「省く」技術で水素コストを大幅ダウン! 水素社会の実現を確かなものに―第54回日化協技術賞 環境技術賞 ENEOS【受賞技術からみえる未来社会】

2023/06/27
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2050年のカーボンニュートラル実現の鍵を握るとされる水素。国も水素基本戦略を2017年12月に策定し、水素社会を実現するための2030年までの行動計画を示しています。その中で、大きな課題となっているのが水素のコストです。水素を「つくる」「はこぶ」という場面でコストを大幅に下げる技術「低コスト型有機ハイドライド電解合成法(DirectMCH®)」を開発し、2021年に技術実証に成功したENEOSは、第54回日化協技術賞の環境技術賞を受賞しました。環境技術賞は独創的な技術で環境負荷低減への貢献が見られる技術に授けられる賞です。

環境にやさしいグリーン水素

化石燃料と違い、水素は利用時に二酸化炭素(CO2)を排出しません。しかし、水素を製造する過程でCO2を排出してしまうと、水素社会を実現してもカーボンニュートラルへの効果は減ってしまいます。

そこで、環境への負荷を分かりやすく示そうと、水素の製造過程による分類がなされています。天然ガスや石炭などの化石燃料を利用してつくる水素を「グレー水素」、化石燃料からつくるもののCO2排出を抑制する工夫をしている水素を「ブルー水素」、再生可能エネルギーを利用してつくる水素を「グリーン水素」などと呼びます。脱炭素社会を目指すには、グリーン水素の利用拡大が望まれます。

天候に左右される太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーにおいては、発電量が安定しません。電気は貯めることが難しいので、その場で使い切れないとせっかく発電しても無駄になってしまいます。そこで、余った電力で水を電気分解して水素にしておけば、再生可能エネルギーの貯蔵や輸送が可能になります。グリーン水素の製造は、再生可能エネルギーの短所を補うという意味でも環境にやさしい水素だといえます。

「私たちはオーストラリアの安価な再生可能エネルギーを利用してグリーン水素を安価で大量に製造する技術を開発しています」。こう話すのは、ENEOS中央技術研究所の先進技術研究所水素キャリアグループでグループマネージャーをつとめる木戸口聡さんです。

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図1:各国の再生エネルギーのコスト2025年予測
⁠(出所:2022年3月29日経済産業省総合資源エネルギー調査会におけるENEOS資料「水素サプライチェーン構築に向けた取組み」より)

日照時間が長く、太陽光パネルの設置に適した土地が豊富に存在するため、オーストラリアの再生可能エネルギーは日本に比べて格段に安価です。しかしながら、この安価な再生可能エネルギーを利用して水素を製造し、日本で使用するとなると、オーストラリアから日本に水素を大量かつ安価に運ぶ技術が必要になります。

水素を高効率に運べるMCH方式、既存石油インフラも活用可能

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図2:MCH方式の特徴と利点。水素を高圧で液化して運搬船で運ぶ「液体水素法」もあるが、水素の液化に極低温(-253℃)が必要。MCH方式には既存の石油流通・製造設備を有効活用できるという利点がある
⁠(出所:2023年3月6日第28回水素・燃料電池戦略協議会説明資料「ENEOSの水素社会実現に向けた取組み」)

ENEOSが取り組む水素運搬方法は「MCH方式」です。トルエンという物質1分子あたり、3個の水素分子を付加すると有機ハイドライドと呼ばれる物質の1種である、メチルシクロヘキサン(MCH:Methylcyclohexane)になります。MCHとして日本までケミカルタンカーで運び、日本でMCHから水素を取り出します。水素の取り出しと同時に、MCHはトルエンに戻るので、トルエンは再利用できます(図2上)。

水素は常温・常圧で気体ですが、MCHは液体であり、極低温にしなくても容積は水素ガスの500分の1ほどになります。しかも、消防法で、MCHはガソリンと同じ第4類引火性液体に分類されます。そのため、これまで石油精製で活用してきた、タンクやタンカー、タンクローリーなどのインフラを有効活用でき、初期投資を抑えた水素インフラの構築が可能になります(図2下)。

水素をつくる過程を省く「Direct MCH®技術」開発

「水素を一旦つくってからMCHにするのではなく、MCHを直接つくれば効率が良いのではないか」という発想のもと、ENEOSは水素をつくる過程を省く「Direct MCH®」技術を開発しました。

水を電気分解して得た水素とトルエンを反応させてMCHをつくるのではなく、トルエンと水から直接MCHをつくるのです。「Direct MCH®はENEOSの独自技術です」と木戸口さん。

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図3: Direct MCH®の概念図。再生可能エネルギーでトルエンと水からMCHを直接製造する
⁠(画像提供:ENEOS)

水素をつくってからMCHを合成するという2ステップではなく、1ステップにすることで、水素を貯蔵するタンクやMCH合成装置が不要になります。従来の2ステップの場合に比べて設備費を最大50%削減できます。

「水素とトルエンからMCHを合成する反応は発熱反応です。この過程で熱として失われるエネルギーを有効活用できないと、そのエネルギーを捨てていることになります。その分、水素を一旦つくる従来法ではエネルギー効率が悪いのです」と、木戸口さんは説明します。

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図4:Direct MCH®従来法の設備比較
⁠(画像提供:ENEOS)

スケールアップと技術実証が進む

経済産業省水素・燃料電池戦略協議会の「水素・燃料電池戦略ロードマップ」では、2030年にプラント引き渡し時の水素コストを、0℃・1気圧1立方メートルあたり30円にするという目標が掲げられています。

ENEOSも、この目標値に向けてDirect MCH®を活用した電解槽のスケールアップと実証を進めており、2019年3月にはDirect MCH®技術を用いて約0.2kgの水素を製造することに成功しました。

2021年11月には千代田化工建設、クイーンズランド工科大学と共同で約6kgまでスケールアップし、MCHを日本に運び日本で水素を取り出し、その水素で燃料電池車を走行させました(図5)。

「オーストラリアの再生可能エネルギーを日本に運ぶというボトルネックを乗り越えられると実証したのです。Direct MCH®の進歩性を示すことができました」と木戸口さんは胸を張ります。

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図5:2021年に実施した技術実証の流れとイメージ
⁠(画像提供:ENEOS)

2023年の技術実証では、2〜3トンの水素量までスケールアップする計画です。使用する電解槽は150kW級で、面積3㎥の電極を積層しています。

「電極面積を広くするにあたり、重要なポイントの一つはトルエンを一様に流すことです。トルエンが一様に流れなくなると、電気分解の効率が下がってしまいます。スケールアップにあたり、トルエンを一様に流すための様々な工夫を実施しました。また、オーストラリアは亜熱帯の気候で猛暑になるので、いかに冷却するかにも工夫が必要です」と、スケールアップの苦労を木戸口さんは語ります。

Direct MCH®技術が未来の水素社会を築く

ENEOSは2025年をめどに、5MW級の大型電解槽の開発を目指しています。この大型電解槽が計画している商用プラントの最小単位となります。

「この技術が商用化されれば、世界中の安い再生可能エネルギー由来の水素を、日本国内に大量に供給することが可能になります。CO2排出量削減に大きく貢献でき、高い環境負荷低減効果があります」と木戸口さんは思い描く未来社会を説明します。

ENEOSは2030年に商用プラントを稼働開始し、年間30万トンの水素の製造運搬することを目指しています。

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図6:Direct MCH®の技術開発ロードマップ
⁠(画像提供:ENEOS)

「水素の需要は、燃料電池自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle)用の街の水素ステーションだけでなく、コンビナートでの水素発電などにもあります。日本は政策として水素サプライチェーンを構築して脱炭素化をする社会を目指しています。水素を大量供給・活用する未来社会を描いているのです。こうした政策に関連するプロジェクトに参加し、貢献できることにやりがいを感じています。苦労はありますが、楽しみながら目標を達成して、日本のCO2排出量削減に貢献したいと思います」と木戸口さんは抱負を語ります。

⁠一般社団法人日本化学工業協会(略称 日化協)は、優れた化学技術の開発や工業化によって化学産業ならびに経済社会の発展に寄与した事業者を表彰する「日化協技術賞」を設けています。1968年に創設されたこの賞では現在、化学に関連する事業者から業績を公募し、優れた業績に対して総合賞・技術特別賞・環境技術賞の3つの賞を贈り、表彰しています。

村上 華子(むらかみ はなこ)

早稲田大学大学院応用化学修了、社会人経験後、早稲田大学大学院科学技術ジャーナリスト養成プログラムを修了。LION株式会社の技術ジャーナル、NEDO実用化ドキュメント、計算基礎科学連携拠点の月刊JICFuSなどで研究紹介取材記事を執筆。工学・化学・計算科学・生物学を中心に執筆。