ノーベル賞のMOF…独自データベースと次世代ガス容器で実用化加速めざす―Atomis【ケミカルマテリアルJapan2025レポート第3回】
2026/04/07東京ビッグサイトで2025年11月27日・28日に開催された「ケミカルマテリアルJapan」をレポートしています。2025年はノーベル化学賞を金属有機構造体(MOF)の開発に貢献した京都大学の北川進特別教授が受賞したことで話題になりました。北川氏が科学顧問を務めるスタートアップ企業Atomis(アトミス)も出展していたため、この注目の材料について取材。多種あるMOFを目的に応じて効率的に選定するための独自のデータベースや、MOFをガス吸着剤に利用したガス容器などを紹介していました。
本格実用化への期待高まるMOF、その種類は12万以上
Atomis(本社・兵庫県神戸市)は、2015年創業の京都大学発スタートアップ企業。北川氏の研究を基盤として、その成果の社会実装を目指しています。
金属有機構造体(MOF:Metal-Organic Frameworks)、または多孔性配位高分子(PCP:Porous Coordination Polymer)は、有機化合物と金属イオンで構成された有機・無機ハイブリッド材料です。その最大の特徴は、フレームワークやジャングルジムと表現できる構造をしていること。極小の穴が無数に存在し、その中に特定の分子を閉じ込めることができます(図1)。

図1:AtomisブースでのMOF/PCP解説パネル
(著者撮影、以下も)
金属イオンと有機化合物の種類や合成条件によってさまざまな構造を作ることができ、分子設計の自由度が高いこともMOF/PCPの特徴です。構造によって捕捉できる分子は異なり、二酸化炭素や水分子のような空気中にありふれたものから、レアアースまで回収できるという多様性があります。Atomisにおけるマテリアル事業の担当部長を務める大西祥晴さんは、「2025年現在、MOF/PCPは12万種類存在するといわれています。前年に出展したときは10万種類と紹介したので、わずか1年で2万種類も増えていることになります」と、世界中で新規のMOF/PCPが作られている状況を説明します。
ここまで種類が多いと、どのようなMOF/PCPが目的の分子の捕捉に適しているか、リサーチが難しくなります。「一つずつ検証していては、一生かけてもスクリーニングは終わらないでしょう。そこで、いかに早く有望なものを提案できるかが重要と考え、独自のデータベース(図2)を構築しました」(大西さん)。

図2:独自構造データベースの紹介パネル
このデータベースには、MOF/PCPだけでなく金属錯体多面体(MOP:Metal-Organic Polyhedra)、共有結合性有機構造体(COF:Covalent Organic Framework)やゼオライトなどを含めた結晶性多孔性材料の情報が蓄積されており、顧客の要望に合わせた構造や性質を迅速に検索・提案できるとのことです。
MOF生産ラインとしては世界トップクラスの年間20トン
MOF/PCPの製造体制についてもAtomisは自信をもっています。研究室規模の方法ではバッチ効率が低い、大量の有機溶剤を使わなければならない、高温高圧プロセスを要するといった課題があります。同社は、多様なMOF/PCPに対応できるよう複数の独自製法を開発し、実用的なコストでのMOF/PCP製造を可能としました。
幅広い製造条件に対応するため、自社にパイロットプラントも保有しています。生産能力は年間最大20トン。大西さんは、「一般的な生産ラインからすると20トンという能力はありふれたものに感じられるかもしれませんが、MOF/PCPの専門サプライヤーとしては世界でも5本の指に入る規模です」と、独自性を強調します。
形状も、フィルムから紙、タブレット、ペレット、顆粒、粉末など、要望に応じて提供できるとのこと(図3)。すでに、冷媒分離、消臭、コーティング樹脂の高寿命化などの実績があります。

図3: MOF/PCPがとりうる多様な形状
吸着剤にMOFを使用した高圧ガス容器、まずはインドネシアで実証実験
Atomisのもう一つの事業が、次世代高圧ガス容器「CubiTan」の実用化です。高圧ガス容器といえば、巨大で重量のある金属製ガスボンベが想像されます。一方、同社は、MOF/PCPをガスの吸着剤として使用することで、1辺が約30センチメートルの立方体、重さ約10キログラムのキューブ型高圧ガスボンベを開発しました(図4)。各種センサなどのモジュールも搭載しており、在庫管理や輸送状況の把握など、いわば「スマート流通」が可能になるとしています。

図4:3個積み上げたCubiTan
現在はインドネシア国家研究イノベーション庁と共同で実証実験を行なっている段階とのこと。大西さんは、「現在、インドネシアでは各家庭で液化石油(LP:Liquefied Petroleum)ガスを使用していますが、その大半は輸入に頼っている状況です。インドネシア政府としては、自国で豊富に得られる天然ガスを活用することを目指していますが、地盤沈下などのリスクが高く、島嶼国であり、パイプラインの敷設が困難であるなどの事情から、CubiTanを用いたガスインフラ網の構築に興味を持っていただいています」と説明します。さらに、「日本ではMOF/PCPをはじめとする吸着材を内蔵した高圧ガス容器の事例がなく、規制の観点から今すぐの導入は難しいでしょうが、インドネシアで実績を積み重ねて説得材料にできればと考えています」と、展望を述べました。
「ケミカルマテリアルJapan2025」のレポートは今回が最終回です。第1回の積水化学工業と、第2回の荒川化学工業のレポートも合わせてご覧ください。
島田 祥輔(しまだしょうすけ)
サイエンスライター 1982年生まれ。名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻修了。特に遺伝子に興味があり、遺伝子の研究によって医療や生活がどう変わっていくのかに注目している。また、腸内細菌検査サービス「マイキンソー」のオウンドメディア「Mykinsoラボ」の編集長を務める。
