛行場(*1)」に向かいます。また、飛行には航空管制の許可が必要なので、フライトプラン(*2)を提出した上で順番を待ちます。
幸い、すぐに許可が出て、ようやく空中へ。しかし、そこからはバッテリー残量との戦いが始まります。空飛ぶ自動車の1回充電あたりの移動距離は空中で20キロメートル(*3)、地上走行で100キロメートルほどです。このため、充電ポイントをハシゴするように「夢のフライト」は続いていきます。そんな彼の上を、飛行機が猛スピードで追い抜いて(*4)いきました。
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本稿で次世代自動車の解説を終わります。ご愛読、ありがとうございました。自動車関連の技術は近年になって大きく進歩を遂げていますが、全世界で14億台以上も保有されているガソリン車とディーゼル車の大半を新たなタイプの自動車で代替するのは簡単ではありません。今後の予測をするときも、急進的な報道に惑わされることなく、現実に即して考えることを願っています。
*1:自動車用飛行場
航空機は離着陸時に最も事故を起こしやすいので、渋滞が起きている道路上でそんなことをされては迷惑です。したがって、空飛ぶ自動車専用の離着陸場を利用するしかありません。ここでは道路20キロメートルごとに設置されているという好意的な設定にしました。
*2:フライトプラン
実は、空の上の移動は地上と比べてかなり不自由で、どのコースをどの高さで飛ぶという計画を提出し、許可をもらわなければなりません。もちろん、そのルート設定にもさまざまなルールがありますし、「機器にトラブルが生じた」といった場合の予備プランも策定しておかなければならず、かなり面倒です。
*3:空中で20キロメートル
電力式のドローンでは航続距離30キロメートルが最長クラスなので、人が乗り、さらに地上走行用の機器や多くの安全装置を積んでいると考えれば、これでもかなり甘い数字です。
*4:猛スピードで追い抜いて
垂直離着陸機の飛行スピードはそれほど速くなく、ヘリコプターでも時速270キロメートル程度以下、ドローンでは一般的に100キロメートル以下です。高速道路のほうが速い?
石川 憲二(いしかわけんじ)
ジャーナリスト、作家、編集者 1958年東京生まれ。東京理科大学理学部卒業。30年以上にわたって企業や研究機関を取材し、技術やビジネスに関する解説記事を書き続けている。扱ってきた領域は、電気・電子、機械、自動車、航空・宇宙、船舶、材料、化学、コンピュータ、通信、システム、ロボット、エネルギー、生産技術、知的財産、経営、人事、マネジメントなど。
