課題もあるCCSを代替? P2C によるカーボンリサイクル【実現できる? カーボンニュートラル 第3回】
2024/06/13目次
本連載で扱う項目
- 第1回 エネルギー問題はいつも複雑
- 第2回 二酸化炭素の排出量を減らす
- 第3回 二酸化炭素の回収と貯留
- 第4回 自然エネルギーの現状
- 第5回 カーボン循環の構想
- 第6回 原子力発電を受け入れるかどうか
カーボンニュートラルを目指すのに最も確実で早いのは、二酸化炭素をまったく発生させないカーボンゼロ社会の実現です。しかし、現実には不可能で、もし、そんなことになればゴミの焼却処分もできないし、呼吸もできなくなってしまいます。そこで、火力発電所や工場などから放出される大量の二酸化炭素を回収し、貯留・固定する技術を確立しようという発想が生まれました。しかし、そんなこと、本当にできるのでしょうか。
エネルギー収支が赤字では意味がない
世の中では物質とエネルギーの話を混同するケースがけっこうあります。例えば、トヨタ自動車の燃料電池車MIRAIが登場したとき、「燃料は水素で排出されるのは水だけです」という説明を受けて、「じゃあ、その水から水素を取り出せば無限に走れるのでは……」と、まじめな顔で話す人が少なからずいました。確かに、水素という物質だけに注目すれば、そんな夢物語が可能なように思えます。
しかし、実際には、次のような形になります。
2H2 + O2 → 2H2O + エネルギー
2H2O − エネルギー → 2H2 + O2
水から水素を取り出そうとしたら、得られたのと同等以上のエネルギーが必要になり*1、収支は完全に赤字になってしまうのです。
炭素系の燃料を燃焼させることで発生する二酸化炭素を回収し*2、貯留する場合にも、ここに着目しなければなりません。いくら確実で安全な二酸化炭素の処理方法があったとしても、大量のエネルギーを必要とするなら意味がないのです。
二酸化炭素を地中に埋めてしまおう
二酸化炭素の回収と貯留は「Carbon dioxide Capture and Storage」の略語であるCCSと呼ばれることがあるので、ここからはCCS技術とかCCSプラントといった言い方にします。現在、大規模なCCSとして最も有力視されているのは地中に埋めてしまう方法です。泥岩などからなり二酸化炭素を通さない遮蔽層の下にパイプを通して二酸化炭素を送り込み、貯留層と呼ばれる隙間の多い地層に固定させてしまうことで、大気中に放出されないようにします。

図1:二酸化炭素の回収と地中への貯留
「地中にそんな隙間があるのか」と思われるかもしれませんが、実はけっこうスカスカの地層は多く、だからこそ地下水が下に、石油や天然ガスが上に移動するのです。さらに二酸化炭素を高圧で圧入するので、かなりの量を処分できると考えられています。
なお、貯留された二酸化炭素の一部は長い時間をかけて周囲の鉱物と反応し、吸収されていくと考えられます。その場合は、エネルギーを必要とする吸熱反応になるのですが、地中の自然熱を利用するのでエネルギー収支は赤字になりません。
米国など石油を多く産出する国では、回収した二酸化炭素を古い油田に注入することで残っている原油を押し出させるという試みも行われています。二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS:Carbon dioxide Capture, Utilization
and Storage)と呼ばれるこの方法では、「石油の増産と二酸化炭素の処理請負によるダブルの利益が期待できる」というビジネスモデルを描けることから、すでに多くの企業がこの事業に参入しているようです。
二酸化炭素の循環を利用するカーボンリサイクル
CSSやCCUSは、すでに多くの実証が行われており、カーボンニュートラルを実現していく上での有望な技術となりそうですが、ただ、やっていることは二酸化炭素の廃棄処分であり、どこかすっきりしないのは確かです。
そこで、もっとシステマチックに二酸化炭素を処理し、さらにそこから新たな利用価値を生み出していこうという発想が生まれてきました。ここでは、東芝エネルギーシステムズが推進しているP2C(Power to Chemicals)*3を参考に、二酸化炭素を資源化するカーボンリサイクルの仕組みを紹介していきましょう。

図2:P2Cによる二酸化炭素資源化。回収付きバイオマス発電はBECC(Bioenergy with Carbon Capture)とも。直接空気回収はDAC(Direct Air Capture)とも。フィッシャー・トロプシュ合成法は、液体炭化水素合成法の一つ
(出所:東芝エネルギーシステムズウェブサイト「製品・技術サービス」ページの図版を参考に編集部作成)
最初に全体像を見てください。一番上の火力発電所や工場などからの排ガスを処理施設に送り、二酸化炭素を分離回収するのが最初の工程です。次に、純度が高くなった二酸化炭素を電気分解して一酸化炭素を生成させるのですが、このときの電力は太陽光や風力などの再生可能エネルギー由来のものにすることで新たな二酸化炭素を発生させません。一酸化炭素はそれだけでも燃焼させることができるものの、毒性が高く、扱いが困難なので水素を付加して有機材料となる炭化水素を合成します。もちろん、その水素も再生可能エネルギーによって生み出されたものでなければなりません。
最後の工程では、炭素の重合反応をどこまで進めるかによってさまざまな炭化水素が生産できますが、ハンドリングのしやすさを考えたら液体燃料として使える合成油にするのがベストでしょう。石油と同じように扱えますし、燃焼させたとしてもそこで発生する二酸化炭素は回収したものなのですから、サイクル全体を通してカーボンニュートラルになります。
P2Cの構成図をみると、カーボンリサイクルを回しているのは再生可能エネルギーであり、生産される合成油は太陽光や風力が形を変えたものであることがわかります。いうまでもなく、電力は貯めたり、遠くに運んだりするのが難しいエネルギーです。しかし、こういう仕組みによって液体燃料に転換できればこれらの問題は解決し、もっと有効利用できるのです。
航空燃料がカーボンリサイクルの当面のターゲット
現在、カーボンリサイクル実現への取り組みとして積極的に進められているのが航空燃料の開発です。もっと大きな市場をもつ自動車燃料ではなく、なぜ、航空燃料なのでしょうか。
ガソリンや軽油を一般の人々が購入すると違い、航空燃料を購入するのは主に航空会社であり、販路は限られています。したがって管理がしやすく、「持続可能な航空燃料」(SAF:Sustainable Aviation Fuel)の使用を義務付けやすいのです。経済産業省も日本の空港で航空機に給油する燃料の1割を2030年からSAFにする方針を打ち出していることから、市場が確実に生まれ、生産者としては安心して開発ができるようになりました。
もちろん、自動車燃料にもそういった政策は可能ですが、購買層が広すぎて管理が行き届かず、下手をすると安い「闇ガソリン」が横行してしまうかもしれません。従って、まず航空燃料で実績を重ね、やがては石油系燃料の多くをカーボンリサイクル燃料に替えていきたいというのがいまの目論見です。
SAFの事業化に熱心な企業の一つが、このChematelsの連載「ミドリムシと藻類が切り拓く未来」の記事で紹介した株式会社ユーグレナです。ミドリムシの優れた光合成能力を利用してバイオジェット燃料「サステオ」の開発を成功させており、すでに定期便に使用された実績もあります。大気中の二酸化炭素を原料とするバイオ燃料やP2Cによるカーボンリサイクル燃料が広く用いられるようになれば、少しはカーボンニュートラルに近づいるはずで、成功を期待するばかりです。
追記
主要7カ国(G7:Group of Seven)の気候・エネルギー・環境相会合が2024年4月末に開催され、2030年から2035年までのあいだに石炭火力発電を段階的に廃止するとの方針が決定しました。さらに5月9日には電源開発(J-POWER)が2030年度までに国内の石炭火力発電所5基を廃止すると発表するなど、脱石炭の動きが加速しているように感じます。しかし、前回の記事「火力のCO2削減『石炭にデメリット、天然ガスにメリット』は単純すぎる」の内容と合わせて考えると、どこまで現実的な話なのか分からない部分もあり、これらを含めた総合判断はこの連載の最終回にまとめて行わせていただきます。
次回のテーマは「自然エネルギーの現状」の予定です。
【脚注】
*1:得られたのと同等以上のエネルギーが必要になり
燃料電池車を動かすにも、水から水素を得るにも、多くの機械類を動かさなければならず、それによるエネルギー損失(多くは熱として放出される)が生まれるからです。
*2:燃焼させることで発生する二酸化炭素を回収し
燃焼後の排気には、空気の約8割を占める窒素や使いきってない酸素、水蒸気なども含まれ、そこから二酸化炭素だけを取り出す必要があります。
*3:P2C(Power to Chemicals)
東芝エネルギーシステムズのP2Cについて詳しく知りたい方は、このサイトを参照にしてください。
https://www.global.toshiba/jp/products-solutions/hydrogen/products-technical-services/p2chemicals.html
石川 憲二(いしかわけんじ)
ジャーナリスト、作家、編集者 1958年東京生まれ。東京理科大学理学部卒業。30年以上にわたって企業や研究機関を取材し、技術やビジネスに関する解説記事を書き続けている。扱ってきた領域は、電気・電子、機械、自動車、航空・宇宙、船舶、材料、化学、コンピュータ、通信、システム、ロボット、エネルギー、生産技術、知的財産、経営、人事、マネジメントなど。
