進化系フッ素化剤 『FLUOLEAD』 はなぜすごいのか?
2021/04/06
2020年11月に開催された「インターフェックスWeek 東京 第14回 インファーマ ジャパン - [国際] 医薬品原料 展」。数々の出展企業の中からChematelsが注目の企業を直撃取材しました! 今回ご紹介するのは、従来のフッ素化剤を凌駕する「FLUOLEADTM」(フルオリード)の開発に成功した宇部興産です。開発担当者の齋藤記庸さんに話を伺いました。
齋藤記庸(さいとう・のりみち)氏。宇部興産株式会社 医薬事業部 主席部員。慶大院(化学)修了。前職(三菱マテリアル株式会社)を経て、2005年入社。2005年から5年間、UBE America Incにて、米国IM&TR社(社長:梅本 照雄博士)との共同開発に従事し、フッ素化剤の開発に携わる。
■ 薬剤開発のカギを握るフッ素
──「FLUOLEADTM」はどのような製品ですか。
齋藤氏(以下、略): フルオリードは、アルコール、アルデヒド、ケトン、カルボン酸中の酸素をフッ素に置き換えるデオキソフッ素化剤です(-OHは-Fに、-CHOや-C=Oは-CF2、-COOHは-CF3に変換)。従来のフッ素化に比べ、熱や水分に対する安定性を大幅に改善した点が最大の特徴です。
──そもそも、フッ素化剤はどのような分野で利用されているのですか。
主に医薬・農薬の分野において有機化合物にフッ素を導入する際に使用されます。近年開発された医薬品の半数近くにはフッ素が含まれています(図1)。農薬に関しては、過去約20年間に登録された農薬のうち53%がフッ素系物質という報告があります(図2)。

図1. 2015~2019年開発の医薬品に占めるフッ素系医薬品の割合。(出典:ACS Omega,2020, 5, 19, 10633-10640 https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsomega.0c00830 )画像提供:宇部興産株式会社、以下同。

図2. (左) 1998年以降に登録された農薬のフッ素物質と非フッ素物質の割合。(右)各年代における割合。過去22年間のフッ素含有率が平均53%であるのに対し、2016年以降の5年で67%に達している。(出典:iScience, 2020, 23(9), 101467 https://doi.org/10.1016/j.isci.2020.101467 )
また、リチウム二次電池用の電解質としての需要も高いです。その他にも、テフロンTM加工に代表される撥水撥油性、耐熱性、耐侯性をはじめ、フッ化物には際立った物性・利点があるため、それに伴いフッ素化剤の需要も広がりを見せています。
──特に医農薬の分野で、フッ素のニーズが高い理由は。
フッ素原子は、①サイズが小さく(水素に次ぎ2番目に小さい)、②炭素との結合力が強く、③電子を引きつける力が強いことから、分解されにくく、脂溶性が高くなるため、標的とするタンパク質と相互作用しやすいとされています。特にC-F結合の強さによって、代謝に対する安定性が高い(ゆるやかに分解される)ことは創薬における利点が大きく、創薬開発における成功確率を上げるための切り札とも言われています。また、水素原子の生物学的等価体(bioisostere)である点も重要です。例えばジフルオロメチル基(-CHF2)を生体は水酸基(-OH)として認識するように、医薬品の主要な生理活性を変えることなく、特性を改善する手段となります。
農薬においても、特に殺虫剤にトリフルオロメチル基(-CF3)を有するものが多いのですが、これは塩素等のハロゲンの代替材料としての導入が進み、少量でも十分に効き目を発揮できるため、減薬につながります。
──新たなフッ素化剤として「FLUOLEADTM」を開発された経緯を教えてください。
生物学的等価体は1930年代から知られていましたが、基質へのフッ素導入には、腐食性や毒性の高いフッ化水素(HF)やフッ素ガス(F2)を使用する必要があり、極めて反応性が高い危険な材料のために一般の実験室での使用は困難を極めました。

図3. 医薬品におけるフッ素利用の件数(1950~2010年)。(出典:Fluorine in Medicinal Chemistry, Progress in Medicinal Chemistry, Vol. 54 (2015) J. Org. Chem. 1975, 40, 5, 574-578)
1970年代に入り、実験室で扱えるフッ素化剤として、三フッ化ジエチルアミノ硫黄(DAST, ダスト)が登場するとフッ素官能基を有する薬剤の開発は急速に増えました(図3)。非常に有用なDASTでしたが、加水分解性が激しく、また熱安定性が乏しく、90℃以上では、自身の不均化反応に伴う爆発事例が報告されており、実験室での使用条件を工業的なバルクサイズにスケールアップする際に制限がありました(実験系をスケールアップするほど放熱が難しく、高温になりやすいため)。改良品のDeoxo-Fluor(デオキソフルオル)等も開発されましたが、DASTの誘導体であることから、本質的な改良には至っていないと考えております。また、従来のフッ素化剤としては四フッ化硫黄(-SF4)もありますが、こちらも腐食性・毒性ガスであることから、実験室での使用には課題がありました。
そこで、従来のフッ素化剤の欠点をカバーし、より安全に、より汎用に使用できるフッ素化剤として誕生したのが「FLUOLEADTM」です。

図4. FLUOLEADTM(フルオリード)
──なぜ熱と吸湿分解に強いのでしょうか?
カギを握ったのは梅本照雄博士1)のアイデアです。梅本先生はフッ素化剤の分野で大変著名で、フッ素ガスの代替となる求電子フッ素化剤を開発され、これは工業規模でも使用されています。梅本先生が代表を務められる米国IMTR社と、宇部興産のグループ会社UBE America Incが2005年から2010年にかけて共同研究を行う中で「FLUOLEADTM」の開発に至りました。
梅本先生が着目したのは、結合エネルギーです。DASTの熱安定性が窒素(N)と硫黄(S)の結合エネルギーに依存していると考え、N-S 結合より高い結合エネルギーを有する炭素と硫黄の C-S 結合を有するフッ素化剤であれば、熱安定性を改善できると見込んだのです。そこで、-SF3基と安定に結合するベンゼン環に狙いを定め、さまざまなベンゼン環を有する化合物を合成してゆき、フッ素化反応に適用させることで、最終的にこの構造にたどり着きました。
期待通り、熱安定性を高めることに成功し、熱暴走危険性評価試験(ARC法)では170℃までの熱安定性が確認されています。水に対しても安定で、水に浸しても煙ひとつ出ませんでした(図5写真)。さらに幸運にもDASTと同等以上のフッ素化能を有していました。

図5. DAST、 Deoxo-FluorとFLUOLEADTM の比較
──従来は難しかった反応も可能になったそうですね。
熱安定性を大幅に改善したことで、高温下でのフッ素化反応が可能となり、カルボキシル基(-COOH)をトリフルオロメチル基(-CF3)に置換する反応等、より多彩な反応に適用が可能となりました。すでにユーザーのお客様からは、実際に収率や選択性の改善が報告されています。何より、実験室で良い結果を示したレシピをそのまま安心して工場にスケールアップできることにハンドリングのしやすさを感じて頂いております。

図6. 従来のフッ素化剤と FLUOLEADTM で適応可能なフッ素化反応

図7. FLUOLEADTM の特徴的な反応例。詳細は文献2を参照ください。
──まさに画期的な製品ですね。発表時、周囲の反応はいかがでしたか。
2010年に米国化学会で梅本先生が最初の講演を行った時、私もその場におりましたが、同業の研究者の先生方からは感嘆の声があがり、これまでなぜ気付かなかったのかと悔しがられる姿が印象的でした。フルオリードに関する論文はJournal of American Chemical Society 3) に掲載され、2014年には米国化学会よりCreative work in Fluorine Chemistryが授与されました 4)。
一方で製品としては2011年から紹介を開始し、2019年には生産・供給体制を整えて、多くのお客様にご使用いただけるよう力を注いでいます。
──今後の抱負をお聞かせください。
実はフルオリードの開発過程で、1つの中間体を経てSF5(ペンタフルオロスルファニル)化合物を合成することに成功し、一連の「UBE SF5化合物」として製品化しています 5)。こちらも医薬 、農薬、高分子材料、エレクトロニクス材料等にご活用いただきたいと考えております。
より選択的に、ピンポイントでフッ素を導入できれば、その機能を発揮しつつも、マイルドに分解されるような分子設計が可能になると思いますので、地球にやさしい製品づくりに、当社のフッ素化剤も貢献できれば嬉しく思います。
【参考文献】
1)「新規フッ素化剤 フルオリード(FLUOLEADTM)の開発」 梅本 照雄
https://www.jstage.jst.go.jp/article/medchem/21/2/21_6/_pdf
2) FLUOLEADTM 求核型フッ素化試薬フルオリード
https://www.ube.com/contents/jp/chemical/pharmaceutical/pdf/fluolead.pdf
3) J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 18199-18205
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/ja106343h
4) ACS Award For Creative Work In Fluorine Chemistry
https://cen.acs.org/articles/92/i7/ACS-Award-Creative-Work-Fluorine.html
5) UBE SF5化合物
https://www.ube.com/contents/jp/chemical/pharmaceutical/srsf5_compounds.html
【情報提供】
堀川 晃菜(ほりかわ あきな)
科学コミュニケーター、サイエンスライター 1986年生まれ。東京工業大学大学院 生命理工学研究科修了。農薬メーカーに勤務後、日本科学未来館 科学コミュニケーターに。その後、Webメディアの編集・記者を経て、現在はフリーランス。著書に『バイオ技術者・研究者になるには』(ぺりかん社)がある。
