燃料電池の将来展望【燃料電池の基礎知識 第4回】
2020/11/24
これまで燃料電池について解説してきた本シリーズですが、今回で最後になります。燃料電池自動車(FCV)がようやく走り出した段階で将来について語るのは難しいのですが、報道された情報などから、燃料電池と水素社会の未来について考えてみましょう。
第3回はこちら:なぜ水素社会の実現を目指すのか?
■自動車や鉄道などで挑戦が続く
トヨタ自動車(トヨタ)では2014年発売のMIRAIに続き、2018年には燃料電池バスSORA(*1)のリース販売を開始しました。第3回の記事で述べたように、水素ステーションの数を簡単には増やせない現状を考えると、決まったルートを走る路線バスや高速バスのFCV化は正しい選択だと思います。このため、トヨタは2000年ごろから燃料電池バスの実証実験を続けており、ようやく実用化までこぎ着けました。
SORAは東京を中心に100台近く走っているそうですから、機会があれば、ぜひ乗ってみてください。従来のバスのようにディーゼルエンジン特有の音や騒音がなく、加速もスムーズなので、乗り心地はかなり良いそうです。ただし、1台当たりのコストは約1億円と、一般的なバスの約4倍となります。コストを半分程度に抑えられなければ、公的支援を受けての導入も難しいと言えるでしょう。今後の成果に期待したいですね。
同じように、決まったルートを走る鉄道にも燃料電池は有効だと考えられており、JR東日本では燃料電池と蓄電池を備えたハイブリッドの試作車を2021年には完成させると発表しました。FV-E991系(*2)と名付けられた新車両には700気圧で約1000リットルの水素を貯蔵でき(MIRAIの約8台分)、1回の充填で140kmほど走れるそうなので、中距離路線であれば十分な性能です。
自動車や鉄道だけでなく、将来的にモバイル機器の電源として燃料電池を利用するには、低温で運転できるタイプのものしか考えられません。その場合、触媒のコストダウンが普及への絶対的な条件になりますが、一方で発電効率の向上のためには触媒のさらなる改良が必要であり、相反する課題に悩まされています。それを解決するには、何か画期的なブレークスルーが必要でしょう。
■家庭用電源としての可能性
高温で運転させる据え置き型の燃料電池では、小型化して家庭用電源として普及させようという動きがあります。エネファームと呼ばれるもので、都市ガスやプロパン(LP)ガスから取り出した水素を燃料として、発電と給湯を行うのです。サイズとしては、マンションのバルコニーに置けるものまで販売されています。
気になる値段ですが、導入コストは工事費を含めて140万~200万円。自治体などの支援制度により3万~24万円の補助が受けられるそうなので、手が届かない金額ではありません。ランニングコストは、普通に電気やガスを使った場合に比べて年間で5万~10万円安くなるとされており(4人家族の場合)、計算では20年ほどで初期費用を回収できることになります。もっとも、そこまで使い続けた例がないので、保証はできませんが……。
■液体水素が使えれば世界は変わる?
燃料電池の将来を大きく左右する要因として、液体水素のハンドリング技術の確立があります。
天然ガスの主成分であるメタンや、主に石油から精製されるプロパンは圧縮しておくだけで液体状態を保てるので、高密度で貯蔵できますし、大きなタンクから小さなタンクに移し替えるのも簡単です。しかし、水素の場合はマイナス252.6℃以下に冷やしておかないと蒸発してしまうため、気体のままハンドリングするしかないのです。
実はこれがかなり面倒で、気体は「高圧→低圧」の移動しかできませんから、タンクAの水素をタンクBに移し替えるだけでも、途中で減圧や加圧といった作業が必要になります。水素ステーションの内部(図1)に化学プラントのような複雑な仕組みがあるのはそのためなのです。もし液体水素を安定かつ安全にハンドリングできれば、移送の手間を簡略化できるだけでなく、タンクも小さくできます(体積は気体の800分の1になります)。

図1 水素ステーションの構成機器(概要)
出典:『燃料電池自動車について』(資源エネルギー庁)(https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/003_02_00.pdf)
そんな夢をかなえてくれそうな兆しが2020年の初めにありました。「世界初」をうたう液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」(*3)が進水したのです。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などが進めるプロジェクト(*4)(図2)では、低品質な石炭である褐炭を利用してオーストラリアで水素を製造し、この船を使って日本に輸送する計画だとか。成功すれば、世界のエネルギー事情は大きく変わりそうです。

図2 褐炭水素プロジェクト
出典:『2020年、水素エネルギーのいま~少しずつ見えてきた「水素社会」の姿』(資源エネルギー庁)(https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso2020.html)
前回書いたように、水素はさまざまなエネルギー源を使って作ることができます。従って、液体水素として流通できるようになれば、特定の資源に頼らない社会が実現するかもしれません。例えば「発電に適した大きな河川がある」「石油は採れないが日照時間が長く風も強い」といった国であれば自然(再生可能)エネルギーで製造した水素を輸出できますし、農業廃棄物など未利用エネルギー資源の活用も進むでしょう。現在、石油タンカーやLNGタンカーが負っているエネルギー輸送の中核という役目を液化水素運搬船が果たせば、世界は大きく変わるのです。
ただし、1つ問題があり、このような変革が進むと、「クリーンな水素だけを輸入する先進国と水素製造段階で生じる環境負荷に悩む途上国」という新たな南北問題が起きかねません。それだけに、国際的な水素社会をどう構成していけばいいのか、考える必要はありそうです。
*1:SORA
詳細はこちらをご参照下さい。
『トヨタ自動車、量販型燃料電池バス「SORA」を発売』(トヨタ自動車)https://global.toyota/jp/
*2:FV-E991系
詳細はこちらをご参照下さい。
『水素をエネルギー源としたハイブリッド車両(燃料電池)試験車両製作と実証試験実施について 』(東日本旅客鉄道))https://www.jreast.co.jp/press/2019/20190603.pdf
*3:液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」
詳細はこちらをご参照下さい。
『世界初、液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」が進水』(川崎重工業)https://www.khi.co.jp/pressrelease/detail/20191211_1.html
*4:プロジェクト
「褐炭水素プロジェクト」と呼ばれ、未利用だった褐炭を水素化することで有効利用しようという試み。川崎重工業、電源開発、水素供給技術を持つ岩谷産業、シェルジャパンによる技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)などが事業主体として加わっている。
石川 憲二(いしかわけんじ)
ジャーナリスト、作家、編集者 1958年東京生まれ。東京理科大学理学部卒業。30年以上にわたって企業や研究機関を取材し、技術やビジネスに関する解説記事を書き続けている。扱ってきた領域は、電気・電子、機械、自動車、航空・宇宙、船舶、材料、化学、コンピュータ、通信、システム、ロボット、エネルギー、生産技術、知的財産、経営、人事、マネジメントなど。
