できることを整理し、業務変革の戦略を立てる【自分で作るAI 第4回】
2023/07/04連載の目次
- 第1回 機械学習のキモ「非線形解析」を理解する
- 第2回 最低限の道具を揃え、ソフトを使ってみる
- 第3回 言語データからの問題分析を試みる
- 第4回 できることを整理し、業務変革の戦略を立てる
AIの取り組み課題領域に「代行型」と「拡張型」あり
人工知能(AI:Artificial Intelligence)を使って取り組むべき課題領域には、いまある仕事を代行する「代行型」のものと、新しい事業を創りだしていく「拡張型」のものがあります。さらに、識別、予測、会話、実行といった系に分けることができます。これらを整理したのが表1 1)です。

表1:AIの実務領域分類1)
AIを手にした私たちは、いったい何から手をつけていけばいいのでしょうか。私は、「自分たちしか保有していないデータに関する分野にねらいを定めて取り組むべき」と考えています。すでに会話系のチャットや、実行系の自動運転などは、大手企業が豊富なデータを保有して取り組んでいる分野なので、参入しても難しいと思います。
AIによる画像解析5)は、ディープラーニングにより格段に進歩しました。安価なAIカメラを載せたドローンを飛ばし、農業、インフラ劣化対策、災害予測、製造などに活用することができます。さらに、モノのインターネット(IoT:Internet of Things)によるセンシング技術を活用し、気象データや人工衛星観測情報などのビッグデータを安価に調達できれば、AIを用いた解析はさらに有効になると考えています。また、例えば、流動解析においてはシミュレーション2)との融合により信頼性の検証が可能になります。
農業から流通まで、広がるAI活用の可能性
より具体的に、各分野でのAIと周辺技術の役立て方を考えていきます。
農業では、生育状況の画像解析や、天候・温度・湿度・土壌の質などデータを用いた解析ができます。動物被害対策についても、餌のありか、動物の隠れやすい場所や行動パターンをセンシング技術などで把握することができるでしょう。
上下水道事業では、腐食の原因解明に役立てられます。人口密度、上下水の使用量、流れのない小口径配管の分布状況、土壌の水分、塩分濃度、車両通行量などが、対象データとなります。トンネルや橋梁の腐食対策でも同様のことがいえます。
医療では、ゲノム創薬をAIが支えます。例えば、その人のDNA情報をもとに新型コロナウイルス感染症を防ぐための最適な物質を創造するといったもの2)です。ヒトゲノム解析は完全に完了したといわれており10)、今後は実用化に向けてAI解析が進んでいくと考えられます。⽣命現象をコンピュータを使って研究するバイオインフォマティクスの分野はより盛んになるでしょう。ちなみに私は、AIとヒトゲノム解析データなどを使って、鉄の腐食と生物の器官や代謝経路の関係性を解析することを目論んでいます。
原子力発電所事故の放射線対策にもAIは使えます。土壌や地下水の汚染状況や、炉内状況などは多大な情報として入手できるので、これらをAI解析し、有効な対策を立てることが可能です。
新型コロナウイルスなどの新興感染症対策にもAIは有用です。死亡・医療費負担・経済影響などのリスクに対して、地域性、生活習慣、個体差があたえる影響などを解析することができます。
サイプライチェーンマネージメント12),13)にもAIを活用できます。特に、サプライチェーンにおけるボトルネックを究明するのにAIは有効ではないかと考えています。他にもAIを使って、製品の輸送から原料・材料、エネルギー・資源利用に至るまでの情報を共有し、効率化を図ることができるといわれています。管理部門の担当者も、予備品の管理や配送の計画などの最適化を図れるに違いありません。
協調行動の安定化に寄与する可能性も11)
より汎用性な可能性として、強化学習という学習方法が長く行われ続けていると、協調行動が安定して発生するといった話があります。これは、ゲーム理論の「囚人のジレンマ」と呼ばれる題材での研究成果です。

表2: 囚人のジレンマ
犯罪者のAとBが、別々の部屋での尋問される場合を想定します。両方黙秘すると無罪ですが、どちらかが自白する場合は両方自白した場合より黙秘したほうの懲役が倍の30年になるとします。このとき、必然的に相手を信頼できず両方とも自白してしまうというのが、囚人のジレンマの理論です。これに対し、強化学習プレイヤーの行動履歴が長くなるほど、協調行動が優位となることが分かったそうです。戦争や核抑止理論に適用されるかもしれません。また、与信管理などにも適用できるのではないでしょうか。
AIを自分のモノにする
地球規模の課題がいま、多くあります。30年後、それらの課題を解決するのは個人だといえます7)。自分でできることはやらなければなりません。
日本の強みの一つは、モノを生み出すための能力を指す経済複雑性指標(ECI:Economic Complexity Index)の高さです。2000年代から一貫して、かろうじて1位を保ってきました。「複雑性」は多種の製造品目を輸出していることの表れであり、「擦り合わせ」の強みがあるということです。集団としての知識量の増大こそが経済発展の源泉です6)。
その点、AIは株価を予測することができても、経済上の突然変異やパラダイムシフトを起こすことはできません4)。過去の大量のデータを基にした帰納的な推論しかできないからです。ブラックホール9)を探すことはできますが、存在自体の予測があってのことです。
とはいえ、AIは私たち人間が「なぜなのだろう」と考えるためのタネやヒントをあたえてくれます。個々人がいま以上に周囲のデータや情報に注意を向け、解析を通じて自分ができることを考えていくことが重要と考えます。読者のみなさんも、AIを自分のモノにすることを通して、少しでも「経験か、知識か、情報か、何が足りない」と感じ、それを起点に社会を発展させたり、社会に貢献8)したりといった活動が進むことを期待しています。
連載「自分で作るAI」は今回で最後です。ご愛読ありがとうございました。
参考文献
1) 野口竜司著『文系AI人材になる」(2020年、東洋経済新聞社刊)
2) 西川徹・岡野原大輔共著『AIってそういうことか!』(2022年、日経BP刊)
3) 辻井潤一監修、産業技術総合研究所人工知能研究センター編『トコトンやさしい人工知能の本』(2016年、日本工業新聞社刊)
4) 日経ビジネス2022年9月16日「気鋭の経済学者が激論、アルゴリズム全盛時代に経済学を使い倒す」
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00166/091200001/
5) The Economist Newspaper Limited 2022年9月3日「世界鳥瞰逆境を乗切るエヌデビィアの自信」
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/world/00513/
6) 日本経済新聞朝刊 2022年9月20日「Deep Insight」
7) 日本経済新聞朝刊 2022年9月22日「Deep Insight」
8) NHK BS 2022年9月22日「BS世界のドキュメンタリー」
9) AI Now 2019年9月10日
https://ainow.ai
10) NHK NEWS WEB 2022年4月2日「ヒトゲノム “完全な解読に成功”と発表 米研究機関など」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220402/k10013563841000.html
11) 鳥居拓馬・日高昇平・真隅暁「学習あり繰り返し囚人のジレンマにおける協調行動の発生」(2014年、The Annual Conference of the Society Artificial Intelligence)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjsai/JSAI2014/0/JSAI2014_4H13/_pdf/-char/ja
12) 経済産業省産業保安グループ高圧ガス保安室 2019年11月「『Connected Industriesプラント・インフラ保安分科会』の取組状況』
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/connected_industries/plant_infrastructure_safety_management/pdf/20191121.pdf
13) エリヤフ・ゴールドラット著、三本木亮訳『チェンジ・ザ・ルール!」(2022年、ダイヤモンド社刊)
松田 宏康(Hiroyasu Matsuda)/SCE・Net
合同会社設備技術研究所代表社員。1956年生まれ。前身の三井東圧化学時代を含め、三井化学で主に設備管理に従事。とりわけ、腐食防食関連の知識を生かして、化学環境と設備の劣化に対する現場解析および改良を行ってきた。現在は、設備劣化のモニタリングやAIを用いて解析技術の発展に貢献したいと考えている。
