なぜ水素社会の実現を目指すのか?【燃料電池の基礎知識 第3回】
2020/10/05
前回は燃料電池の種類と、低温・小型・低価格化に向けた技術について解説いたしました。
今回のテーマは水素エネルギーです。政府が燃料電池の普及を推進する背景には「水素社会の実現」という大きな目標があります。なぜ、水素エネルギーの利用を拡大したいのか? 理由を考えていきましょう。
第2回はこちら:低温、小型、低価格化への道
■燃料電池は水素がお好き
燃料電池の燃料は、基本的には水素です。市販されている製品の中には天然ガスや石油類を「燃料」に指定しているものもありますが、改質(*1)という方法で水素だけを取り出して電池本体に送るので、惑わされないようにしましょう。
燃料電池自動車(FCV)の場合は、「重くて熱い」改質器を持ちたくないので、直接、水素ガスを補給する方式が採用されており、そのために水素ステーションの設置が普及への絶対条件になります。その結果、水素の流通網が拡充すれば、今後は据え置き型の燃料電池でも改質器レスのものが増えていくかもしれません。
2020年7月現在、日本国内の水素ステーションの数は132カ所あります。首都圏や中京圏、関西圏、北部九州圏の四大都市圏と、それらを結ぶ幹線沿いに集中して整備を進めているので、普及推進側の資料を見ると、「そこそこ使えます」といった状況にはなっているのではないでしょうか。
■水素化の波はゆっくり来る
ただし、水素社会への移行はエネルギーの歴史を塗り替えるような大転換なのですから、そんなに簡単にはいきません。2030年ごろまでに全国で900カ所の水素ステーション設置を目指しているものの、現在のガソリンスタンド(給油所)の数は約3万カ所ありますから、とても太刀打ちはできません。ちなみに電気自動車用の急速充電スタンド数は現段階で約8000カ所、タクシーなどが利用するLPG(液化プロパンガス)スタンドは約2000カ所あり、水素ステーションはしばらく最弱状態が続くでしょう。
水素ステーションの普及が急激に進まない理由の1つはコストです。燃料電池車1台分の設備で設置に約2億5000万円、運営に年間2000万円ほどかかり、補助金による支援を受けたとしても、現状では完全に赤字でしょう。そんなことから、「燃料電池車なんか誰も乗っていないのに、なぜ、そこまでして水素化を優先するのか?」といった疑問を持つ人がいるはずです。しかし、そこには明確な答えがあります。
■先進国は水素社会を目指す
エネルギーは大きく、「原料」である一次エネルギーと「加工製品」である二次エネルギーに分けられます。
【一次エネルギー】
化石燃料(石油、石炭、天然ガス)、原子力、水力、地熱、風力、太陽光・熱など
【二次エネルギー】
一次エネルギーから得られる電力、都市ガス、ガソリン、軽油など
一次エネルギーは産地に大きく依存するので、状況によっては供給に不安が生じます。特に石油は産油国の意向によって価格操作ができるため、大きな需要を抱える先進国にとっては常に悩みの種でした。日本の場合はとりわけ深刻で、化石燃料のほぼ全てを輸入に頼っています(エネルギー自給率は約7%)。それだけに、エネルギーセキュリティ(*2)の観点からも、そして二酸化炭素の排出量を削減するという目的からも、「特定の一次エネルギーに依存しない社会」への移行が求められているのです。
そこで、再生可能(自然)エネルギーやバイオエネルギー、未利用エネルギーなどの割合を増やして「一次エネルギーの多様化」を進めたいところですが、問題は二次エネルギーの選択です。化石燃料であればガスや油に変えて消費地まで運べますが、化石燃料以外の一次エネルギーは電力に変えるしかありません。ところが、電力は送電ロスが大きいので遠くまで運べませんし、電池として蓄えられるのもわずかな量です。
そこで、現在、電力が担っている「エネルギー搬送」の役目の一部を水素に任せようというビジョンが生まれました。水素は化石燃料からも生産できますし、「発電→水の電気分解」という手順でも得られるので、どんな一次エネルギーからも生産が可能です。従って、保管と輸送の技術さえ確立できれば、水素は電力と並ぶ二次エネルギーの主役になれるかもしれません。ここで大切なのがその「技術」です。現在は日本が大きくリードしていますが、欧米でも研究・開発は進んでおり、水素社会の実現は先進国全体の目標になってきました。

図 水素社会への移行イメージ(著者作成)
20世紀半ば、資源ナショナリズムの台頭により油田の国有化が次々と行われ、産油国が世界のエネルギーを支配する時代が始まりました。しかし、水素化が進めば一次エネルギーの種類にこだわる必要はなくなり、技術力のある先進国が主導権を取り戻せます。もちろん、水素がエネルギー重要の全てをまかなうようになるとは考えられませんが、2割でも3割でも満たせれば状況は大きく変わり、水素インフラを供給できる国が有利になるでしょう。そんな未来を考えたとき、水素ステーションへの投資は決して無駄ではないことが分かるのです。
次回は、燃料電池の将来展望についてお話します。こちらも楽しみに。
*1 改質
高温下で水蒸気と反応させる方法が一般的です。天然ガスの主成分であるメタンの場合は次のような反応式になります。
CH4 + 2H2O → CO2 + 4H2 (吸熱反応)
*2 エネルギーセキュリティ
市民生活、経済産業活動のために、環境への影響を考慮しつつ、必要十分なエネルギーを合理的な価格で継続的に確保すること。
石川 憲二(いしかわけんじ)
ジャーナリスト、作家、編集者 1958年東京生まれ。東京理科大学理学部卒業。30年以上にわたって企業や研究機関を取材し、技術やビジネスに関する解説記事を書き続けている。扱ってきた領域は、電気・電子、機械、自動車、航空・宇宙、船舶、材料、化学、コンピュータ、通信、システム、ロボット、エネルギー、生産技術、知的財産、経営、人事、マネジメントなど。
