香りの歴史たどり畑から工場へ【専門家が解説!香料の基礎知識 第4回】
2023/09/26目次
香料メーカーで長らく研究開発・企業戦略・海外市場開拓など香料全般に関わってきた藤田豊さんによるChematelsの連載「専門家が解説!香料の基礎知識」をお届けしています。今回のテーマは「香料の歴史」。香料がどう発展してきたか、その歩みをたどります。
洋の東西を問わず香りに逸話あり
クレオパトラには、バラの香りを愛し、浴槽にバラの花をびっしり浮かべていたとか、彼女の船がやってくるのが遠くから分かるように帆にバラの香りを染み込ませていたとかいう逸話が残されています。また、日本でも東大寺正倉院の香木「蘭奢待(らんじゃたい)」が時の権力者だった足利義満、足利義教、足利義政、土岐頼武、織田信長、明治天皇たちに切り取られたという記録があります。
このように、昔から香りは人々を魅了し、しかも高価であったが故に、富と権力の象徴として使われてきました。
仏グラース、香料の役割が伝わり原産地に
「香料」が歴史上で大きく取り上げられだすのは、ヨーロッパ諸国が東南アジアのこしょうなどの香料を求めた15~17世紀にかけての大交易時代においてです。この時代の「香料」は、いまでいう「香辛料・スパイス」であり、現代、私たちが使う調合香料という意味での「香料」とは意味が少し違います。
とはいえ現代でも香辛料は、フレーバーはいうに及ばすフレグランスにとっても大事な天然香料の原料です。香辛料から作られた天然香料は、多くの香料の原料として使われています。
南フランス・カンヌから北西に15キロメートルほど行った丘陵にグラースという香料で有名な町があります。もともと12世紀末ごろから皮革工業が盛んでしたが、16世紀、イタリア・フィレンツェのトンバリレという人物から香料が皮の臭いを消すのに役立つことが伝わり、香料植物が栽培される地域になりました。その後、近くの大港湾都市マルセイユなどで石鹸が使われ始めると、香料はその油脂臭をカバーするために使用され、グラースは香料生産の中心地として発展していきます。温暖な地中海性気候は、ジャスミン、ローズ、ラベンダー、オレンジフラワーなど多くの香料植物の栽培に適しており、グラースはいつしか「香料のメッカ」と呼ばれるようになりました。

図1:フランス・グラースのバラ畑
なお、香料植物から精油ともよばれる天然香料を採る方法としては、圧搾法、水蒸気蒸留法、溶剤抽出法などがあります。これらの技法は中世の錬金術時代から近代化学が花開く18世紀末までに確立されています。
オーデコロンは「不思議な水」だった
ところで、香水は20%程度の香料を80%程度のエタノールで希釈したものですが、より薄い、香料5~10%程度のものがオーデコロンです。このオーデコロンという名前の由来をご存じでしょうか。

図2:オーデコロン
16世紀末、イタリアで「不思議な水」と訳される「アクア・ミラビリス」が開発されました。1792年10月8日、ドイツのケルンで実業家ウィルヘルム・ミューレンスの結婚式があり、修道士からの祝福品である羊皮紙に書かれていたのが、この「アクア・ミラビリス」の処方でした。1795年にミューレンスがケルンで「アクア・ミラビリス」を発売すると、これが評判に。ナポレオン戦争(1799~1815年)で、プロイセンに侵攻していたフランス軍兵士が、ケルンから「アクア・ミラビリス」を大量に持ち帰り、家族や恋人に贈ったのです。それがフランスでは「Eau de Cologne(ケルンの水)」と呼ばれ、オーデコロンの名前の起源となったのです。
「香水の未来は化学の手中に」
その後、おおよそ1870年代から1910年代までに起きた第二次産業革命で化学工業が発展し、さまざまな物質が化学合成され商品化されるようになり、現在の香料産業が形成されたといえます。シャネルNo. 5 を創ったことで有名なフランスの調香師エルネスト・ボー(1881-1961)は次の言葉を遺しています。
“We’ll have to count on chemists to find new substances, if we are to make new and original notes. Yes, the future of perfumery is in the hand of chemistry.”
(われわれ調香師が独創性のある斬新な香調を創作するには、新規物質を開発する化学者を頼りとすることになるであろう。そう、香水の未来は化学の手中にあるのだ)

表1:香料会社の創業史。シャラボは2020年よりロベルテグループ。ハーマン&ライマーは現シムライズ。日本のカッコ内は現社名。国旗は過去にちなんだもの
エステル類・クマリン・バニリン・イオノンは現在でもよく使われる合成香料ですが、それぞれ初めて合成されたのが、1850年・1868年・1876年・1893年です。表1にあるように、現在まで続く香料会社の多くが洋の東西を問わずこの時期に創業されているのは、この時期に香料原料として天然香料のみならず合成香料が使えるようになったからです。
次回のテーマは「香料産業の現状と将来」の予定です。
藤田 豊(Yutaka Fujita)
1955年生まれ。大阪大学理学部高分子学科卒業。小川香料(株)にて、研究開発部で香料開発に従事した後、本社企画室社で社内の研究開発体制を刷新し、さらに国際部や海外駐在で同社の海外事情展開に携わる。2020年、定年退職後、香料や食品添加物についての講演会、学習会などで活動中。
