企業経営これからの課題は「排出量取引・水素・CCUS」にあり【これだけは知っておきたい「脱炭素経営」 第6回】
2025/09/25脱炭素経営をテーマに、製造業の現場経験と自治体での環境行政の実績を持つ筆者がお届けするChematelsの「これだけは知っておきたい『脱炭素経営』」。最終回となる第6回のテーマは「脱炭素経営の今後の展望と課題」です。企業が脱炭素経営を進める中で、国や産業界はどの方向に向かうのか。今回は、化学産業に深く関わる「排出量取引制度(GX-ETS)」「水素・アンモニア」「二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)」という三つのキーワードを軸に解説します。今後の動きを理解することで、リスクに備えられるだけでなく、新たな成長のチャンスをつかむことができます。
目次
本連載で扱う項目
- 第1回 脱炭素経営の基本的な考え方と重要性
- 第2回 「スコープ1・2・3」の基礎知識
- 第3回 脱炭素経営のための初めの一歩
- 第4回 実践する企業の成功事例と教訓
- 第5回 企業が取り組む意義とメリット
- 第6回 脱炭素経営の今後の展望と課題
※変更となる場合があります
これからの脱炭素経営はどこへ向かうか
「2050年までに自社の二酸化炭素(CO₂)排出を実質ゼロにする」と言われれば、とうてい無理と感じる人もいるでしょう。しかし、これこそが日本を含む各国が掲げる2050年カーボンニュートラルの意味です。日本政府は、2030年に2013年度比で46%削減、2035年に60%削減、2040年に73%削減という段階的な目標も示しています。
いまや多くのグローバル企業が自社のカーボンニュートラルを宣言しており、化学業界では日本化学工業協会が2030年度に2013年度比で32%削減を掲げました。もはや「無理」では済まされず、業界全体が行動を迫られているのです。
では、こうした目標を踏まえて、国や産業界の取り組みはどの方向に進んでいくのでしょうか。以降で、脱炭素経営を理解する上で重要な三つのキーワードを取り上げ、今後の展望を解説します。いずれも化学産業と深く関わり、事業環境を大きく左右するものです。
「排出量取引制度(GX-ETS)」が2026年から本格始動へ
政府は2026年度から「排出量取引制度(GX-ETS:Green Transformation - Emissions Trading
System)」を本格的に導入します。排出量取引制度は、企業に温室効果ガスの排出枠を割り当て、超過分や余剰分を市場で売買することを可能とする仕組みです(図1)。

図1:排出量取引制度
(出所:内閣官房GX実行推進室2025年2月公表「GX2040ビジョンの概要」を加工して作成)
この制度では年間排出量が10万トン以上の事業者が義務対象となり、鉄鋼、化学、石油など約400社が参加する見込みです。排出枠を超えるとコストが増大し、取引先を通じて非対象企業にも影響が及ぶ可能性があります。
こうした炭素に値付けする「カーボンプライシング」の動きは今後さらに広がり、多くの産業でCO₂排出に対する追加コストが発生すると見られます。
「水素・アンモニア」の導入量、2030年に年間300万トンを目指す
水素やアンモニアは燃焼時にCO₂を出さない次世代燃料であり、発電や高温熱源に加え、化学品原料としての活用を期待されています。政府は導入量を2030年に300万トン、2040年に1200万トン、2050年に2000万トンとする目標を掲げています。また、水素の供給コストは2030年に1ノルマル立方メートル(Nm3)あたり30円、2050年に同20円、アンモニアは2030年に同10円台後半を目標としています。
世界の水素市場は拡大を続け、2050年には2022年の約5倍の需要量となり(図2)、市場規模は年間2.5兆ドルに成長すると試算されています。こうした動きは化学業界にとって大きな商機となりますが、普及にはコスト低減と安定供給が欠かせず、サプライチェーンの整備が鍵となります。

図2:世界の水素等需要量。国際エネルギー機関 2023年公表「Net-Zero Roadmap」のシナリオを元に算出したもの
(出所:経済産業省2024年9月公表「目前に迫る水素社会の実現に向けて〜「水素社会推進法」が成立 (前編)サプライチェーンの現状は?」の図を加工して作成)
2030年から「CCUS」の商用化が進む見込み
二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS:Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)は、工場などから排出されたCO₂を回収し、地中に貯留する「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)」と、燃料や化学品の原料に利用する「CCU(Carbon dioxide Capture and Utilization)」を含む技術の総称です。
政府は2050年に年間約1.2〜2.4億トンのCO₂貯留体制を実現させるため、2030年からの商用化を目指しており、CCSの大規模実証が国内各地で進められています。
またCCUでは、プラスチックの一種のポリカーボネート、合成燃料、バイオマスや廃棄物などを原料とする持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)、合成メタン、コンクリート製品などが2030年頃から普及しはじめ、2050年には最大2億トンのCO₂リサイクル量になると試算されています。

図3:カーボンリサイクル拡大の絵姿
(出所:経済産業省2023年6月公表「カーボンリサイクルロードマップ」の図を加工して作成)
CCUSはコスト低減という大きな課題を伴う技術ですが、化学産業にとって重要な脱炭素手段の一つと位置づけられます。
「脱炭素経営」はやがて使われなくなる言葉になる
今回紹介した動きは、国や産業界が描く方向性の一端にすぎません。出発点となるのはまず「知る」ことですが、とくに中小企業ではこの「知る」の段階で足踏みしてしまうケースが目立ちます。将来の流れを理解することは、変化に備えるだけでなく、新たな成長のチャンスをつかむことにつながります。
やがて脱炭素経営は経営の常識となり、この言葉自体が使われなくなる時代が訪れるでしょう。その変化を見据え、いまから一歩を踏み出すかどうかが、企業の将来の競争力を左右する鍵となります。
参考文献
- 内閣官房・環境省・経済産業省 2025年2月「地球温暖化対策計画の概要」
https://www.env.go.jp/content/000291668.pdf - METI Journal ONLINE 2024年12月27日「『排出量取引制度』って何? 脱炭素の切り札をQ&Aで 基礎から学ぶ」
https://journal.meti.go.jp/p/36485/ - 再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議 2023年6月6日「水素基本戦略」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/20230606_2.pdf - 経済産業省 2023年3月「CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/pdf/20230310_1.pdf - 経済産業省 2023年6月23日「カーボンリサイクルロードマップ」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/pdf/20230310_1.pdf
和地慎太郎(わちしんたろう)
ライター(元技術系公務員)。東北大学大学院応用化学修了後、大手製造業で電子材料などの製造開発に従事。その後、地方公務員の化学技術職として、製造業者など多数の企業に対し、廃棄物処理など環境分野での施策を実施。環境省認定制度脱炭素アドバイザー、公害防止管理者、廃棄物処理施設技術管理者の各資格を保有。ビジネス系webメディアや製造業者のwebサイトなどで主に執筆。新著に『ビジネス教養として知っておくべきカーボンニュートラル』(ソシム)がある。
