繊維断面を精密設計、NANODESIGNで心地良さ革新―日本化学会第71回化学技術賞 東レ【受賞技術から見える未来社会】
2023/07/25
繊維は私たちの生活に欠かせない素材です。衣服はもちろん、インテリアや産業など、あらゆるところで、繊維は私たちの便利で快適な生活を支えています。「NANODESIGN」は今までにない革新的な方法で合成繊維を設計できる、東レの新技術です。日本化学会の「第71回化学技術賞」を受賞した本技術の内容と、考えられる未来社会へのインパクトについて、開発に携わった東レの担当者たちに詳しく話を伺いました。
従来の課題をクリアした革新的な紡糸技術

図1:NANODESIGNによる繊維の断面の数々
(写真提供:東レ)
2022年12月、東レは長年開発をしてきた「NANODESIGN」の功績に対し、日本化学会から「化学技術賞」を贈られました。創立140年を超える国内最大の自然科学系学術組織から賞を贈られたことについて、エンジニアリング開発センター第1開発室主席の船越祥二さんは次のように話します。
「賞をいただいたことを大変光栄に思っています。NANODESIGNの開発を始めて10年近く経ち、さまざまな製品を世に送り出してきました。東レの代表的な技術として、これから事業を拡大させていこうとしていたところに、このような大きな賞をいただき、社員一同、みな励まされました」

図2:表彰式での受賞者5人。左から、インタビューに応えてくれた稲田さん、船越さん、増田さん。その右は松浦知彦さん、石川達也さん
(写真提供:東レ)
NANODESIGNは、東レが開発した新しい紡糸技術です。これまでの合成繊維の成形では、原料となるポリマーを吐出孔から押し出して製造しています。しかし、従来の方法では繊維の細さや形状は孔の形に依存してしまい、技術的にできることに限りがあります。
そこで東レが開発したのは、ポリマーの流れをいくつも分岐させて細くし、その細かな流れを精密に制御することでナノレベルの細さの糸を作り出す方法です。この技術によって、いままでにない細さを追求できるようになりました。それとともに、細いポリマーをナノレベルで制御して自由に配置することで、断面の形のデザインや、これまで難しかった複数のポリマーを組み合わせた糸の開発なども行えるようになったのです。

図3:NANODESIGNの特徴
(画像提供:東レ)
合成繊維にはシワになりにくく加工しやすいという長所があります。その一方で、天然繊維の肌触りや風合いは失われるという欠点がありました。しかし、ナノレベルで糸を設計できるようになったことで、絹糸の微細な空隙構造を再現できるようになりました。これにより、天然絹のような上質な光沢と合成繊維の機能性を併せ持つ究極のテキスタイル「Kinari(キナリ)」が生まれました。また、ランダムな凹凸感を発現して手すき和紙のような触感を実現した「Camifu(カミフ)」も世に出ました。他にも、髪やウールの構造がポリエステル繊維で再構築され、しなやかな質感と機能性を併せ持つ「Qticle(キューティクル)」も生まれました。
このように、NANODESIGNの技術によって、これまでになかった革新的なプロダクトが次々と開発されています。
化学とエンジニアリングの緊密な連携体制
合成繊維の製造方法を根本から変えるNANODESGINの開発は、いったいどのような経緯で始まったのでしょうか。
繊維研究所研究主幹の増田正人さんは、「最初は細さを追求することを目指しました」と語ります。
「開発当初はどちらかというと、衣類ではなく産業寄りの用途を想定していました。繊維が細いほど材料の重量当たりの表面積が圧倒的に大きくなるため吸湿性や吸水性などの特性を向上させることができます。そのため、他にない細い繊維をどうやったら作れるかということを考えて研究を始めたのです」
これまでにない糸を作るには、どういうポリマーをどのようにして繊維にしていくかという化学技術だけでなく、それをどう成形していくかというエンジニアリングの技術も必要になります。増田さんは、事業横断的に装置や設備を開発しているエンジニアリング開発センターの船越さんと緊密な連携を取りながら技術の完成度を高めていきました。
また、NANODESIGNを使ってどのようなテキスタイルを作るかも課題です。それに関しては、テキスタイル・機能資材開発センター第1開発室長の稲田康二郎さんと連携をとって開発を進めました。
稲田さんが特に注力したのは、新しい方法で製造された原糸のポテンシャルを最大限まで引き出すことでした。
「これまでと同じ方法でテキスタイルを作っていては、NANODESIGNで作られた糸のポテンシャルを生かすことができません。いままでにないものを作るわけですから、すべてが試行錯誤で、工程から見直す必要がありました」
現在、製品としてリリースされているのは、試行錯誤の成果のごく一部です。その何十倍もの糸が、研究室レベルの検討までされたものの、日の目を見ていません。しかし、それらは無駄にはなっていないと増田さんは説明します。
「製品化されなかったものを闇に葬るのではなく、整理して『引き出し』に入れておきます。そうやってシーズを溜めておくことが、次の製品の開発の成功につながります。最近は開発のスピードも成功率も上がってきていますが、過去の経験の蓄積があったからです。繊維は衣類だけでなく、食や住や産業にも関わりますから、応用できる事業の幅は広いのです」

図4:東レの産業用繊維
(写真提供:東レ)
比類なき衣類を、他分野へ展開を、NANODESIGNが紡ぐ未来
本技術で描かれる未来について、3人に語ってもらいました。
「現在は、東レの技術でこんなことができるという頂点素材を作って発表している段階ですが、これからはボリュームゾーンに展開していきたいと考えています。多くの人に触って使っていただいて、いろいろなフィードバックをいただき、プロダクトとしてさらに洗練させていく。東レの理念は、新しい価値の創造を通じて社会に貢献することですが、気持ち的にも物質的にも豊かな生活に貢献できる素材を、これからも作っていきたいですね」(増田さん)
「これまでは天然素材から着想を得て、合成繊維で越えていくことを目指していましたが、従来の繊維とはまったく違った着心地のテキスタイルも、NANODESIGNなら生み出すことができます。他では真似のできない素材の開発にも踏み込んでいきたいと考えています」(稲田さん)
「現在、NANODESIGNをもとにした製品化を主に衣類で進めていますが、東レには他にも繊維状に物を作る製品が多くあります。炭素繊維や医療用の中空糸膜、また、電子情報材料の光ファイバーなどです。そういった他の事業にこのNANODESIGNの技術を展開していくことで、世の中を変えていくようなことができたらいいと思っています」(船越さん)
すでにNANODESIGNは医療分野に応用され、これまでにない血液浄化用繊維吸収体が開発されています。ナノスケールで設計できる合成繊維が活躍できる場所は、まだまだあるはずです。私たちはいま、繊維の歴史が大きく変わる激動の瞬間にいるのかもしれません。NANODESIGNの今後の展開が楽しみです。
参考:東レの「NANODESIGN」ウェブサイト
https://www.nanodesign.toray/
【アワード紹介】
公益社団法人日本化学会は、日本の化学工業の技術に関してとくに顕著な業績のあった人に「化学技術賞」を授与しています。個人を対象としますが、同一業績について5名以内の連名で受賞することができます。「化学技術賞」は同会が表彰している11種類の賞のうちの一つです。
寒竹 泉美(かんちくいずみ)
理系ライター・小説家 九州大学理学部化学科卒業後、京都大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。小説を書く傍ら、理系ライター集団チーム・パスカルに所属し、研究者インタビューや理系企業のオウンドメディアを中心に執筆している。
