有機EL画素、電子回路、ペロブスカイト太陽電池薄膜を「印刷」で実現!【インクジェットが社会を変える 第5回】
2025/07/31Chematelsの連載「インクジェットが社会を変える」をお届けしています。第5回は、精密デバイスの製造プロセスを変革しうる「プリンテッド・エレクトロニクス」という技術への応用に光を当てます。インクジェットがもたらす「省資源」「省プロセス」「高い形状自由度」という三つの価値を大いに活用できるのが、プリンテッド・エレクトロニクスです。既存の製造プロセスをどう超えようとしているのか。具体的な例示や従来手法との比較をしながら、この技術の最前線に迫ります。
目次
本連載で扱う項目
- 第1回 インクジェット技術
- 第2回 ファッション・テキスタイル市場の変革
- 第3回 デジタルファブリケーション
- 第4回 3Dプリンティングへの応用
- 第5回 電子工学におけるプリンテッド・エレクトロニクス
- 第6回 医療におけるバイオ・プリンティング
※変更となる場合があります
プリンテッド・エレクトロニクスとインクジェットの役割
プリンテッド・エレクトロニクス(PE:Printed electronics)は、基板に対して各種印刷技術を駆使することで導電性・半導体などの機能を持つインクを塗布し、電子デバイスを製造する技術といえます。電子デバイスの軽量化、大面積化、フレキシブル化の要求に応える技術として注目されています。
プリンテッド・エレクトロニクスは従来手法と比べ、必要な材料を必要な場所にのみ配置できる場合が多く、省資源や工程の簡略化といった価値を提供することが期待されています。
各種印刷技術が使われますが、中でもインクジェットには、非接触の描画で軟面・立体・曲面に対応できる「形状自由度の高さ」や、デジタルかつ直接露光描画による「パターン設計の容易さ」という独自の価値があります。
以降で、これらの価値が実際の製造現場でどう活用されているのかを紹介します。なお、こうした機能性材料を扱う産業用途では、第1回「紙以外にも対象用途は拡大中」で触れたインクジェット方式の分類の中でも、熱を使わず粒子や感光性材料を傷めずに印刷可能な「ピエゾ方式」のヘッドが不可欠となっています。
ディスプレイ製造での「省資源」「省プロセス」両立を実現
大型の有機エレクトロ・ルミネッセンス(OEL:Organic Electroluminescence)ディスプレイの製造は、プリンテッド・エレクトロニクスが持つ「省資源」「省プロセス」の価値が発揮されている代表的な分野です。
従来の製造法である蒸着方式では、真空中で高価な発光材料を蒸着させるため、巨大な真空装置と長いプロセス時間が必要でした。また、画素を塗り分けるための精密な「ファインメタルマスク」には、大型化すると自重でたわむという物理的な制約がありました。

図1:蒸着方式とインクジェット方式での有機ELパネル製造法の比較
(出所:マクセル「有機ELディスプレイパネル蒸着用高精細ハイブリッドマスク」、ラディアントビジョンシステムズ「Is Inkjet Printing the Answer to OLED Production Challenges?」を参考に作成)
これに対し、インクジェット方式は、「印刷」の技術を用いた方式です。大気圧下で直接的に発光材料を塗り分けるため、真空工程とマスクが不要になり、プロセスの大幅な簡略化を通じて設備投資・運用コストの低減を期待できます。こうした省プロセスを同時に、材料の利用効率が90%以上と非常に高いため省資源も実現し、大型パネルのコストダウンを可能にします。現在、韓国サムスンディスプレイ社などが量産化適用を進めています。
電子回路のエッチング工程を不要にして環境負荷を大幅低減
電子回路の製造では、プリンテッド・エレクトロニクスによる環境保全面での価値が際立っています。
従来法のフォトリソグラフィでは、基板全体に導電膜を形成した後、不要な部分を薬品で除去する「引き算」のプロセスがとられます。材料のロスが大きく、不要な部分の膜材料を除去するエッチングの工程で有害な廃液が発生するなど、環境面の課題がありました。

図2:基板製法における工程削減
(画像提供:エレファンテック)
一方、スタートアップのエレファンテック(本社東京都中央区)は、銅ナノインクのインクジェット印刷でシード層を形成し、その後、銅めっきでシード層を成長させることで回路配線を形成する独自製法を確立しました。これは材料の無駄をなくすだけでなく、エッチング工程を不要にするため、環境負荷を劇的に低減するサステナブルな製造技術といえます。
ペロブスカイト太陽電池の「曲がる」「軽い」に「高い形状自由度」を生かす
独特の構造をした結晶を材料とするペロブスカイト太陽電池は、「曲がる」「軽い」といった特徴から、建物の壁やウェアラブル機器の電源など、新たな用途を拓く次世代エネルギーデバイスとして期待されています。
このような形状自由度の高いフレキシブルなデバイスを製造するためには、フィルム基板に非接触で描画できる印刷技術が適しています。研究開発で多用されてきたスピンコート法は、硬く平坦な基板にしか対応できず、材料のほとんどが廃棄されるという課題を持っていました。

図3:ペロブスカイト太陽電池
(出所:新エネルギー・産業技術総合開発機構/パナソニック 2020年1月20日「ペロブスカイト太陽電池大面積モジュールで世界最高変換効率16.09%を達成」、化学日報工業2024年4月8日「ペロブスカイト太陽電池 量産・普及へ日本の現在地」を参考に作成)
これに対し、インクジェット方式には、材料ロスを抑えながらフィルム基板へ直接描画できる上、デジタル制御によって塗布パターンを自在に設計できるという大きな利点があります。この特徴は、低コスト量産化を実現するキーテクノロジーとして期待されており、日本ではパナソニックなどがこの技術の社会活用を目指しています。
材料化学と装置技術の進歩がプリンテッド・エレクトロニクスの普及を促進
これらの革新的なプロセスは化学メーカーが開発する機能性インクが支えており、その安定性を担保するのが「インク循環機構」のような装置側のプロセス技術です。コニカミノルタや富士フイルムといったヘッドメーカーが開発するこの機構は、粒子を含むインクの安定吐出を可能にし、生産ラインの長期稼働を支えています。

図4:安定した吐出を支える装置側の技術
(出所:コニカミノルタ「技術紹介 ノズル循環技術」を基に作成)
今回紹介したインクジェット技術によるプリンテッド・エレクトロニクスの事例は、それぞれ実用化に向けてのポジションが異なります。有機ELディスプレイは量産適用を目指す段階、またエレファンテックの電子回路は既に量産が開始された段階、そしてペロブスカイト太陽電池は社会実装に向けた実証段階にあります。いずれにしてもプリンテッド・エレクトロニクスは、着実に研究開発から産業化へと移行しつつあります。
優れた「材料化学」と、それを生かす「装置技術」の両輪が揃って初めて、インクジェット技術は「省資源」「省プロセス」「高い形状自由度」という真価を発揮します。化学とプロセス技術の進歩が、未来のデバイスをより自由に、効率的に生み出すでしょう。
次回は、「マテリアル」が生きた細胞へと変わる応用分野「バイオ・プリンティング」の世界を紹介します。
参考文献
- 標準化政策部会プリンテッドエレクトロニクス標準化専門委員会「プリンテッドエレクトロニクス技術とは」
https://home.jeita.or.jp/tss/printed/ - ラディアントビジョンシステムズ「Is Inkjet Printing the Answer to OLED Production Challenges?」
https://www.radiantvisionsystems.com/blog/inkjet-printing-answer-oled-production-challenges - マクセル「有機ELディスプレイパネル蒸着用高精細ハイブリッドマスク」
https://biz.maxell.com/ja/sustainable-oled.html - エレファンテック 2024年12月17日「SustainaCircuits™ 技術による汎用多層基板の開発に成功」
https://elephantech.com/news/press_release_20241217/ - 化学工業日報 2024年4月8日「ペロブスカイト太陽電池-量産・普及へ日本の現在地-
https://chemicaldaily.com/single?news_code=OK0000024040809901_00001 - コニカミノルタ「ノズル循環技術」
https://research.konicaminolta.com/jp/technology/tech_details/nozzlerecirculation/
林駿佑(はやししゅんすけ)
メーカー勤務。修士(理工学)。大手メーカーに技術職として入社後、物性評価・プロセス開発の業務を行い、開発業務以外にも商品企画や品質保証業務に携わる。画像判定技術の開発を進めていく中で、「ものづくり×デジタル」の領域に強い関心を持ち転職。現在、製造現場のデジタル化とデータ分析・活用に取り組んでいる。
