食料問題と地球温暖化問題の同時解決めざす東大発ベンチャー CO2資源化研究所【Zoom up!企業ニュース】
2024/02/14編集長:君も知っているように、世界はいまさまざまな問題に直面している。人口増加によってタンパク質の生産が追い付かなくなるタンパク質危機、CO2の排出増加による温暖化、石油燃料の枯渇……。
デスク:どうしたんですか、編集長。急に真面目なことを言い始めて……。
編集長:どこかにCO2を食べてタンパク質を作ってくれる生き物はいないだろうか。
デスク:マメ科の植物と根粒菌のコラボのように…ですか。
編集長:そう、それを一つの生物でやれて、しかも燃料も生産してくれたら最高なんだが……。
デスク:そんな都合のいい生き物がいるわけが………いや、いるんですね。そういう前振りですね。
編集長:君もだんだん分かってきたじゃないか。水素とCO2から、タンパク質や燃料を作る「水素菌」で事業を行っている企業が日本にあるんだ。しっかり記者に話を聞いてもらってきてくれ。
水素菌が再び注目されるようになった理由
土壌や海洋や温泉中には、水素を化学反応のエネルギー源として細菌が暮らしています。このような「水素酸化細菌」(以下、水素菌)と呼ばれる菌は、古くから存在が知られていました。特に、二酸化炭素(CO2)を取り込んでタンパク質を生成できる水素菌については、新たな食料源となる可能性が注目され、その利用方法が研究されていました。
たとえば米国航空宇宙局(NASA:National Aeronautics and Space Administration)も水素菌を研究してきた組織の一つです。1966年には、20リットルのタンクで水素菌を培養し、宇宙飛行士の尿と呼気のCO2から1人が1日に必要なタンパク質80gを生産できることを実験的に示し、論文で発表しました。
しかしながら、水素の生産にコストがかかることや、効率的にCO2を回収する仕組みがないことなどの理由から、水素菌の実用化に向けた研究の多くは頓挫していったのです。
それから50年以上経ち、地球温暖化問題や食料問題がますます深刻化してきました。また、技術の発展に伴い、水素を燃料とする技術の実用化も進んできています。こうしたことから、いま再び水素菌を活用する研究に注目が集まっているのです。
米欧では、2008年頃から水素菌を活用して、CO2と水素からタンパク質や化学品を生産するバイオベンチャーが誕生しています。2008年に創立した米国のキヴェルディ社は、NASAが研究した水素菌を使って、さまざまな製品を生産しています。

図1:米欧の水素菌バイオベンチャー。カプリアビダス・ネカトール(Cupriavidus necator)は水素菌の一種で、ベータプロテオバクテリア綱のグラム陰性土壌細菌。PHA(Polyhydroxyalkanoates)はポリヒドロキシアルカン酸のことで生分解性プラスチックの一種
(出所:CO2資源化研究所提供資料を参考に編集部作成)
伊豆の温泉で増殖能力世界トップの水素菌が見つかる
そのような状況の中、日本でいち早く水素菌の有用性に着目したのが、CO2資源化研究所です。同社は東京大学発のバイオベンチャーで、2015年に設立されました。
ほかの水素菌ベンチャーと比べた場合の強みについて、同社の広報担当者は次のように説明します。
「当社の事業の基幹となっているのは、1976年に兒玉徹東京大学名誉教授が自然界から単離した水素菌です。伊豆の温泉で見つかった菌で、これまで世界各国より報告されている水素菌と比較して、増殖能力が圧倒的に速いという特長があります。私たちはこの菌を『UCDI水素菌』と名付け、実用化に向けてさらなる改良を重ねました。この菌の名前の由来は、CO2資源化研究所の英語表記(Utilization of Carbon Dioxide Institute Co., Ltd)の頭文字からのものです」
増殖能力の高さは、工業化実現において大きなメリットになります。UCDI水素菌は約1時間に1回分裂します。1時間ごとに倍の量に増えるため、1グラムのUCDI水素菌を24時間培養すると、16トンの菌を得られる計算になります。これは、現在の発酵工業で使われている微生物に匹敵する増殖スピードです。一方、他社の水素菌の倍加速度はUCDI水素菌の約3分の1で、24時間経っても500グラムほどにしかなりません。
さらに、UCDI水素菌の生育至適温度は52℃で、一般的な菌より高温です。そのため、雑菌汚染リスクを最小限に抑えられます。また、微生物は呼吸や発酵によって熱を発するため、大量に培養する場合には冷却する必要がありますが、生育至適温度が高いUCDI水素菌であれば冷却コストも低くなります。
現在、同社は、UCDI水素菌を使って、大きく二つの方向に事業を展開しています。一つは動物性タンパク素材の生成で、もう一つはバイオ燃料などの生産です。

図2:UCDI水素菌を利用した技術
(画像提供:CO2資源化研究所)
タンパク質もバイオ燃料もプラスチックも作る菌
現在、私たちはタンパク質の摂取を畜産物に頼っていますが、畜産生産量は近い将来限界を迎えると考えられています。今後も世界の人口は増え続けますが、大幅な生産量の増加は困難です。現在の農業や畜産のあり方では、近いうちに地球規模でのタンパク質の供給不足が起こることが懸念されています。この問題に解決の道をあたえるのが同社の技術です。
「UCDI水素菌の粗タンパク質含有率は83.8%と高く、魚粉や一般的な微生物の含有率50~60%に比べて優れています。また、UCDI水素菌が生成するのは、動物性のタンパク質です。動物性タンパク質には私たちが体の中で作ることができない必須アミノ酸が含まれています」
培養肉や昆虫食、植物タンパク質を使った植物肉など、さまざまな代替タンパク質が研究されていますが、タンパク質の供給不足問題を一つの方法でなく、複数の方法で解決していくアプローチが必要です。動物性タンパク質を高効率で生産できるUCDI水素菌は、人類が「タンパク質危機」を乗り越えるうえで、重要な役割を担うことになりそうです。
さらに同社は遺伝子組み換え技術によって、UCDI水素菌にさまざまな化学品を生成させることにも成功しています。
「代表の湯川が以前から研究してきた技術を応用し、遺伝子組み換えUCDI水素菌株で化学品を生産する方法を確立しました。用いているのは、菌の増殖を抑制する代わりに、抑制された分のエネルギーを化学品の生成に振り向ける技術です。湯川はこの増殖非依存型バイオプロセスの技術開発で2011年、米国工業微生物学会のフェローシップ・アウォードを日本人として初めて受賞しています」

図3:増殖非依存型バイオプロセス
(画像提供:CO2資源化研究所)
これまでに同社は、エタノールや生分解性プラスチックの原料となるポリ乳酸などの基本特許を取得しています。2018年には世界で初めてCO2からイソブタノールを製造する技術を開発し、特許を取得しました。イソブタノールはジェット機や大型車両の燃料に用いることができます。
他社との共同開発で実用化を目指す
菌の開発研究をメイン事業とする同社は、他社と協業することでスケールアップや実用化を目指しています。2021年には太陽石油とイソブタノール製造に関する共同研究契約を締結しました。
さらに2022年には、富士フイルムとも、アミノ酸の一種であるアラニンを効率的に産生する量産化技術を共同開発する契約を締結しました。
CO2を原料とする同社のバイオ燃料生産技術は、生物資源を原料とするほかのバイオ燃料生産に比べても優位性があると担当者は説明します。
「生物資源を原料とする燃料は、化石燃料に比べて温室効果ガス排出量の削減に有効と考えられています。ただし、生物資源をいったん糖に変える糖化のプロセスにコストがかかります。さらに、原料となる植物を農地で育てることで、食料や家畜の飼料と競合したり環境が破壊されたりする問題が生じます。その点、UCDI水素菌の原料は、人間の食料と競合しないCO2です。糖化のプロセスを必要としません」
同社のミッションは、「革新的なバイオ技術を駆使して水素をエネルギー源にCO2の資源化を実現し、食料問題と地球温暖化対策に貢献すること」です。そのミッションが達成されるとき、いまは厄介者扱いされているCO2が、人類にとって大事な資源になることでしょう。
※「UCDI」はCO2資源化研究所の英文社名略称であり登録商標です。
寒竹 泉美(かんちくいずみ)
理系ライター・小説家 九州大学理学部化学科卒業後、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。小説を書く傍ら、理系ライター集団チーム・パスカルに所属し、研究者インタビューや理系企業のオウンドメディアを中心に執筆している。
