複写機事業の横展開!インクジェット製膜で競合優位性を高める【ペロブスカイト太陽電池の現在地 第4回】

2025/12/02
Image

Chematelsの連載「ペロブスカイト太陽電池の現在地」をお届けしています。第4回は、インクジェット印刷技術によるペロブスカイト太陽電池の開発についてです。リコーは、有機感光体関連の技術とインクジェット印刷の技術を組み合わせることで、ペロブスカイト太陽電池の製膜技術を高めるなどし、競合優位性を向上させようとしています。同社の利根哲也氏、兼為直道氏、田中裕二氏が寄稿します。

目次

本連載で扱う項目

有機感光体技術とインクジェット技術をペロブスカイト太陽電池開発に

Image

図1:リコーがインクジェット印刷で作製したペロブスカイト太陽電池

リコーは、基幹事業である電子写真複写機事業において優れた有機感光体に関する技術を先鋭化させており、有機半導体、光電変換材料、有機半導体生産の各技術で世界トップレベルを維持しています。

次世代の太陽電池として期待されるペロブスカイト太陽電池は、有機感光体と構造が類似していること、そのため優れた生産技術を展開しやすいこと、電荷発生原理・電荷輸送原理など適用できる要素技術が多いことから、有機感光体関連技術を展開させることで、いち早い事業展開を見込むことができます。

加えて、当社の強みであるインクジェット技術をこれらの技術と融合させることで、生産性・コスト競争力を有する次世代太陽電池技術に磨き上げることが可能となります。

当社はこれらの競合優位性を有する技術を融合させた「インクジェット印刷ペロブスカイト太陽電池」の開発に取り組み、2025年度にグリーンイノベーション(GI:Green Innovation)基金事業「次世代型太陽電池の開発/次世代型太陽電池実証事業」に採択されました。この記事ではリコーの強みを活用したペロブスカイト太陽電池技術について紹介します。

インクジェット製膜で、競合優位性を高めていく

インクジェットプロセスは、「1兆分の1リットル」を表す「ピコリットル」サイズの微小滴を非接触で印刷する仕組みによるものであるため、用紙などメディアへの対応力が広く、印刷速度も高いという特徴があります。

リコーは多様な液物性に対応する自社のプリントヘッドに加え、さまざまな機能をもつ材料をインク化する技術を有するとともに、容易に模倣できない複雑性の高いヘッド・インクをプリンティングシステムとして成立させ、精密かつ正確にジェッティングするシステム技術を有しています。当社はこれらのインクジェット技術を磨き上げ、主幹事業を支えるコア技術として、オフィスをはじめ商用印刷・産業印刷といったさまざまな領域に展開しています(図2)。

Image

図2:リコーのインクジェット技術

この競合優位性の高いインクジェット技術を、ペロブスカイト太陽電池の製膜に適用することができれば、生産性・コストといった、社会実装に不可欠な要素について競合優位を実現することができます。それだけでなく、ペロブスカイト太陽電池の展開用途として期待される壁面設置に対して高い顧客ニーズとなっている意匠性についても強みを発揮することが可能となります。さらに、ロール状だったフィルムを加工装置に通してから再びロール状にするロール・トゥ・ロール工法にインクジェット技術を組み込むことで、さらなる生産性を向上させることができます。

JAXA「宇宙探査イノベーションハブ」研究に採択され、研究成果を上げる

当社では、インクジェット技術とペロブスカイト太陽電池技術とを融合した「インクジェット印刷ペロブスカイト太陽電池」の研究開発を進めています。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「宇宙探査イノベーションハブ」第8回研究提案募集(RFP:Request For Proposal)で採択を受けたプロジェクト「フレキシブルガラスを用いたRoll to Roll All-Inkjet塗布型 高耐久ペロブスカイト太陽電池シートの創出」では、以下に示すような優れた研究成果を得られました。

研究成果のハイライト

  • 各機能層におけるインクジェット製膜による太陽電池特性の把握(2 mm角 変換効率η:~22%)
  • 総膜厚45 μm の極薄封止デバイス(80 mm角 変換効率η:18%≒1キログラムあたり1112 W)
  • 300mm角基板多セルモジュール・インクジェット印刷でのペロブスカイト層(PVKL:Perovskite absorption layer)の作製
  • 1メガ電子ボルト電子線照射による着色性の少ないロール・トゥ・ロールプロセス適応可能な基材の獲得
  • インクジェット印刷によるペロブスカイト層においても、1メガ電子ボルト電子線照射による太陽電池特性劣化なし
  • 地上実装に関しては、80mm角ペロブスカイト太陽電池(スピンコート製膜)における実証実験を実施中
  • 宇宙適応に関しては、大学衛星チームと共創活動を実施中

→ 38mm × 60mmペロブスカイト太陽電池(ペロブスカイト層のみインクジェット製膜)を小型衛星キューブサットへ実装し、宇宙空間での実証開始

屋外設置で電流量・照度モニタリング、安定した光電変換の可能性を得る

また、インクジェット印刷にて製膜したペロブスカイト太陽電池の発電特性を評価するため、屋外設置したモジュールの各月における平均電流量をモニタリングするとともに、電流量と環境要因との相関を把握するため、ペロブスカイト太陽電池の横に照度センサーを設置し、平均照度データの収集も行いました。図3に2024年11月から6カ月間の電流量および照度の推移を示します。

Image

図3:外壁設置したペロブスカイト太陽電池の電流量・照度推移。実施期間は2024年11月~2025年5月

この結果から分かるように、夏季に向かって照度が大きくなるにつれて平均電流量も上昇傾向を示し、比較的長期にわたる照度の変化に追従した電力産出がされることが示されました。この相関関係はペロブスカイト太陽電池が実用環境においても安定した光電変換特性を有することを示唆しているものと考えられます。

インクジェット印刷ペロブスカイト太陽電池で持続可能な社会に貢献していく

現在、リコーでは基幹事業である複写機事業で培った有機感光体技術とインクジェット技術を融合した「インクジェット印刷ペロブスカイト太陽電池」の技術を磨き上げることによって、ペロブスカイト太陽電池の迅速な普及に寄与したいと考えています。これまで設置が難しかった耐荷重性の低い屋根や壁面などの場所でのエネルギー創出や、モノのインターネット(IoT:Internet of Things)社会における各種センシングデバイスへの電力供給など、幅広い活用を通じて持続可能な社会の実現に貢献していく考えです。

次回は、ペロブスカイト太陽電池の特許をめぐる動向と知財戦略について、SK弁理士法人の奥野彰彦氏が解説する予定です。

参考文献

  1. NEDO 2025年9月10日 「2025年度『グリーンイノベーション基金事業/次世代型太陽電池の開発/次世代型太陽電池実証事業』の追加公募に係る実施体制の決定について」
    https://www.nedo.go.jp/koubo/FF3_100433.html
  2. リコー 「リコーのインクジェット技術の広がり」
    https://jp.ricoh.com/technology/inkjet.
  3. JAXA 宇宙探査イノベーションハブ 2024年 「第8回RFPアイデア型『フレキシブルガラスを用いたRoll
    to Roll All-Inkjet塗布型 高耐久ペロブスカイト太陽電池シートの創出』」
    https://www.ihub-tansa.jaxa.jp/assets/prev/files/report/report_8_12_2.pdf
  4. リコー 2025年9月10日発表「リコー、大和ハウス工業、NTTアノードエナジーのコンソーシアムによるペロブスカイト太陽電池の社会実装に向けた技術開発と実証事業がNEDOのグリーンイノベーション基金に採択」
    https://jp.ricoh.com/release/2025/0910_2

利根哲也、兼為直道、田中裕二

※1(としね てつや) 株式会社リコー 技術統括部 先端技術研究所 IDPS研究センター 事業戦略グループ エキスパート。1998年3月、大阪府立大学大学院 工学研究科 物質系専攻 博士前期課程修了/修士(工学)。他業界での架橋系材料開発およびコンサルタントを経て、2003年に株式会社リコー入社。有機感光体の研究・開発・製品化に従事し、有機感光体の長寿命化技術の開発と製品化を担当。2021年から次世代太陽電池開発にうつり、開発・マネジメントに従事。2023年より、インクジェット印刷ペロブスカイト太陽電池のマネジメント、事業化推進をリード。2025年度グリーンイノベーション基金事業の採択においては中心的な役割を果たす。同プロジェクトの事業化推進リーダーをつとめる。主な専門分野は有機化学・高分子化学・電気化学。 

 

※2(かねい なおみち)株式会社リコー 技術統括部 先端技術研究所 IDPS研究センター 事業戦略グループ。2013年3月、東京理科大学大学院 理工学研究科 工業化学専攻 修士課程修了/修士(工学)。同年、株式会社リコー入社。色素増感太陽電池の開発、設計、製品化および太陽電池を搭載したIoT機器の企画、営業、有機薄膜太陽電池の設計、実証実験リーダーを経て、ペロブスカイト太陽電池の事業化推進を担当し、2025年度グリーンイノベーション基金事業への採択に尽力。色素増感太陽電池の市場形成に向けて電子情報技術産業協会(JEITA)に委員として参加し、JEITA規格(屋内光下での太陽電池の性能評価方法)策定に貢献。主な専門分野は電気化学。 

 

※3(たなか ゆうじ)株式会社リコー 技術統括部 先端技術研究所 IDPS研究センター PV開発室 エキスパート。2002年3月、信州大学大学院 工学系研究科 機能高分子学専攻。博士前期課程修了/修士(工学)。同年、株式会社リコー入社。有機感光体分野における材料・デバイス開発にて新規技術に従事。2012年より、固体型色素増感太陽電池を開発し、屋内向け環境発電モジュールを世界で初めて製品化し、量産化を主導。2021年より、ペロブスカイト太陽電池の開発リーダーを従事。インクジェット印刷ペロブスカイト太陽電池を開発リーダーとして牽引。2025年度グリーンイノベーション基金事業に採択。同プロジェクトの技術開発リーダーをつとめる。主な専門分野は、有機合成化学、デバイス設計。