石油価格が上がればミドリムシが元気になる【ミドリムシと藻類が切り拓く未来 第5回】
2022/05/17
連載の目次
- 第1回 ミドリムシって、そもそもどんなやつ?
- 第2回 ミドリムシ燃料が地球温暖化を止める?
- 第3回 石油に頼らないプラスチックスを!
- 第4回 地球をクリーンにするスーパー藻類たち
- 第5回 石油価格が上がればミドリムシが元気になる
ミドリムシを含む藻類たちは多くの可能性を持っており、食品やエネルギー、新素材、環境などの分野で活躍してくれそうです。ただし、「漠然とした期待感」だけで研究や開発が進むわけではありません。最終回は、「藻類の今後」を大きく左右する石油価格との関係について解説します。
2010年代に始まった藻類ブーム
筆者が日刊工業新聞社から『ミドリムシ大活躍! 小さな生物が創る大きなビジネス』という本を出したのは、2013年10月のことでした。ミドリムシの有用性について解説した初めての一般書*1であったためか、多くの方に興味をもっていただけたのは幸いです。

図1:石川憲二著『ミドリムシ大活躍! 小さな生物が創る大きなビジネス』(2013年10月、日刊工業新聞社刊)
その後しばらくの間、ミドリムシや藻類の可能性を論じた本が続けて出版されます。びっくりしたのは、『ミドリムシは植物ですか? 虫ですか?』*2(2014年、羽鳥まりえ著、KADOKAWA刊)というマンガまで発売されたことです。世間の関心が高まっているのを強く感じました。
さらに2015年ごろ、他の出版社からも、こんな執筆依頼を受けました。
「ある大手企業が大規模な藻類バイオマス事業を計画しており、紹介する本を出せないかと相談を受けている」
その大手企業は、以前に入社案内の原稿も書いていた「よく知る会社」でしたし、ビジネスとして期待できそうだったので、「話が決まったら連絡して」と前向きな返事をしておきました。
ところが、その後、出版が決まったという話どころか、事業そのものの噂を聞かなくなったので、どうやら立ち消えになってしまったようです。
その後、この連載でもたびたび登場するベンチャー企業のユーグレナ社は順調に成長し、食品からエネルギーへと事業を拡大してきました。しかし、それ以外の藻類バイオマスビジネスについてはあまり大きなニュースはなく、関連書も活発に出版されているとはいえません。
いったい何があったのでしょうか。
バレル100ドル以上で開発が進む
これらの動きの背景にあったのは石油(原油)価格の変動です。原油の値段は1970年代前半まで1バレル数ドル程度でした。1バレルは約160リットルですから、1970年の1ドル=360円という相場でも激安なのがわかります。当時は油田のある場所に穴を掘れば自然に石油が噴き出してきたので、いまでいうミネラルウォーター並みの価値しかなかったのです。
その後、オイルショックを経てバレル30ドル以上になり、1980年代の終わりから20世紀中は安値安定が続くものの、資源の枯渇が本気で心配されるようになった2000年代からは上昇傾向に転じます。そして、2011年以降はバレル100ドル以上が当たり前になったのです。

図2:原油価格の推移(月平均)
(出所:石油連盟『今日の石油産業2020』を参考に編集部作成)
実は、この「100ドル」のラインが非常に重要で、これを境に世の中は大きく変わります。例えば、一時期、話題になった米国のシェールオイルは、採掘方法が特殊なため生産コストがバレル50〜110ドルになるといわれました。従って、原油価格が100ドル以上にならなければ利益を得るのは難しいのです。
その他、在来型の油田からとれる原油を除けば、新しく開発された石油系資源の生産コストは軒並み高く、バレル100ドル前後の売値が付かない限り、開発にブレーキがかかってしまいます。そして、これは藻類バイオマス燃料に関しても同じだったのです。
そこで改めて原油価格の推移を見ると、2015年以降は急激に下がり、低い時はバレル20ドル水準にまでなります。これでは、シェールオイルも藻類バイオマス燃料も将来に不安を生じさせ、積極的な事業拡大を呼び起こすことにはなりません。筆者への新たな仕事の依頼が消えてしまったのには、そんな事情もあったようです。
ミドリムシ・藻類の今後の活況に期待
それでは、今後はどうなるのでしょうか。個人的な見解ですが、原油価格は中長期的には上昇し、高値安定が続くのではないかと考えています。あくまで予測ではあるものの、資源量の低下は事実であり、中東の産油国でも生産量は減っていくと思われるからです。

図3:石油資源の生産コスト。正確な採掘コストは公開されないことが多いため概算値
(出所:国際エネルギー機関など複数の機関による資料を基に内容筆者作成)
そうなると、より採掘コストの高い海底油田産の原油やシェールオイルに頼らざるを得ず、価格の底上げが始まります。加えて、世界第2位の産油国であるロシアが、ウクライナ侵攻による経済制裁で国際社会からブロックされ続けると、供給状況はますます不安定になるでしょう。
逆の材料として、地球温暖化対策による化石燃料の使用制限が行われるようになると、需要の減少による価格低下*3が起きることも考えられないではありません。しかし、その場合にはカーボンニュートラルであるバイオマス燃料の使用拡大に向けてさまざまな政策が始められるので、石油とは別の市場を形成していけるはずです。
整理しておきます。
- 新型コロナウイルス感染拡大で一時的に停滞したものの、2018年以降、原油価格はバレル60ドル以上と、比較的、高値で推移していた
- ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー供給への不安感が強まった
- 地球温暖化対策でバイオマス燃料利用推進への政治的バイアスがかかりそう
これらを考え合わせると、ミドリムシや藻類によるバイオマスビジネスは、21世紀中盤から後半にかけて活気づいていくのではないかと期待しています。それだけに、もっと多くの人にミドリムシや藻類に関心をもっていただき、応援していってほしいですね。
連載「ミドリムシと藻類が切り拓く未来」は今回で終了です。ご愛読ありがとうございました。
*1:初めての一般書
前年にユーグレナ社の創業者である出雲充氏の著書『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。 東大発バイオベンチャー「ユーグレナ」のとてつもない挑戦』(2012年、ダイヤモンド社刊)が出版されていますが、こちらは起業に至った経緯と事業内容が主になっています。その他、「これだけで健康になれる!」的な、あまり科学的とはいえない藻類関連の本はいくつかありましたが、参考にならないのでここでは外します。
*2:『ミドリムシは植物ですか? 虫ですか?』
多くの微生物の生態などを解説してくれるマンガで、2012年から雑誌で連載が始まっていたようです。作者は東京農業大学を卒業している方だけあって、科学的な知識に裏付けられた内容になっています。
*3:需要の減少による価格低下
先進国において化石燃料の使用を制限したとしても、新興国や途上国が追随するかどうかは微妙で、少なくとも21世紀中は「世界は石油によって回る」という状況が続くように思います。
*4:在来型原油の三次回収
油田内の天然ガスなどの圧力で自噴する原油の採掘が一次回収で、その勢いがなくなった後、油層に水やガスを圧入し原油を押し出すのが二次回収、さらに加熱したり化学薬品などを使って油を含む岩石や地層を変化させ、絞り出すのが三次回収です。コストさえかければ、一次と二次を合わせた回収分より多くの石油を得られることもあります。
石川 憲二(いしかわけんじ)
ジャーナリスト、作家、編集者 1958年東京生まれ。東京理科大学理学部卒業。30年以上にわたって企業や研究機関を取材し、技術やビジネスに関する解説記事を書き続けている。扱ってきた領域は、電気・電子、機械、自動車、航空・宇宙、船舶、材料、化学、コンピュータ、通信、システム、ロボット、エネルギー、生産技術、知的財産、経営、人事、マネジメントなど。
