エネルギー問題はいつも複雑【実現できる? カーボンニュートラル 第1回】
2024/05/16目次
本連載で扱う項目
- 第1回 エネルギー問題はいつも複雑
- 第2回 二酸化炭素の排出量を減らす
- 第3回 二酸化炭素の回収と貯留
- 第4回 自然エネルギーの現状
- 第5回 カーボン循環の構想
- 第6回 原子力発電を受け入れるかどうか
「カーボンニュートラル」という言葉をよく耳にするようになりました。しかし、その本質を理解している人は、案外、少ないようです。そのせいか、電気自動車(EV:Electric Vehicle)の普及推進と地球温暖化対策は直接的には結びつかないのに、「EVはカーボンニュートラルな乗り物」といった文言に出会うことが多く、戸惑ってしまいます。そこで、カーボンニュートラルの正しい考え方と実現に向けての技術、そして将来の可能性について解説していきましょう。
エネルギーの源流は一次エネルギー
「カーボンニュートラル」(Carbon Neutrality)とは、大気中の二酸化炭素などの温室効果ガスを、これ以上、増やさないようにするための考え方です。大切なのはカーボン「ゼロ」ではなく「ニュートラル」つまり「中立」となっているところで、二酸化炭素の排出量を減らすだけでなく、吸収量を増やして濃度を均衡状態に保っていこうという意味が込められています。ちなみに、人をはじめとする多くの生物たちは呼吸により二酸化炭素を吐き出しますから、「カーボンゼロ」というのは理論的には無理な話です。
このようなエネルギー問題について考える場合、前提として知っておかなければならないものに「エネルギーバランス・フロー」があります。経済産業省資源エネルギー庁が毎年度、発表する『エネルギー白書』の総論部分の冒頭*1に必ず載っている図で、日本のエネルギー政策を考える上では欠かせない基本データなのですが、一般向けのニュースや書籍ではあまり目にすることはありません。的外れな「エネルギー論」*2が横行する一因はここにあると思うので、しっかりと頭に入れておいてください。

図1:日本のエネルギー・バランスフロー概要(2021年度)。資源エネルギー庁「総合エネルギー統計」を基にしている
(出所:経済産業省「エネルギー白書2023」図【第211-1-3】)
エネルギーバランス・フローは、エネルギーの「発生→貯蓄→消費」という流れを左から右に向けて表したもので、左の列が「一次エネルギー」、真ん中が「二次エネルギー」(図では「エネルギー転換/転換損失 等」)となっていて、右が「最終エネルギー消費」になります。なお、掲げた図が2021年度と少々古いのは、集計に大変な手間がかかるからで、これが最新版です。
一次エネルギーとは、自然から直接、得られるエネルギーのことで、すべてのエネルギーの源流になります。したがって、ここに由来しないエネルギーはすべてファンタジーといえます。魔力とか神通力とかは、物語の中だけでのお楽しみです。
二次エネルギーとは、一次エネルギーを転換・加工して得られるエネルギーのことで、私たちが日常で利用するのはこちらの「製品」になります。一次エネルギーとの違いが分かるように図にまとめておきました。

図2:一次エネルギーと二次エネルギーの例
「EV=カーボンニュートラルの切り札」とはいえない
カーボンニュートラルの実現に向けてさまざまな策を練るとき、当然、考えなければいけないのは一次エネルギーについてです。この段階で炭素系の燃料である石油・天然ガス・石炭の使用量を減らさなければ二酸化炭素の排出を削減することはできません。従って、ガソリン車の代わりにEVを普及させたとしても、そこで使われる電力が化石燃料由来のものであれば意味はないのです。以前は「EVはガソリン車よりエネルギー効率が高いから火力による電力を使っていても環境にいい」といった主張をする人がいましたが、現状では最新のハイブリッド車(HV:Hybrid Vehicle)とのあいだにほとんど差はないですし、大容量バッテリーの生産や処理の過程で生じるさまざまな環境負荷を考慮すると、「EV=カーボンニュートラルの切り札」とはいえません。
ちなみに、「EVの雄」ともいえるテスラのコンパクトスポーツタイプ多目的車「モデルY」の車両重量は1780〜2003kgあります。一方、トヨタのHV「プリウス」は1360〜1480kgですから、テスラより2〜3割軽いのです。どんな動力で走ろうとも車重が大きければエネルギー効率が悪くなるのは常識ですし、さらに道路への負担*3も多くなり、そのことも重い環境負荷につながります。それを考えても、EVの普及にはもう少し慎重にならなければいけません。
化石燃料の比率減へ「二次エネルギーの多様化」という手も
エネルギーバランス・フローをもっと分かりやすくするために、一次エネルギーの構成比をグラフにしてみました。

図3:日本の一次エネルギー構成(2021年度)
すると、日本では化石燃料が8割以上を占めていることが分かります。従って、この比率を下げていくことがカーボンニュートラルへの第一歩となり、そのためには、三つの方法が考えられます。
A. エネルギー全体の消費量を減らしていく
B. 原子力や再生可能エネルギーの比率を上げていく
C. 二次エネルギーの多様化を進めていく
Aの「エネルギー全体の消費量を減らしていく」は、当然、達成していかなければならない目標であり、省エネルギーのための技術は今後も進歩していくでしょう。しかし、地球全体で考えたとき、どこまで成果があるのかは疑問です。というのは、人口上位の中国、インド、インドネシア、ブラジルといった国では今後もエネルギー消費が拡大していきそうですし、いまの「環境よりも経済成長」という方針が変わらない限り、日米欧の先進国だけで省エネルギーを進めていってもその効果は限定的になってしまうからです。
そこでBの「原子力や再生可能エネルギーの比率を上げていく」となりますが、後の回で詳説するように、原子力は住民感情の問題から比率を上げていくのにさまざまな障壁を伴います。また、再生可能エネルギーはあくまで地産地消の小・中規模電源に過ぎませんから、化石燃料の代替にはならないのです。
そこで注目されてくるのがCの「二次エネルギーの多様化を進めていく」という方法です。もう一度、「一次エネルギーと二次エネルギーの例」を見ていただければわかるように、多くの一次エネルギーは電力に変換されることで便利に、そして由来に関係なく同じように利用できます。しかし、電力には「大量に長期間、貯蓄できない*4」「遠くに運ぶと損失が大きい」といった大きな問題があり、実はけっこう使いにくいエネルギーでもあるのです。
そこで、さまざまな一次エネルギーから水素やアンモニア、合成燃料といった「保管できる二次エネルギー」に変換できるルートを拡大していけば、エネルギーの使いにくさの問題に縛られずに済みます。例えば、太陽光発電によって水素を大量生産できるプラントが普及すれば、人里離れた砂漠などに発電所を設置し、水素タンカーで遠くにエネルギーを運ぶことができるのです。
カーボンニュートラルを実現するには小手先の対策だけでは駄目で、エネルギーバランス・フローの大改革が必要になります。それだけの大事業だということを多くの人が認識し、覚悟を決めて取り組まなければなりません。
【脚注】
*1:総論部分の冒頭
『エネルギー白書』では第1部が最新版でいえば「福島復興の進捗」「エネルギーセキュリティ」などのトピックス的な話題に充てられるので、第2部第1章から読むのがセオリーです。
*2:的外れな「エネルギー論」
「自然(再生可能)エネルギーを増やせばみんなハッピー」といったイノセントな楽観論はその代表です。エネルギーバランス・フローを直視した後でそれを言えるかどうか……。
*3:道路への負担
車重の大きい自動車が多く走れば道路が早く傷みますから、舗装修繕のために、石油をもとに作るアスファルトや化石燃料を大量に燃やして作るセメントが余計に必要になりますし、追加工事にかかるエネルギーもばかにはなりません。ちなみに、日本の軽自動車の車両重量は650kgくらいでテスラの車の約3分の1ですから、どう考えてもこっちのほうが環境によいはずです。
*4:大量に長期間、貯蓄できない
電力(電気エネルギー)というのは電子が導体の中を移動している状態で発生するものですから、そのまま保存することはできません。化学エネルギーに変換して貯めるのが電池、水の位置エネルギーに変換するのが揚水発電ですが、大容量化するのはかなり大変です。
石川 憲二(いしかわけんじ)
ジャーナリスト、作家、編集者 1958年東京生まれ。東京理科大学理学部卒業。30年以上にわたって企業や研究機関を取材し、技術やビジネスに関する解説記事を書き続けている。扱ってきた領域は、電気・電子、機械、自動車、航空・宇宙、船舶、材料、化学、コンピュータ、通信、システム、ロボット、エネルギー、生産技術、知的財産、経営、人事、マネジメントなど。
